一章 フィーリングが似た者同士

第2話  フィーリングが似た者同士 1


 ■■■


 二学期になった。

 クラスが騒がしい。

 夏休みが終わり思いで話に夢中になるクラスメイトが多いからではない。

 学校一の美少女とされる北条真奈が同じクラスにいるから。


「眠くなってきた……」


 その引き金になっているのは私立桜花学園の文化祭である。

 それは男女が比較的高確率で結ばれる企画イベントを意味していて、皆があの子の隣を狙っているからだ。

 男子だけではなく女子も狙っているあの人に自然とお近づきできる目玉イベント。

 それが『聖夜の魔法』と呼ばれる通称クリスマスマジック。行われる季節は秋――九月なのだが、これはクリスマスに向けた準備期間と言う意味で学生たちには解釈されている。

 言い方を変えれば夏休みになれば恋人ができるだろうと思っていた諸君ら。

 現実はどうだった?

 できませんでした(泣)

 と言う学生向けに先代の生徒会長が私情込みで企画した物がコレだ!

 気づけば伝統と格式がある祭りごととして多くの学生に認知されている。

 ここだけの話し。

 最初は『聖夜in Love juice』という名前だったらしいが学園長に却下されたらしい。

 皆さんが想像する通りだろう。

 当時の生徒会長(女)は色々とぶっ飛んでいたらしい。

 話戻して聖夜の魔法は好きな人に告白できる舞台の場である。

 夜に行われる花火大会の後半に同時進行で行われる。

 そのため、ロマンティックな告白に飢えている若者たちに人気がある。

 告白を断りにくい環境、不意にドキドキしてしまうシチュエーション、今まで意識していなかったのに皆の前で告白されるとわかった瞬間に恋してしまう可能性、など告白の武器となる要素を数多く兼ね備えたこの場所での告白成功率は高い。

 過去の偉大で勇気ある先輩たちのデータがそれを証明している。

 失敗した時のリスクは大きいが……。

 だがリスク以上に見返りが大きいと、今年も恋人作りに必死になる男女が居た。

 そんな人間が和田明久の周りにもいる。


「今年は誰を最後にしようかな~。お前はどうする?」


 朝のHRが始まる前。

 遊ぶ相手を真剣に考えるチャラ男のイケメンが和田の隣席に座り声を掛ける。

 同性友達が少ない者同士魅かれあって……。

 訂正して。

 一方的に話しかけられ続けたことをきっかけに徐々に仲良くなった間柄の二人。


「ん? なにが?」


「だ・か・ら・遊ぶ女だよ!」


「興味ない」


「相変わらず連れねぇ奴。可愛い女と手を繋ぎたいとかもないわけ?」


「ない」


 頬杖を着いたまま横目で答える和田。


「聖夜の魔法参加しないのか?」


「あぁ」


 和田の場合、異性に興味がないというのは少し違う。

 心が疲れているためか一人の時間が心地良くて好き。

 誰かといる時間も悪くないと思う反面、長時間居ると疲れる。

 何かをするにしても相手に確認を取る必要性だったり、相手と意見が違う時に説明することだったりが、今は少し重く感じる。

 中学時代は彼女が居たが今となっては別れて正解だったと考えているし、お互いのためにそうして良かったと思っている。

 和田の場合。遠距離恋愛が無理だから。性格的に。

 今は付き合いたいと思う相手は居ない。

 そのうち出来ればいいかなーぐらいの気持ちがあるぐらい。

 そんなことから同性・異性問わず友達も今は必要として居ない。

 どれも無理して作る関係ではないから。

 だが、友達枠に強引に入って来た坂本達也の目は宝石のように輝いている。


「ったく、そんなんだから彼女出来ないんだよ」


「余計なお世話だ」


「本当にわかんねぇ。東城って本名じゃなくて和田って偽名使っている理由と言いさ」


 普段感情を表に出すことをしない和田の些細な変化。

 チラッと向けた、刺すような視線に。


「冗談、冗談だって♪ そう怒んなよ」


 へらへら笑う坂本に反省の色は見られない。

 コイツになにを言っても無駄だと諦めている和田は、


「チッ、めんどくせぇ奴」


 と、ワザと嫌味を言って見るが案の定効果はない。


「いつまでそこにいるんだ?」


「もうしばらく」


「女子の所には行かないのか?」


「ばぁーか。遊ぶ相手を見極めるには客観的に見極める必要があるからこうしてここに雑談兼ねて来てやってるんじゃねぇか。有難く思えよ? お前友達少ないんだからさ」


「そもそも彼女いなかったか?」


「だ・か・ら・遊ぶ相手探してるんだ」


「……アホだろコイツ」


 口から本音が出てしまうが気にしない和田。

 なぜなら言われた本人が気にしていないからだ。

 同じ学園に彼女が居て、同じ学園から遊ぶ相手を探す。

 和田は心の中でリスキーな男だと思う。

 しかし、和田は知っている。

 坂本がなぜそんなことをするのか。

 耳が痛くなるほどに聞いた理由はスリルがたまんないから。

 相変わらずチャレンジャーだな、とある意味感心する。


「彼女が可哀想だな」


「なんでだ? 彼女から「私の元に戻ってくるならいいよ。ただし私には分からないようにしてね」って許可貰ってるぞ?」


 やれやれ、と頭が痛くなった。

 行動が理解できない。

 そもそも二人は本当に愛し合っているのか?

 隣に座る男の行動原理と思考が何一つ理解できない和田からため息が出る。


「なぁ、明久?」


「ん?」


「男は愛を何個も持ってる生き物なんだぜ?」


「んっ?」


「だったら一回ぐらい人生遊んでもいいと思わないか?」


「なら聞くが今の彼女になってから何人遊んだ?」


「昨日で五人かな?」


 右手の指を折り、左手の指まで折り出した。

 言葉と行動が一致していないことは見て見ぬふりをする。

 チャラ男は女子目線だと恰好よく見えるのかこんな男でもモテるのが現実。

 魔法使いとしての腕も高く性格を除けばハイスペックとも言える。

 それを性格で台無しにする男こそ坂本達也である。


「あれ? 数が合わないな……まぁいいや、話し戻すな」


「そこは嘘でも合わせろよ」


「気になる相手とかいないのか? 恋は唐突に始まるって言うしさ♪」


「いない」


「ふ~ん、なら最近小柳千里とは仲良さげだけど二人の関係性は?」


「はぁ?」


 戸惑いとめんどくさい感情が同時に言葉に乗る。

 特別仲良くなった記憶がないクラスメイトとの進展話。

 普通に考えてありえない。

 そもそも学園のアイドル的な存在との接点はクラスが同じぐらいだ。

 もっと言えば席が隣同士? ぐらいだろうか。

 特別会話した記憶もない和田には坂本の言葉が理解出来なかった。


「一応聞くが、何処をどう見たらそうなった?」


「べつに? 答えたくないなら無理して言う必要もないぜ」


「なんだ、それ」


 話に興味が湧かない。

 そんなことから睡魔が襲ってきて大きなアクビが出たので空いている左手で隠す。

 仮眠するにしては時間がない。

 逆を言えばもう少し話しに付き合えば強制的に朝のHRが始まる。

 そう考えた和田はもう少しだけ坂本の話に付き合うことにする。


「明久君、おはよう!」


 反対方向から懐かしい夏の香りと明るい声が聞こえてきた。

 振り返らなくてもわかる。

 今年になって聞きなれた声の持ち主は小柳千里。

 趣味はマジックでクラスでも一人の時間に本を読んで勉強している。

 なにより小柳はクラスに居るだけで異性を誘惑する蜜となる。


「うん? あー、おはよう」


 が、例外は何事にもある。

 タイミング悪く二度目のアクビが出たので、手で隠して返事をする。


「寝不足? 気を付けてね! なら、またね」


 鞄を机に置いた小柳は手を小さく振って友達の元に歩いて行った。


「なっ?」


「んっ?」


「お前には挨拶があって俺にはない」


 小柳は誰にでも優しくて明るい。

 特定の誰かを嫌うようなことは基本しない。

 だから男女から人気があるわけだが……例外は存在する。

 女大好き大魔王の異名を持つ坂本に対しては仲良くなりたい女子か仲良くしない女子の二択に基本分かれる。

 イケメンのチャラ男が好みの女子からは人気が高いがそうじゃない女子からの評判はお世辞にも高いとは言えない。ハッキリ言うなら底辺である。人によっては生理的に受け付けないとまで裏で言われるほどだ。


「……お前が嫌いなタイプに当て嵌まるからじゃないのか?」


 女友達の輪に合流して楽しそうに会話をする彼女は美しい。

 大袈裟かもしれないがクラスの男子は口を揃えてそんな風に比喩する。

 和田の場合はそうかもなー、で終わるが否定はしない。

 見ていて癒しをくれる笑顔。

 長い髪から香るシャンプーの夏の香り。

 心地良い声。

 特に異性の五感を刺激するポテンシャルは生まれ持った才能だろう。

 そこに動く度に揺れる大きくて柔らかい胸。

 それでいて小柄で童顔で身長が低い、と男の理想を絵に描いたような存在。

 スカートの下から見える黒のタイツは薄っすらと白い肌を透かす。

 一言で表すならエロい。

 だけど防御力が高く小柳千里を攻略出来た者は未だ現れず。

 上辺の言葉と笑顔に多くの男子生徒が勘違いをして告白して撃沈したのは有名な話。

 つまり和田に対する挨拶も社交辞令と言う解釈が安牌で正しいと言える。

 流石に隣の席。

 仲悪くするより仲良くした方がお互いに楽で良い。気を遣わなくて済むし。


「でもな、ほら」


 坂本が指を向けた方向に視線を泳がせる和田。


「なに?」


「今の見ただろ。クラスの男子が挨拶しても返事だけで名前呼ばなかったぜ」


「お前はTPOを考えろ。さっき俺の名前を呼んだのはどう見てもお前に挨拶をしたと勘違いされたくないから。今のは山田一人だったから特別名前呼ばなくても誰に対しての返事かわかるからだろ?」


 いつも通り満面の笑みで挨拶をする小柳。

 その笑みの裏に隠された疲れがなんとなくわかる和田はお気の毒にと心の中で労う。

 注目される者の業というやつだ。

 それは目に見えない形で本人を襲うことを知っている。

 だから好意はないが同情はする。


「そんなに俺の評価低いのか?」


「かもな」


「マジかよ……あわよくばって思っていただけにショックだわ~」


「俺が女だったら多分同じことしてた。だから気にするな。お前の評価は底辺だよ」


 嫌味の一つすら効かないメンタルの強さ。

 流石本命の彼女と何度も修羅場を超えてきただけはある。


「あははは~!」


 嫌味をさらりと受け流して、坂本は言う。


「容姿も完璧。魔法使いとしても天才の域。そんな女子を誰が放っておくと思うか?」


「一理あるな」


「十五歳で固有魔法『大幻想世界(ファントム・オブ・ワールド)』をマスターした天才美少女魔法使い。そんな子が目の前に居たら男なら仲良くなってあわよくば一回やりてーとか思って当然だろ」


 そうだ――見た目が可愛いなんて理由で安易に手を出せば手を出した方が十中八九死ぬ。

 天才と言うに相応しい快挙は、過去の実績が証明している。

 名声だけで言えば国内でも突出している、と思う。

 彼女は相手の脳を支配して幻術を見せるなんてレベルではない。

 世界線を飛び越える大幻術を扱える。

 大幻術の世界はここの世界と違う時間軸を持つ。

 過去に彼女の大幻術に掛かった者は口を揃えていう。


『二度と逆らいません』


 精鋭の現役軍人が苦戦するテロリスト集団撲滅作戦に同行した彼女は一人で百人を超えるテロリスト相手に一分で決着を付け、一躍有名となった。

 魔法使いの名前。通称魔法師名は『精神破壊者』(メンタル・デストロイ)。

 名前の通り可愛いらしい容姿からは想像も付かない真の実力者である。

 魔法師名は国がその実力を認めた一部の魔法使いに送る栄誉でもある。

 そう言った者たちを一般的には国家公認の魔法使いと呼んでいる。

 ただ完璧超人ではなく基本的な魔法に関してはお世辞にも上手とは言えない苦手分野も存在するのだが、そこがまた隙があって可愛らしくていいと言う者も多い。


「なら手出して来いよ」


「マジな話で行けると思うか?」


 和田は鼻で笑った。


「いける、いける、だから行ってこい!」


 面白そうという理由から必死に笑いを堪え生贄を差し出すことに決めた和田。

 その理由はもう一つある。

 坂本の本命の彼女もいるからだ。

 どちらに殺されるか、まぁ見る分には余興程度にはなるだろう。


「良し! 男として一夜の愛を囁いてくるぜ!」


 立ち上がって無駄に大きな声で気合いを入れた。

 そのせいでクラスの視線が集まるが、そんなのお構いなしに突撃しようとする坂本があることに気付いて動くのを止める。


「チッ、気づきやがった」


「……おい! 珍しく応援してくれると思ったら千沙も居るじゃねぇか! 危うく遊びが成功しても失敗してもどちらかから殺される未来しかなかったじゃねぇかよ!」


「………気づくなよ、つまんねぇの」


 席に座り直す坂本。


「てかお前ならワンちゃんいけるんじゃねぇ? 普通に挨拶するし仲悪くはないだろう?」


「無理だろ」


「そうか?」


「誰がどう見ても俺と小柳じゃ釣り合いが取れないだろ? それに遊ぼうとすら思わない」


 遠目に小柳を見ていた和田が驚く。

 気づかれないだろうと思っていた。

 だけど視線が偶然重なって、誤解を生みそうな会話を聞かれたと思った。

 そう思った時には全てが遅くて、


「死ぬ覚悟ができたら来ていいよ☆」


 満面の笑みで答えてくれた。

 どうやら聞こえていたらしい。

 バカの声が大きかったせいで。


「おい、死亡フラグ立ったぞ?」


 和田が横目で見ると、さっきまでの威勢が消えた情けない男が居た。


「回収任せていいか?」


「無理」


「流石に千沙の前では幾ら俺でも無理だって」


 本命の前だからだろうか?

 いつもなら強気な坂本が珍しく弱気になっている。

 つまり坂本が千沙に寄せている好意は本物なのかもしれない。

 その彼女からも笑顔を向けられた和田は笑うしかできなかった。

 二人の女子生徒。

 その笑みの裏に隠された感情に何だか面倒くさいことに発展しそうな気がしたのでさり気なく会釈で謝っておく。


「なるほど。フラグはお前だけか」


 二人の反応から和田は「ならいいや」と坂本に哀れな視線を向ける。


「幸いもうすぐHR。逃げ切れば時間経過と共に怒りは収まる……はず」


 同じく誰に向けられた死亡フラグだったのかを正しく認識した男。

 時計を確認して逃げ切ることでこの場を乗り切ろうとしていた。

 素直に謝ればいいのに、と和田は思ったが巻き込まれても嫌なので何も言わない。


 タイミングよく、キーンコーンカーンコーン、チャイムが鳴る。


 どうやら坂本の命は助かったようだ。


 それは――つまり。


 坂本が離れ、隣の席に小柳が戻ってくることを意味している。


 ゆっくりと近づいていくる天使のような死神。

 遂ごくり、と息を呑み込んでしまう。

 フラグが自分に向いていないと分かっていてもやっぱり”もしも”を考えてしまうのが人間。


「怖がらなくていいよ、気にしてないから」


 小声でそう言われた和田は「さっきは悪かった」と再度謝った。



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