第16話 ガントレットの魂


 目の前に現れた小さな青色のドラゴン。

 それはダンジョン『零』に出てきたワイバーンのようなバカでかいものでない。


 まさに手乗りドラゴンとでも言おうかって思うくらい小さくて、そのつぶらな瞳からは愛くるしさすら感じてしまう。


 そいつはボクの前までスーッとやってきて、


「ふぁ〜ついに外界へ出てきたぞ! 我の名はソルイ。このガントレットに宿る魂だっ! お前だな? 我を使ったのは」


 うわ、なんかこのドラゴン喋ったよ?

 それに見た目通り可愛い声をしている。


「え〜何この子可愛い〜!!」


 手の届くところに舞い降りてきたソルイは玲奈によって抱き抱えられた。


「な、なんだ小娘っ!! やめろっ! 愛でるな、愛でるでないっ!!」


「だってこんな可愛い動物見たことないんだもんっ!」


 彼女は抱えたソルイをえへへと頬ずりしている。


「動物ではない!! 宿主ぞっ!!」


 頑張って玲奈から足をバタつかせ、逃げ出そうとしている。

 抵抗むなしくといった様子を見るに本体自身は非力なのかな?


「おい玲奈お嬢、乱暴に扱っちゃいけねぇぞ。その方は神に近い存在だ」


「「神!?」」


 ボクと玲奈は同時に聞き返した。

 神といえばダンジョンを創ったと言われている人じゃないか。

 父さんから嫌ってほど聞かされたよ。


「あぁ。神といっても俺達鍛冶屋にとってのだが。武器に魂があるのは知っていた。氣が宿っているからな。しかしまさか外界に出て来れるものとは……」


「おおっ! 我のことをよく知っておるやつがいるな。貴様、名はなんという?」


 ソルイは小さく短い腕を組み、孝二さんを見下ろす。


「はい。橘孝二、この商店街で鍛冶屋を営んでおります」


 片膝をつき、深々と頭を下げた。


「ほう、そうか。孝二、一つ訂正しておくが、普通我らは外界に出てこれぬぞ。特別な我だけだ」


 ソルイは胸を張り、ワッハッハと高笑いしている。


「ではなぜソルイ様は可能なのですか?」


「そうだな。我が直々に説明してやろう。我らの正体はお前達の言う『氣』というやつだ。つまり実体がない。武器には氣を取り込み、定着させるという性質がある。鍛冶屋の孝二ならば当然知っておろう?」


「はい、もちろんです」


「魂奪のガントレットは何が原因なのか氣が定着せん! しかし取り込むという性質だけは残っておるからどうしても使用者の氣を吸ってしまう。まずはこれが『命の略奪者』と呼ばれる所以じゃ。そしてなぜ我に実体があるのか、その原因はそこのお前じゃ、リュウ!」


 ソルイはペラペラと話し終えた後、ボクを指差した。


「え、なんでボク!?」


「はぁ……お前は自分の体を理解しておらんのか?」


 この小さなドラゴンは、やれやれと嘆息を漏らす。


「もしかして竜細胞のこと?」


「竜細胞……あぁおそらくそれじゃ。普通の人間にはそんな部位存在せん。その竜細胞とやら、氣とは違う別のエネルギー体を細胞自らが作り出しておる」


 え、人間には竜細胞ないの!?

 どうりで竜翼や硬化を見て気持ち悪がられたわけだ。


 玲奈と孝二さんは目をぱちくりと大きく開いている。

 普通の人間にないってなるとそりゃびっくりするよね。


「でだ、ここからが本題。我ね、その竜細胞をちょっとだけ食べちゃったのだ!」


「えっ!? 勝手に食べないでよっ!!」


 なんとこのドラゴン、ボクの竜細胞食べたらしい。

 父さんからもらった力なのに。


「ちょっとリュウくん、ツッコむところそこじゃないでしょ! いや、もはやどこからツッコめばいいのかもわかんないし、私の頭じゃ理解が追いついて来ないけど……」


 玲奈は俯き、頭を抱えて始めた。


「そうか。リュウ、お前が……」


孝二さんが何か言いかけたところ、


「とにかく! お前の竜細胞を氣だと思って食べたら違うかったのだ! そしたらこんな姿になっちゃったぞ!」

 

 ソルイの捲し立てた言葉が被さってきた。

 そのままリュウは続ける。


「それでだリュウ。お主、この魂奪のガントレットをこの先も使用する気はあるか?」


 唐突に飛んできた真面目な質問。

 ボクがハンターになるには武器が必要だ。

 使いやすい武器だったし、そのつもりではある。

 だけど気がかりなことが一つ。


「ソルイその前に一つ、ボクがそのガントレット使うと竜細胞、全部食べちゃうんじゃない?」


 竜細胞を全て食べられてしまえば、父さんに合わす顔がない。


 するとソルイは顔をこれでもかと思うほど歪めて、


「誰があんな不味いもんもう一度食うかーーっ!! むしろこっちから願い下げじゃ!」


 なんだか食べて後悔しているらしい。

 それなら心配ないかな。


「じゃがお前が武器を通してその竜細胞からのエネルギー、ここでは仮に竜エネルギー呼ぶが、それを流してくれんと我は実体を保てん。まぁ竜細胞自体は不味かったが、エネルギーならば喰えんことなかったからな。せっかく外の世界と関われる機会、ここは逃したくないのじゃ」


 ボクがいないとこのソルイは実体を維持できないらしい。

 ということはボクが武器を手に入れてからも頻繁に出てくるつもりなのか。

 うるさくてなんか気が重いなぁ。


「どうしよっかなぁ……」


 ボクがポロッと漏らすと、


「わ、我がいると、お主が攻略したがってるダンジョン『零』の情報もいくらか伝えられるし、攻略中も我が先陣を切って偵察することもできるぞ? それに……可愛いマスコットも必要じゃろ……?」


 ソルイはその大きな瞳でキラキラ見つめてくる。

 なんかさっきまであんな偉そうに話していたのに、今はとっても焦ってるような。

 だけどなんでボクが攻略したいダンジョンのことを知っているんだ……。


「なんでダンジョン『零』のことを?」


「お主と我は竜細胞で繋がっている。記憶も共有されているのじゃ」


 そういうことか。

 でも敵意は感じないし、ボクの目的にも協力的らしい。

 地上に来たばかり、味方が増えるのはありがたいし。


「よし、わかった! ソルイ、よろしくね!」


 するとソルイはパァッと表情が明るくなり、その小さな両手でボクの右手を握ってきた。


「うぬ! こちらこそよろしくなのだ!」


 そんな笑顔を見せられると、まぁ……可愛いマスコットだなと思ってしまう。


 

 ということでボクに新たな仲間ができた。

 そして1週間後には実技試験。

 ボク、ソルイ、魂奪のガントレットの初陣になるのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る