第33話 邪魔者はこう死んだ

 大間は、どう転んでも死刑か無期懲役だろう。もうぼつぼつ奏太の死体も発見されるはず。死体が解剖されれば薬物とDNAが解析されるし、奏太の関連人物を調べれば礼美が、礼美を調べれば大間にいきつく。大間が赤楠を殺したのは事実であり、赤楠の自宅でも調べれば奏太殺しの薬品なりレシピなりが押収される。

 二人殺し、ジェントルローズでの着服に、矢磯への傷害と逃亡幇助とうぼうほうじょの強要。酌量の余地はほとんどない。

 礼美は、薬の成分を知らなかったのだし、奏太や大間から日常的にパワハラを受けていたと証明できればある程度は罪が軽くなるだろう。せっかくの若さを刑務所ですり潰すことにはかわりないが。矢磯は、一言たりとも彼女のために口添えする気はない。自分の人生だけでも手一杯なのに、無能な世間知らずの世話まで焼く余裕はない。

 彼女よりも、松空の地野社長には、はっきりと同情する。矢磯は、基本的には彼に好意的でも敵対的でもない。ただ、どうにかして老舗旅館の灯を守ろうとしていたことは理解している。養殖場は、町の中心部からはかなり遠い。時間帯からしても、寝ていてわからないだろう。早朝、トラックをだしてきてみたら、ヒラメはおろか養殖場にたどりつくことすらできずに虚しく帰ることになる。ことと次第によっては、よけいな嫌疑をかけられるかもしれない。

 そればかりか、殺人事件が起きた養殖場のヒラメなど二度と使えない。つまり、せっかくの看板料理はお蔵いり。奏太との友情も、仮に矢磯の調査と礼美の発言が正しいなら、実質的に終焉しゅうえんとなる。当然、旅館の評判にも小さくない傷がつく。うんざりして退職する従業員もいるはず。

 父子の感情も、よけいにこじれる。息子からすれば、父親への葛藤を抑えて一肌脱いだつもりが、支離滅裂としかいいようのない結末にしかならない。しかもそれは、控えめに表現しても半分は父親の友人である奏太のまいた種である。父親も父親で、礼美が受ける裁判から、おそかれはやかれ息子のストーカー行為を思い知らされる。礼美が奏太の娘ということも、小さくない打撃となるだろう。

 奏太のやり口に腹をたてていた人々は、当人が死んだ以上、矛先を地野社長にむける。陰に陽に様々な嫌がらせがはじまるのはさけられない。なまじテレビでも取りあげられていたから、ネットで面白がって煽る者もでてくるだろう。マスコミがひっきりなしにやってきて、『いまのお気持ちを一言』とでもマイクをむけてくるだろう。いや、『地野社長が和辻養殖場をのっとるために、自分の息子と礼美を政略結婚させようとした』といった陰謀論にまで発展してもおかしくない。とても耐えられることではない。

 旅館があるということは、観光客の滞在を……つまりはよそから金をもたらす人間を……受けいれられるということに結びつく。それが、一つの失敗で爪はじきにされ退場する。

 つまるところ、地野社長に残るものはほとんどない。配偶者がいるのかいないのかまでは、いくらなんでも首をつっこんでいい話ではないから放置していたが、いても離婚されかねない。

 巨安の両親が、遭難死して漂着した奏太の両親から、財産をネコババしたことで糸車が回りだした。

 この件で矢磯がかかわった人々は、だれも逃れられない。大間水産にも、大間家にも、和辻養殖場にも、みなエビス像があった。豊漁や繁栄をもたらすはずのエビスの力が、ことごとく逆に作用している。

 むろん、それはエビスのせいではない。人間のせいだ。エビスはむしろ、自分の名前を汚し傷つけた連中に罰を与えている。矢磯は、オカルトに娯楽以外の価値を認めていない。にもかかわらず、エビスがもたらす天罰を目のあたりにしているような錯覚さえ感じた。心霊沙汰は欠片もないというのに。

 大間の死刑判決は不可避として、礼美も地野社長の息子も、社会的には処刑されたも同然。奏太と赤楠はすでに殺された。エビスは、処刑場に引きすえられた罪人どもの首を、次から次へと斬りおとしている。

 エビスといえば、海辺の洞窟にあった鳥居。もう一枚の絵馬はだれが奉納したのか。

 大間の実家で、本人の部屋にあった写真。そして、絵馬に記された文面……『悪い人がはやく捕まりますように』。あの警官を匂わせる。

 同一人物だったとして、彼女は大間と同年代のようだ。歳が離れているよりは、深いつきあいがあったと判断してもいいだろう。矢磯よりは、ずっと大間の人格や考えかたに詳しい。

 そこで、まだ質問すべきことがあるのに思いいたった。

『ここ数日どころか、かなり以前から、着服の件で大間さんは警察から目をつけられていましたね?』

『はい』

『あなたには、警察からの問いあわせがこなかったんですか?』

『きていましたけど、知りませんと答えました』

『問いあわせは、何度もきましたか?』

『二回だけです』

『最後に問いあわせがあったのはいつごろですか?』

『五日ほど前です』

『大間さんが養殖場にきたのは?』

『四日前です』

『大間さんは、基本的に養殖場にいたんですね』

『はい』

『大間さんはともかく、あなたまでこんな時間帯に養殖場にいたのはどうしてですか?』

『大間さんが、いてくれといったからです』

『事務所で寝泊まりしていたんですか?』

『休憩室がありますから』

『休憩室は、事務所内にあるんですよね?』

『はい』

『休憩室をでたら、事務室が一部屋だけあるという仕組みですか?』

『はい』

『赤楠さんが死んだのは、事務所内ですか、外ですか?』

『事務所内です』

『すぐに警官がきたはずですよね?』

『はい』

『どうやって、赤楠さんが死んでから地下倉庫へ移るまでのあいだに、捕まらずにすんだんですか?』

『まず、休憩室で寝ていた私達は、パトカーのサイレンで起きました。事務室の窓から、赤楠さんが養殖場の塀をこえてくるのが見えました』

 養殖場前で車を停めてから、駐車場にある社用車によじ登り、そこを足場に塀を突破したのだろう。鉄条網に服を裂かれ、手足はひっかき傷だらけになっていたはずだ。まさに執念の鬼と化していたことだろう。

『大間さんは、休憩室の流しにあった包丁をとってきてから、事務室の鍵を開けました。赤楠さんがはいってくるのと同時に、彼は包丁で赤楠さんの胸を刺してから、事務室にいれました』

 赤楠は、室内にはいろうとしていたのだから、刺して倒れかけたところを利用してパッと引きいれるのが可能だ。それなら時間差はほとんど生じない。

『赤楠さんが室内にきてすぐ、大間さんはドアをしめて鍵をかけました。警官が、ほんの数秒遅れて戸口でしめだされました』

『警官のなかに、女性はいませんでしたか?』

『う……うーん……暗いですし、とっさの出来事でしたし……いなかったと思います』

 そういうことなら、いなかったと踏んでよかろう。

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