龍一の軌跡

@U3SGR

第1話 1984年

 冷たい風が舞い込む2月の東京。雪がちらつく空の下、鷹村家に待望の瞬間が訪れようとしていた。都内でも評判の良い病院の産科病棟には、分娩を控えた鷹村真奈美がベッドに横たわり、陣痛に耐えていた。


 ジョンはその傍らで手を握り、励ましの言葉をかけ続けていた。彼の額には緊張の汗が浮かんでいたが、真奈美のために冷静であろうと努めていた。


「大丈夫だ、真奈美。もう少しだよ。もうすぐで、僕たちの小さなジャパン・ヒーローがここに来るよ!」


「ジョン、それはいいけど、今はちょっと静かにしてくれる?集中しないと……」


 真奈美は苦痛に顔を歪めながらも、必死に息を整え、ジョンの手を強く握り返した。分娩室には、医師と助産師たちのプロフェッショナルな動きが響いていた。


「いいわよ、真奈美さん、深呼吸して、はい、もう一度」


 助産師の優しい声がけが続く。真奈美は全力を尽くし、最後の力を振り絞った。やがて、病室に響き渡る新たな命の産声が聞こえた。


「おめでとうございます、元気な男の子です!」


 助産師が新生児を抱き上げ、真奈美の胸元にそっと置いた。真奈美はその小さな命を見つめ、疲れ切った顔に涙があふれ、そして微笑みが浮かんだ。


「ジョン、この子の名前、龍一にしましょう」


 ジョンもその小さな命に目を細めながら、同意するように頷いた。


「龍一?クールだね。未来のサムライみたいな名前だ。賛成!」


 新生児の龍一は、母の腕の中でまだ閉じられた目を小さく動かしながら、安心したように眠りについた。ジョンは真奈美と龍一を見つめながら、未来への希望を胸に抱いた。


「この子は絶対に素晴らしい人生を送るよ。世界中が彼に夢中になるに違いない」


「そうね、ジョン。でもまずは、おむつ交換から始めましょう」


 二人は笑い合いながら、新たな家族の一員を迎える喜びをかみしめた。病室の窓から見える外の景色は、冬の東京の静かな風景が広がっていた。雪が降り積もる中、鷹村家の新たな一歩が始まったのだった。


 春の陽光が差し込む東京都内の鷹村家。庭には桜の花が咲き誇り、爽やかな風が家の中に吹き込んでいた。リビングルームでは、真奈美が茶道の準備をしていた。ジョンは書斎で本を読んでいたが、赤ちゃんの龍一が泣き始めると、すぐにリビングに戻ってきた。


「おっと、小さなドラゴンが目覚めたぞ」


 真奈美は微笑みながら言った。


「うん、たぶんお腹が空いたのね」


「それじゃあ、ミルクの時間だな。せっかくなのぼくにやらせてくれないか?」


 ジョンは龍一を抱き上げ、キッチンに向かいながら微笑んだ。真奈美もその後を追い、二人でミルクの準備を始めた。


「わお、これがミルクの準備か。実際にやると結構大変なんだな。」


「そうね。でも、あなたが手伝ってくれると助かるわ」


 ジョンは哺乳瓶を持ち、龍一に優しく飲ませ始めた。龍一の小さな口が哺乳瓶をしっかりとくわえ、ミルクを飲み始める。


「ほら、ちゃんと飲んでるよ。小さなドラゴンはお腹が空いてたんだな」


「上手ね、ジョン。龍一も満足そう」


 ミルクを飲み終えた龍一は、ジョンの腕の中で穏やかに眠りについた。ジョンはその小さな顔を見つめながら、微笑んだ。


「よし、これでお腹も満たされたし、少し庭に出てみようか。」


 暖かな春の日差しの中、鷹村家の庭でピクニックを開いた。桜の木の下にシートを広げ、手作りのサンドイッチやお菓子を並べた。龍一はベビーカーの中で静かに眠っていたが、そろそろ起きる時間だとジョンは気づいた。


「真奈美、龍一が目を覚ましそうだよ」


「じゃあ、少し日光浴させてあげましょう」


 ジョンは龍一を抱き上げ、桜の木の下に連れて行った。真奈美はお弁当の準備をしながら、ジョンと龍一を見つめていた。


「龍一が大きくなったら、また一緒にここでピクニックを楽しもう。」


「ええ、その日が楽しみね。」


 ジョンは龍一に語りかける


「ほら、龍一。これが桜だ。日本の春はこれが一番だってさ。」


 龍一は父の腕の中で静かに目を開け、桜の花びらが舞う空を見上げた。まだ幼い目には、その光景がどのように映っているのだろうか。


「君の未来は無限に広がってるんだぞ。何でもできる」


 真奈美が微笑んで言う。


「OK、じゃあジョンにはその未来のために、おむつを素早く上手に替える事から始めてもらいましょうか」


 ジョンは笑って答える。


「努力するよ。その次は、初めての一歩を見守ることかな。」


「初めての言葉は何かしら?」


「多分、”パパ”だな。確信してる。」


 真奈美はジョンに微笑みながら、龍一に優しく触れた。


「この家族で、たくさんの思い出を作っていきましょう。」


 ジョンと真奈美は、春の穏やかな時間の中で、家族の絆を深めていった。


 暑い夏の日差しが照りつける中、鷹村家は近所の公園に出かけた。青々と茂る木々が、心地よい木陰を作り、子供たちの笑い声が響く公園は活気に満ちていた。


 ジョンはベビーカーを押しながら、公園のベンチを見つけて座った。真奈美はピクニックシートを広げ、持ってきたお弁当を並べ始めた。


「ここは最高だな。涼しいし、いい景色だ」


「うん、ここでリラックスするのが大好き」


 ジョンはベビーカーの中を覗き込み、静かに眠る龍一の顔を見つめた。龍一は小さな手を握りしめ、穏やかな表情で眠っていた。


「龍一、将来は何になるんだろうな。」


 真奈美は笑いながら答えた。


「さあ、どうかしら。でも、きっと素晴らしい人生が待ってるわ」


 ジョンは龍一を抱き上げ、慎重に頭を支えながら、自分の膝に乗せた。龍一は目を覚まし、ぱっちりとした目で父親を見上げた。


「おはよう、龍一。今日は初めての公園だよ」


 龍一は不思議そうに周りを見渡し、小さな手を伸ばしてジョンのシャツを掴んだ。


「お腹が空いているのかしら?」


「かもね。でも、この公園も気に入ってるみたいだ」


 真奈美は哺乳瓶を取り出し、ジョンに手渡した。ジョンは龍一に哺乳瓶を持たせ、優しくミルクを飲ませ始めた。


「流石、ママだ。ちゃんと飲んでる。元気になったらいっぱい遊ぼうな」


 ミルクを飲み終えた龍一は、満足そうにジョンの腕の中で再び目を閉じた。ジョンはそのまま龍一を抱きしめ、公園の緑豊かな景色を楽しんだ。


「こんな平和な時間がずっと続けばいいな。」


 真奈美は微笑みながら言った。


「そうね。でも、龍一が成長したら、もっと賑やかになるわよ」


「それも楽しみだな。龍一が初めて歩く日、初めて話す日……すべてが特別な瞬間になる」


 真奈美はピクニックシートに座り、ジョンと龍一の姿を見つめた。


「家族で、たくさんの思い出を作りましょう」


「うん、この瞬間を大切にしよう」


 その日、鷹村家は公園でのひとときを楽しみ、家族の絆をさらに深めた。ジョンと真奈美は、龍一の未来に対する希望と期待を胸に抱きながら、これから訪れる日々を楽しみにしていた。


 秋風が吹き抜ける中、鷹村家は近所の神社に散歩に出かけた。紅葉が美しく色づき、境内は静かな雰囲気に包まれていた。ジョンと真奈美は、ベビーカーに乗った龍一を連れて、木漏れ日が差し込む参道を歩いていた。


「秋の東京も、ほんとに絵になるよね。紅葉が最高」


「うん、本当に美しいわ。この静けさが心を癒してくれる」


 ジョンはベビーカーを押しながら、周囲の風景を楽しんでいた。龍一はベビーカーの中で目を覚まし、興味津々に周りを見回していた。


「おや、龍一もこの景色が気に入ったみたいだぞ。」


「そうね、龍一もこの美しい景色に夢中ね」


 神社の境内に到着すると、鷹村家はベンチに座り、しばらく休憩することにした。ジョンは龍一を抱き上げ、紅葉が舞い散る空を見せながら話しかけた。


「見てごらん、龍一。これが秋の東京の風景だよ。紅葉がこんなに美しいなんて、特別だね」


 龍一はジョンの腕の中で小さな手を伸ばし、紅葉の葉を掴もうとする。真奈美はその光景を見て微笑んだ。


「龍一が大きくなったら、もっとこの景色を楽しめるようになるわ。」


「うん、たくさんの素晴らしい経験をさせてあげたいね。」


 ジョンは龍一を再びベビーカーに戻し、家族は神社の境内をゆっくりと歩き始めた。真奈美は手を合わせてお祈りをし、家族の健康と幸せを願った。


「ジョン、私たちの家族がこうして健康でいられることに感謝しなきゃ」


「その通りだね。毎日が本当に幸せだよ」


 その後、鷹村家は神社の縁側に座り、持ってきた温かいお茶を楽しんだ。紅葉が舞う中、家族の絆を感じながら、ゆったりとした時間を過ごした。


「この静かな時間が大好き。龍一が大きくなったら、ここで一緒にもっとたくさんの思い出を作りたいわ」


「うん、龍一と一緒にいろんな場所を訪れて、たくさんの思い出を作ろう」


 龍一は再び眠りにつき、ジョンと真奈美はその寝顔を見つめながら、未来に思いを馳せた。

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