第6話 フィーリングが似た者同士 5


「そうか……俺頑張ってたんだな」


「大丈夫?」


 ぐずぐずと鼻をすすりながら、可愛い声で心配する北条を見て思う。


 弱い自分を知らず知らずのうちに隠していたのだと


 綺麗な容姿が台無しになるぐらいにぐちゃぐちゃの顔を見せる幼馴染が隣にいる。


 だったら、別にいいんじゃないかって思った和田は鼻で過去の自分を笑った。


「ずっと忘れていたんだな、俺」


「なにを忘れていたの?」


「人の温もり」


 そう。

 安心できる人の温もり。

 小さい頃、親から無条件で貰う愛情。

 それは生まれた直後から直接貰うことができる。

 大きくなるにつれてさり気ない愛情に形を変えながら貰い続ける温もりは優しさ。

 目で見ようとしても、手で触れようとしても、耳で聞こうとしても、魔力感知を使っても、わからないソレは感じることでしかわからない。

 思えばそれで過去の辻褄が合う、と和田は気付いた。


「抱きしめていいか?」


 目をパチパチさせて、驚く北条。

 ぽろぽろと零れていた涙がピタリっと止まった。

 その後、視線だけが泳いで、ゆっくりと頷きながら「うん」と了承する。

 恥ずかしいのか、頬が熱を帯びて紅色になっている。

 よそよそしさを見せながらも自ら体の位置を調整して身を近づけてくる北条は「恥ずかしいから顔は見ないで」と言って体を和田に預ける。

 学ラン越しでもわかるぐらいに熱くなった北条を抱きしめる。


「不覚だった……まさかこんなにドキドキするとは……嬉しいけど」


 最後の方は何て言っているか聞こえないぐらい小さい声だった。


「えっ……ちょっと待って心臓がヤバいんですけど? ……なんか超喜んでない? えっ、うそ? これが私の初恋? いやいやいやいや心の準備全然できてないよ? わたし? そりゃあきのことは好きだよ? 人としてね? 人としてだよ? 勝手に幸せとかおもわないでよ……ワタシ超はずかしいからさ……ねぇ? ねぇ? ねぇ? 聞いてる? 中学時代の元カノに嫉妬? ないない、してないから、ね? 落ち着こうよ、私。うん、うん、うん、わかった、わかったよ、ワカッタ ゼンブネ スナオニ ミトメル カラ スキッテ ミトメル カラ シンゾウ バクバク シナイデェバレちゃうからぁぁぁぁ~~~~~///////」


 ぼそぼそ声でなにかを唱える北条。

 北条の声が小さ過ぎて和田には何かのお経を唱えているようにしか聞こえないし見えないのでそこは全力でスルーする。

 北条から発せられる熱が直に伝わってくる感覚に心が満たされていく。

 ずっと雨が降ることがなかった砂漠にようやく雨が降ったように。

 少しずつ乾燥しきった大地に潤いを与えてくれる。

 砂漠に住む生物(感情)が久しぶりの雨に外敵を警戒しながらも顔を覗かせた。

 水不足で衰弱しきった生物は数年振りの水に喜ぶ。


「なんかすげぇ熱いけど大丈夫か?」


 ぎゅぅぅぅ。

 途中で心配になって一度離れようとする和田に掛かる力が強くなる。

 言葉ではなく、頷くことで意思表示を見せる北条。

 二人の空間だけ周りと比べて五度ほど高く感じるのは気のせいではない。

 熱を帯びた体がどんどん熱くなっているからだ。


 温もりを感じるはずが途中で心配に変わった。


 それでも一方的に注ぎ込まれていると勘違いする温もりは熱だった。


 温もりに正解はない。


 どのように相手に与えるかは人それぞれだ。

 つまりこれが北条なりのやり方なのだが。


「はぴぃッ!?」


 和田が頭を軽く撫でてあげるとそんな声が聞こえてきた。

 まるで全身の感度が上がっているようだ。


「うぅ~ふぃうちやめてよ……びっくりしたじゃん」


「わ、悪い」


「てぇ~は止めないで」


 驚いて思わず手が止まった。

 どうやら本人的にはそれはそれで不服らしい。

 なので今度は優しく撫でてあげる。

 すると猫のように気持ち良さそうな仕草を見せる北条が居た。

 普段中々見られない無防備な北条の姿に和田の心は満たされていく。

 ずっと無意識のうちに求めていた温もりが心に癒しを与えてくれる。


「素直になるだけでこんなに色々と感じ方が違うんだね」


 自分の恋心に素直になった少女は答えた。


「そうだな」


 弱い自分をさらけ出した少年は頷く。

 もっと早くに素直になれば良かった、と少し後悔する。

 かみ合ってそうでかみ合っていない会話もまた二人だけの青春なのかもしれない。

 お互いの温もり(愛)を目を閉じて感じ合うことで心を満たしていく。


 …………………。


 …………。


 ……。


「真奈に頼みがある」


 その言葉に半分意識がふわふわしていた北条の意識が戻る。

 閉じていた目が開かれる。が、焦点が合っていないのか、寝ぼけているのか、全体的にまだふわふわしている。


「なに?」


「迷惑じゃなかったら、側に居て欲しい」


「……結婚したいの? 私と?」


 飛んだ。ぶっ飛んだ。話が有り得ないぐらいぶっ飛んだ。

 付き合う? とかならまだ理解できる。

 しかし首を傾けながら、「ん?」とすぐに返事が来ないことに疑問を抱く北条の思考はとても正常とは言えなかった。

 想像を超えた答えと行動に和田は反応に困った。

 言葉一つでとんでもない方向に進んでいきそうで。

 暴走列車と化した誤解を無事に次の駅で停車させるには、言葉選びが重要だと考える和田は頭の中で状況を整理する。


「あぁー、そうじゃなくて」


「じゃぁ、な~に?」


 ちょっとだけ不機嫌になる北条。


「昔みたいに手を繋いで帰らないか?」


 今の情報だけでは、正しい答えを導き出せないと判断した脳はこの場で解決することを諦め、代替え案を出すことで時間稼ぎに出た。

 それでいて可能な限り強引ではあるが、不自然さを軽減させる。

 その言葉にやはり不自然さを感じたのか和田の目をじっーと見て無言の北条。

 どうやら彼女なりの審議に時間が掛かっているらしい。

 下手なことを言うとかえって状況が悪くなりそうなので、大人しく返事を待つ和田。

 冷や汗がにじみ出るのは、心の何処かで申し訳なさを感じているから。

 こんな時に限って時間がやけに長く感じる。


「いや……か?」


「別に」


「怒ってるのか?」


「違う。ただ――」


「ただ?」


「――はぐらかされた気がしただけ」


 どうやら和田の代替え案には無理があったらしい。

 なので苦笑いしか出てこなかった、が。


「はい」


 そう言って手の平を差し出す北条の顔はまだ薄っすらと赤く熱を帯びていた。

 手の血行も良いらしく、和田が握ると暖かくて安心できる温もりを感じられた。


「まぁ、今はこれでもいいかな」


「どうした?」


「なんでもないよ」


 和田は北条の手を引いて立たせる。


「なら、帰るか」


「うん。ねぇ、あき?」


「なんだ?」


「私の彼氏(仮)になってくれたら嬉しいんだけどどうかな?」


「急にどうした?」


「もしちゃんとした恋人関係を望むなら聖夜の魔法で告白して欲しいな、それまではお試し期間で恋人(仮)になろうよ、私たち。幼馴染って垣根そろそろ本当になくなりそうだし。ここら辺が今までの関係の潮時かなって思ったの」


 和田は察した。

 これはさっきの結婚の話に繋がっているのだと……。

 つまりあれは……北条の本音であったことを。

 どうやら今まで隠して来た本音を引っ込める気はないらしい。

 だったら、と真剣に考える和田。


「……んー」


「大丈夫だよ? 元カノと別れた時みたく私にも冷たい態度取って傷つけてしまうかもって思ってるんでしょ? なら大丈夫。私あの子よりあきの扱い理解してるよ? それに今のあきって一番に私を見てくれているでしょ? だから好き!」


 まるで見透かしたように自信満々に答える北条の声は希望に満ちていた。

 だからかもしれない。

 和田はそうかもしれない。とその言葉を聞いて思った。


「わかった」


 北条にならありのままの自分を見せられる。これからも受け入れて貰える。

 そう思ったから、和田は青春の一歩を踏み出す決意を決めた。


「やっとあきの一番になれた私?」


「かもな」


「そっかぁ。ならよかった」


 帰り道二人の間に会話はなかった。

 ただ真っ直ぐと帰るだけ。

 でも会話がなくても居心地が良いと思えるのは二人のフィーリングが合っているからだろう。

 それは家族というフィーリングか、幼馴染というフィーリングか、もしくは別のフィーリングか、それはまだわからない。

 それでも一つだけ確実なことがあった。

 それは、北条の火照りが収まらなかったと言う事実。

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