青春ヒーロー

@mimatomati

第1話 春風にのせて

 俺は、あの時何て言ったっけ?あいつの名前、何だっけ?今は何でもいいや。何でもいいから楽にしてくれ…

「──サマァ、お客様?」冷たくて温かい。自分が地面に横たわっている事を理解する。後どれくらいで終わるのか、数えてみてもいいかも、、なんてね

「お客様?どうしますよぉ、早く決めて下さい?もう、ワタクシが決めちゃいますよ!!」何の話だ?分からないが誰かが話してる。それだけが理解できた。


 目を覚ましたのは翌日の昼だった。時計しかない部屋のベットで眠っていたようで、まるで箇条書きしたように進む時間に心底呆れる。時々痛む擦り傷と骨折は昨日の過ちを物語っていた。

「こんにちはですね!田中明さん。生きれた事感謝して下さいよ、ブラック企業割引って事で貴方の生存を許可しました!」ブラック…そうだ、俺はブラック企業にいたんだな、24歳、気づけば毎晩資料に囲まれ寝ても覚めても仕事だった。それでこれだ。命を粗末にするなんて馬鹿だな、

「田中様の処遇は考えものでしたよ、午後には決まりますが、残した命。然し、拠り所も職も失った田中様。言わば赤子に等しい!まぁ、二四の青年ですけど、そこはよしとして!」つまり、自ら命を絶った俺はこの黒スーツの女性に助けられたと、然し、仕事も家も失ってるから、今後生きられないね!って事…幸い中の不幸だ。

「あの…何で俺は生きてるんですか?」

「田中様は生きるか死ぬかの狭間に一分以上おられました。ワタクシ共はそんな生死の狭間にいる方々を見送るか助けるかを決めるのです。」

「なるほど…」

「ちなみに田中様の借金は約500万円です。軽いものですよ、ワタクシも少し自腹切ったんですからね!」

「ご迷惑を、すみません。俺の命、500万かぁ」命の重さはよく分からない。

「命が500万!?馬鹿なことを仰る。命に値段は御座いません、習いませんでした?道徳で」道徳なんていつの話だ、眠くて聞いていなかった事だけを鮮明に覚えてる。

「まぁ、何がどうあれおめでたい話です。貴方様は命を繋ぎ止めたのですから、ワタクシの判断で生かしたことは申し訳ないですが、今も話してると思います。また会えて嬉しい!」また会えて?いつあったか覚えていない。そもそも、生死を彷徨ったのはこれが初めてだ。この人は誰なんだ?少し肝が冷えた。

 ガラガラ、白衣を着た中年男性が殺風景に入ってくる。

「田中様ですね。初めまして、担当医の田中浩二です。」苗字が一緒な事に少し親近感が湧く。スキンヘッドがいい感じに穏やかな表情を輝かせていた。

「初めまして、あの…、俺って今、、どんな感じですか?」

「えっとねぇ、骨は三本やっちゃったね、後、打撲が酷くってしばらく痛いかも」恐ろしくて身震いする

「命を懸けた大ジャンプです。それくらい痒くも痛くもありませんよ!」さっきからずっとニコニコしてる黒スーツにこの痛みを分けてやりたいと思った。

「ワタクシ、お食事持ってきますね!」

「ありがとう、河谷。人手不足も大変だな」

「ホントですよぉ!」河谷がこちらへウインクしたのは見なかった事にした。

「田中様や、河谷、元気でしょう。」

「はい、何処かで会った気がするですけど…まだ分からないです。」

「何だ、知らなかったのかい?」絶対的にこの人は事情を知っている。俺は浩二さんに飛びついて教えて欲しいと頼んだが、傷が痛すぎてうずくまった。

「無理はいけんよ、慌てなくても教えてあげますからね、」

「すみません…いってぇ…!!」何とか正気になる。

「河谷は中学生の時、いじめに疲れて教室の窓から飛ぼうとしたんですよ、まぁ、飛んだんですけどね!その時、同じく中学生の田中様が河谷に向かって『今日は空が綺麗ですね!』って絶望の淵にいた河谷に言ったんだってさ」俺は思い出した。

 中学生の時、トイレに行きた過ぎて階を間違えた事があった。放課後の皆が部活に明け暮れてる中だったと思う。あの時、トイレを出てから間違えてその階の三組に入ってしまったんだ。いつもと違う三組に動揺してたら一人外を見てる人がいて…あぁ、あの人か

「なっ!」かぁっと顔を赤らめた河谷が浩二へ迫った。

「何で教えたんですか!」 

「かわちゃんいつもその話ばっかしてたから、てっきり教えていいのかと…」

「浩二さん、デリカシーないな〜」また新しい人がきた。今度は西洋人形のような金髪の女性だ。この人も白衣を着てる。

「あっ、これご飯ね!私、斎藤珠姫って言います。どうぞお見知り置きを、ちなみに田中君、空が綺麗ってどういう意味か知ってた?」

「いや、そういうの疎くて…」まさか、まずいことを言ってしまったのではないかと河谷を見たが、ぷいと目を逸らされた。

「空が綺麗は貴方を愛しています。だよ」一瞬で顔が染まった。俺はあの日、なんて言った?俺は、あの天使に、天使だと見惚れた人に愛を伝えていたんだ。

「まぁ、二人共可愛らしい事、ねぇ浩二さん!」

「こんな青春がしたかった…」

「私も…」

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