第32話 聖夜の魔法が送る初恋 6
教室を出ると、いつもの落ち着いた北条に戻るが暑いのか手で顔をパタパタとさせていた。周りを見ても誰一人熱そうな気配はないが、北条の体温だけは上がっている。
そう思った和田は弄ってみようかな、と思ったが怒られそうなので止めた。
和田と北条はまずお昼から始まる有志によるカラオケ大会を見に体育館に移動した。
見に行くと、多くの生徒が観客席兼応援席にいた。
時間になると、順番に参加者が歌を歌い、カラオケの採点機能を使って順位を決めていく。
小さい頃聞いた想い出深い曲から最近流行りの曲まで幅広い年代の歌が歌われる。
大ヒットした曲以外にも、少しマニアックな歌やアニソンなど自分の得意な歌で勝負に出る者や、好きな歌で楽しむ者と舞台をどう使うかは本人達次第である。
参加者は皆上手。
聴いていて素晴らしいと思う。
少なくとも隣にいる北条が夢中になっているのだ。
和田の感覚は間違っていないと言える。
だけど和田は素晴らしい歌声を聞いた瞬間、わかってしまった。
これは物凄く練習を重ねてこの日の為だけに用意したのだと。
それでもさっき聞いて見たあげは蝶に比べると劣ってしまうと。
全体のバランスと言うのだろうか。
声の魅せ方一つ、金髪の先輩の方が頭一つ飛びぬけていたとわかってしまう。
「本気で考えて、本気で悩んでる。そしてこの後自分が舞台に立つことを考えると色々と見えてしまうんだな……普段見えない物が……」
盛り上げる体育館の中で一人ボソッと呟いた。
耳から聞こえてくる歌声は声量があって凄い。
九十点後半は余裕で出るだろう。
でも和田の心だけにはなぜか響かない。
薬を飲み、北条の温もりを貰うことで、なんとか魔法が使えるようになっただけの男が偉そうなことを言える立場ではないのは百も承知だ。
和田は自分が上から目線になっていることを自覚していた。
それでも、和田は価値観の違いからそう思わずにはいられなかった。
点数よりももっと大事なことがあるんじゃないかって……。
エンターテイナーとしてあげは蝶の人たちが見せてくれたように……。
カラオケで例えるなら点数の先にあるなにかが本当は一番大事でその副産物として点数なんじゃないかって……思ってしまった。
それは決して今舞台に立ち歌う者たちを見下して非難しているわけではない。
むしろ、大事なことを気づかせてくれたことに感謝する。
マジシャンとして、今日の夜それを大事にすることを心に誓いながら、名前も知らない有志の歌声を聞いてこの時間を和田なりに楽しんだ。
カラオケ大会が終わったタイミングで各クラスの出し物や展示品を見て回る。その後は運動場に出て、応援団によるパフォーマンス、チアリーダー部の応援ダンスを見た。そのまま武道場に移動して輪投げゲームや射的やクイズをして遊んだ。どれも楽しく気づけばあっという間に時間が過ぎていく。
夕方になると太陽が沈み始め、少しずつ暗くなっていく。
だけど今日の桜花学園はその逆で、少しずつまだか? まだか? と皆が一段とソワソワし始める。
校舎一階に設置された踊り場に行けば「やべー緊張してきた!」「美琴ちゃん俺を選んでくれ!」「絶対に小柳さんと結ばれるんだ!」などなど緊張の声が聞こえてくる。
「聖夜の魔法まで後二時間くらいだねー」
周りの雰囲気から時計を見て、ソワソワし始めた北条は足を止める。
「そうだな」
「準備ってもう終わってるの?」
北条は和田がなにをするか知らない。
なぜなら和田は具体的なことは何一つ話してないからだ。
マジックはサプライズでしてこそ意味があるし、喜ばれる物だ。
だから今回は一人で用意することにした。
「八割は終わってる」
「残りの二割は?」
「着替えとちょっとした準備と最終確認ぐらいだな」
「……あれ? もしかして私の想像以上に大掛かりなマジックするつもり?」
「問題あるか?」
「空中散歩は?」
「それじゃ、見てる方も詰まらないだろ? 今日の俺はマジシャンだからな」
「マジシャン?」
「そう。和田明久は今日誰にも告白しないし聖夜の魔法にもでない」
「ん? なら何で出る気満々みたいな感じ出してるの? それにマジックするんだよね?」
「和田明久はなにもしないが東城明久はする。ただそれだけ。っても今日限りだ。流石に薬の副作用が強くて胸焼けとか怠さとか酷いからな。でもそれでも東城明久は今夜真奈を主役にするって決めた。だから期待してな」
和田は北条の頭に手を乗せてわしゃわしゃとして微笑む。
正直、成功するか失敗するかはやってみないと分からない。
仕掛けが大変なだけに一連の練習はしてない。ただ昔の記憶を頼りに用意しただけ。と言ってもここまで複合的にマジックの演目を組んだのは今日が初めて。だからどうなるかは分からない。でも聖夜の魔法でするマジックはこれしかないと思った。アイデンティティ溢れるこのマジックが東城明久の原典だから。
少し話しが変わるが、和田明久は北条に大きな借りがある。
過去に初恋の女の子と別れて自暴自棄に陥りかけた頃。
北条が毎日のように会いに来てくれて側に居てくれた。気が可笑しくなって叫ぶ和田を見ても側に居てくれた。魔法が暴発し北条に怪我をさせたこともある。だけど怪我をしても笑って大丈夫だよと声を掛けて側に居てくれた。
だけどそこまで行くと……普通の生活なんて無理で。
和田は人間不信に陥った。周りから常に監視されていると思うようになり警戒し殻に閉じこもることで周囲との関係を切った。それは国家公認の魔法使いとしての名誉を自ら捨てたのと同意義。既に彼女とも別れ最愛の人はもうどこにもいないことからの虚無感。それらは和田の自信となっていた、魔法、マジック、愛、の三つを遠ざけ心の奥底に蓋をした。
そうでもしなければ本当に心が死んでしまうと生存本能が判断したからだ。そして外敵から身を護るために望まない自我を形成し、人を遠ざけるようになった。言い方を変えれば身代わりの心でもある。そして自ら嫌われることで周りとの距離を取る。本来の自分を完全武装で護り、本来欲しい物まで遠ざける。それは和田にとって生きる希望ではなく、地べたを張って生きることと同義だった。
それを知ってか知らずか、それでも北条真奈は東城明久が和田明久になっても隣に居た。
そして北条はマジックなら魔法じゃないから出来るんじゃないと言って、中学時代はよく和田のマジックに付き合ってくれた。
そもそもマジックを始めたきっかけは初恋である。
初恋をした日のことは今でも鮮明に覚えている。
終日、好きな子のことばかり考えて振り向かせようと頑張った日のことを。
魔法じゃ無理かな? マジック覚えたら振り向いてくれるかな?
そんな純粋な心から始めた魔法とマジックの練習。
そして作りあげたオリジナリティ溢れるアイデンティティで好きな子を彼女にできた。
その時の高揚感、緊張感、興奮、震え、達成感、そう言った物が本当はとても好きで好きで仕方がなかった。
だから捨てるのではなく心に蓋をした。
いつかまた――望む日が来てくれると信じて。
北条は和田のその過去も知っている。
そして今日までの和田のことも全部知っている。
それだけいつも隣に居た存在が――北条。
「それはあきが自分で決めたこと?」
「あぁ」
「そっかぁ。でもね心配だから止めたい。これが私の本音。あきはすぐに無理する。自分のことはいつも最後。私がそんなに大事? 小柳さんがそんなに大事? 違うでしょ。あきが一番大事にしないといけないのはあき自身! でもね――そんなあきだから私あきを好きになったんだと思う。だから応援してる。頑張ってね!」
どんなに強がっても、最後は心配をかけてしまった。
小刻みに震える北条の体。
本当なら彼氏として和田が抱きしめるのが正解だろう。
でも今はできない、と和田は自分に言い聞かせる。
ここでそれをしてしまえばせっかく送り出してくれている北条に申し訳ないと思ったからだ。
「真奈……」
「最後に約束して。今度は元気な姿で私の元に戻ってくること。いい? 絶対に約束だよ?」
「わかった」
和田は頷いた。
「ならちょっと早いけど行ってらっしゃい。準備に時間要るだろうし、久しぶりに一人の時間満喫しておいで。沢山愛情注いであげたから、もう一人でも少しの時間なら不安にならないと思うよ」
そう言って手を振って和田を送り出す北条の笑顔にはまだ少し不安が残っていた。
和田は「頑張ってくる」それだけを言い残して、準備のため歩き出した。
心の中で最後まで心配ばかりかけてごめん、と謝り――誓う。
その分、感動でお返しするから、と。
それが東城明久としての覚悟だった。
そして電話を掛けた。
「時間だ 力を貸してくれ」
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