羽ばたく

@sugorock

苦悩

 僕には翼がある。誰も見たことがないほど白い翼だ。汚れが目立ちやすいのでいつも折り畳んでいる。だから実際にそれを目にした者はほとんどいない。

 明るい朝に翼を広げる。鏡の前に立ち毛繕いをする。決まった日課を続けることに僕は満足している。

「翼があるんだ。ほら、生えてきている」

翼は、ある日急に生えてきた。僕はびっくりした。こんなにきれいな物は初めて見た。これでどこまでも飛んでいけると思ったのに、そうではなく風を起こせるくらいのものだった。それでも間違いなくそれは立派な翼だ。成長するにつれ大きくなっていった。もう自分の意志で自由に動かせる。人々はそれを見れば驚嘆するだろう。やっと手に入れた僕の宝物だ。死ぬまでいっしょなのだから、何か善いことのために使いたいなと思う。

 ある日、翼の成長が止まった。原因はよく分からなかった。もうこれ以上大きくならないことに僕はがっかりした。幼なじみの女の子に励ましてもらったり、両親に相談したりした。そうして僕は、これまで以上にこの翼を大事にしようと思うようになった。成長が止まっても風を起こすことはできる。

 僕の家は海岸沿いにあってビーチもある。休日になると非常に多くの人で賑わう。羽根が生えた観光客もいることにはいる。羽根が生えた人は僕以外にもいるのだ。羽根を持つ人は僕の羽根を見てこう言う。

「君に似合っている。」

 翼と呼ぶには小さいのでこういう言い方をされるのだろう。僕は照れるけどそういう言い方をされるのは嬉しいし、慣れない。似合わないよりは間違いなく良い。両親より他人に言われた方がもっと嬉しい。僕は何でも言われると嬉しくなるのだ。

 ある日、僕はいつものように散歩に出かけた。いつものテンポで、軽い足取りで歩いた。翼が背中の上で跳ねている。今日はデパートで半袖シャツを買うのだ。道すがら同級生のあおいに出会った。

「人がいいね、君は。」

「そんなことない、何もかも滅茶苦茶にしたい気分さ、いつも。」

 デパートにはデートに着ていく服を買う。僕は浮わついてTシャツを5着も買ってしまった。それでもいい。全て白色のTシャツにしたから翼とよく似合う。僕の小さな翼はTシャツの白色に飲み込まれてしまいそうだ。

「白くて美しい。何があってもあなたを守りたい。

「先を急いでいるんだ。デートのためにね。」

 町内の人からは色んな言葉をかけられる。どんな言葉でも、やはり嬉しい。

 新品の服に彼女はどう反応するだろうか。


 思い切って彼女の家に行ってみた。鍵がかかっていた。鍵は鉢植えの下に置いてあることを彼女から聞いていた。しかし、僕は帰ることにした。帰る途中、翼の消臭洗剤を買った。駐車場で翼に吹きかけて、彼女の家に戻ることにした。変な匂いはしない。とてもいい買い物をした。

 彼女の玄関には、かわいいうさぎの置物があっていつも僕を出迎えてくれる。彼女に翼を広げてみせる。かっこいいと言ってくれた。ウケはいいけど、実はみんな本当のことを言ってくれてないような気がするんだ、と吐いてみた。

「とても不安になるんだ。」

 外では雨が降っていた。雨はやがて窓を打ち、僕たちが話す言葉を飲み込んでしまった。豪雨とは違う。

「自信が足りないのよ。あなただって飛ぼうと思えば飛べるのよ。ごめんなさい、できることがたくさんあるっていう意味。あなたが自力で飛ぶにはそれは小さな翼だってことは私にも痛いくらい分かる。もっと楽にしていいのよ。みんなあなたに期待してる。」

 彼女の言葉は非常に好意的だった。僕の心を落ち着かせてくれた。雨はしとしとと地面を叩いていた。彼女は話し始めようとする僕を遮らないように間を空けてくれた。

「一つ聞いていいかな?」

 彼女は黙っていた。

「もし僕が飛べたとして、その短い滑空を終えた後、何て言葉をかけてくれる?」

 外ではやかましく鳥が鳴いている。気づいたら雨は止んでいた。熱風が代わりに吹いてきて、部屋の中は涼しいな、などと何も考えずに彼女の答えを待っていたが、思いがけず彼女の顔が暗いことに気づいてしまった。その気づきが一瞬遅れたのか、彼女はもうすぐ泣き出しそうだったのが自分のせいであるような感覚になった。部屋の温度も少しずつ上がりだし、僕は心の中で、この異常気象が、と愚痴った。部屋の中には僕と彼女と生ぬるい空気。太陽の光を雲が隠したところで、どちらともなくため息をついた。

「あなたならきっとやれると思ったわ、かな。」

 この日の会話で、新しいシャツに彼女は気づかなかった。


 ずいぶん寝てしまった。彼女とのデートから二日しか経っていない。僕と彼女は不釣り合いだ。前から気づいていたが、知らないフリをしてきた。でもどうしてそんなことを思ってしまうのか分からない。一人で考える時間が多くなってきた。心の底から彼女の名前を叫んでみるーー。

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