rab_0530

@rabbit090

第1話

 妙に甘ったるい声が響いている、これは、私の勘違いなのか、判別すらつかない、なぜだろう。

 少しだけ歩き進めると、分かった。

 間違っていなかった、ここが桃源郷、やっと見つけた。

 「お嬢さん、どうしたの?」

 「お嬢さんじゃないけど、ここに住んでる方ですか?」

 質問に質問で返す、でももう無礼なんていう発想は無いハズだ、大丈夫、だってここは理想の世界なのだから。

 「そうだよ、あなたは、旅行にでも来たんだね。」

 「はい。」

 だが、さっさとその場を後にした。誰かと関わっている暇などない、早く見つけなくては。

 「はあ…。」

 だけど、ずうっと、誰かが歌っている頭の中に響き渡る歌だけが広がっていて、何も見つからない。

 もしかして、

 もしかして私が着てしまったのは、地獄だったのか。

 二択だった、私がいける場所は、天国か地獄の二択。

 こんなに心地いいのだから、天国だと思ってた、でもそんなはずはない。多分私は、来るべくしてここに来た。

 そして、出られない。

 誰も、関心を示さない。それぞれがそれぞれで、生きている。

 「あの人…。」

 しかしそんな中で、横たわっている人を見つけた。理論通りいけば、ここは疲れを感じることも無いハズ、なのに、彼はとても不自由そうに顔をしかめていた。

 「疲れて…ます?」

 「え?」

 顔をあげるのも億劫って感じで、でも何だこいつという感覚のまま私を見た。

 「疲れ、感じてます?」

 私は、もう一度聞いた。これは大事なことだから。

 「いやぁ、疲れ?うーん、ただなんか、暇だったんだ。」

 「そうですか。」

 そう言われると、何が何だか分からなくなる。

 私は、夫を探しに来たのだ。

 夫は、すでに死んでいる。だけど、私は生きている。いや、生きていた。

 彼は絶対に天国にいるはずだ、と思っていた。

 でも。

 「久しぶり。」

 「…ああ。」

 「覚えてるんだ。」

 「覚えてるよ、君を置いて行ったんだから。」

 「そうだよ、何で私を置いて行ったの。私、探しに来ちゃった。」

 「…ダメだって、帰れよ。」

 「帰らない。」

 だが、正確には帰れない、だった。

 命と引き換えに、私はここへ来た。

 夫に会いたかった、それだけだった。

 「ねぇ、確認なんだけど、いい?」

 「うん、なに?」

 「あのさ、あなたはなんで、地獄にいるの?おかしいじゃない。」

 「ははは、僕は、悪人だから。」

 「何それ。」

 はぐらかさないで、そう叫びたかったけど、止めた。だって、彼はとても辛そうだったから、そうか、ここは地獄でも天国でもないのかもしれない。だって、華やかだけど、確かにとても満たされているように感じるけれど、何もない。

 何も、ないのだ。

 「なあ、君は帰れよ。」

 「………。」

 私は、夫に言葉に逆らわなかった。

 もう死んだのだから、元の世界には戻れない。でも、帰れという夫の元にい続けることだって、正しいようには思えない。

 私は、だからここから出ることを選んだ。

 決意すれば、簡単なことだった。

 そして、二度と、夫とは会えないと分かったけれど、悲しくなど無くなっていた。

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