青天のドラゴニック X マキナ

あいいろ ののめ

0001 そして少年は機械仕掛けの太陽と出逢った。

―――もし太陽が青くなったら。

 小さなボクはいつもそのことを考えていた。そして時々だけど、今も同じことを僕は考える。


 あれだけ大きく輝く太陽でも青ければ空の色に埋もれてしまうのか、それとも特別なものは同じ青の中でも違って見えるのか。


 その根底に存在したのは僕の知る天使様の逸話。彼は蒼い炎の天使であり、その神秘的な焔によって罪の浄化を執り行ったという。

 その性質から太陽の守護天使として結び付けられたため、幼い頃のボクは周囲にいた神父によく『悪いことをしてはなりません。悪いこと、善いこと、それらを浄天の蒼い天使様は必ず見ておられるのですから』と諭された。


 高温による青い炎というものは幼心には理解の及ばない代物だった。

 ライターの打ち金が灯す赤に、子気味のいい音を立て薪を燃やす暖炉の赤。普段目にする火というものはことごとくが赤い色をしていたから。

 しかし海へ沈みゆく日を前に幼心ながらボクは、あの夕陽こそが海を燃やすだけに留まらず夕昏空をも焼き焦がし赤く染めているのであれば。

 夕暮れの赤い空と海や、太陽の白い『色』は強すぎる光が僕らを惑せているに過ぎず、いつもの太陽が照らす青空色こそが本当の炎の色なのではと天使様の想像を巡らせた。





―――そして今の僕が蒼い太陽を想像するのは、この退屈な祈りの時間を過ごす為の暇潰しにちょうど良いからだ。

 もちろんこんな年にもなって天使様が居ると本気で信じてる訳じゃ無い、けどそれでも青い炎という物は確かに存在する。そしてそれは宇宙にある、太陽よりも熱い星を覆っていると言う。

 もし天使様の焔が罪を浄化すると言うのならそれはきっと、何よりも純粋で……心惹かれるような青色をしているのかもしれない。


「あ…っ!」


………。


 祈りの時間に響いたその言葉は聖女ラスティナの口癖みたいなものだった。それは彼女がよく忘れ事をするからであり、そしてもちろんその日の朝も当然のように忘れ事をしたのだが、今日のソレはいつにも増して重大な忘れ物だった。

 なにせ彼女はこの早朝から祈りを捧げる、それはそれは敬虔な信徒達が集まるノミナサクラの時間に、静まり返った礼拝堂でシスター達の注目が集まるなかいきなり素っ頓狂な声を上げたのだから。


「シ、シノっ!!いま聴こえてたでしょ!聖女の私が『あ』って言ったのっ!!」


………はぁ。あくまでも他人のつもりで無視したんだけど、名指しまでされて逃げ場を失った僕は仕方なく口を開いた。


「『あ』って、聖女様がそれを言うと僕は物凄いイヤな予感がするから止めてくれないか……それで?」


「えっと実は、忘れてたんだけど…新しく護衛を雇ったからっ!!」


 護衛? それをなんで今、祈りを止めてまで言う必要が何処に……。


「で、そろそろから宜しくっ!!!」


「……あ?」


 僕の何ふざけた事をと思った意図を伴った声は誰にも届く事が無かった。

 僕の声を遮って礼拝堂に響く轟音と高音、聖女ラスティナが振り返って呑気に笑う上空から突如降り注ぐ大量のガラスと礫片。それどころか上を見あげようとするバカの頭を僕は無理矢理抑えつけて目や顔を守らせると崩落してきた天井の瓦礫の中でもひと際大きなソレを前に僕は目を見開いた。


「銀の…隕石……?」


 全長 約1.5m、幅 1m前後。この聖堂の聖餐台せいさんだいを破壊して落ちてきた銀塊は太陽の光を反射して鈍く輝き、その形状から卵のようにも見える。

 そしてそれは僕やラスティナ、その他大勢の前で銀色の塊に亀裂のようなものが入った…と言うよりもその幾何学模様にも通ずる規則的な展開によって拡がったものは、僕の目には飛行機や宇宙船を思い起こさせる『翼』のように映った。


 主に祈りを捧げる聖餐台を粉々にして煙の中から現れた、機械仕掛けの翼を持つ少女。

 ただただ唖然とするしかない僕を前に、馬鹿みたいに無邪気な笑顔を浮かべた聖女は少女の隣に立つと追い討ちのようにこう言い放った。


「紹介するねっ、今日から私の新しい護衛になってくれるミハエルちゃん!!

 私たちとあんまり変わらない年に見えるけど、これでもとぉーってもすごい力を持ってて……あっそうそう、天使様よっ!!」


 僕の知る限り聖典において『蒼い太陽』と形容される天使であり、最も神と近しい神秘の力を持つとされる名前。

 しかし目の前に居る存在の姿はガスマスクと管で繋がった鉄翼に、ゆっくりとうねる長い銀色の尻尾。頭部から生えたアンテナのようなツノ、そして焔と言うにはやや暗い赤髪。

 それらの要素は僕が知る神話上の神秘的な蒼い天使様の姿と言うよりも、嫌に写実的な黒い血色の髪をした機械仕掛けの竜のようだと。いまこの場ではまったく意味を持たないだろう思考だけが脳裏を巡っていた―――

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