第22話 出会いは突然で・2

 レイガは踏ん反り返りながら、大声で言い放った。

「っていうことがあって、すっっっごい気になってるんだよなー。迷わず声かければ良かったわ。マジで、どこのお嬢さんだったんだろう?」

 数時間後、自分の屋敷へと戻ったレイガは、今日の出来事を側にいた男に語っていた。

 黙って話を聞いていた男は、視線を僅かに上げ、レイガを見つめるが、明らかに侮蔑を込めた眼差しである。

 彼の名は、ガイト=ルベラ。魔王、ルシフの次男であり、レイガの実弟である。

「……そうか。親父のところにさっさと行かないで、見惚れていたんだな」

 どこか言葉に棘があるのは、レイガのように冷徹、だからではない。ただ単に、どうしようもない兄に振り回される毎日にうんざりしているだけである。

 一方、あれだけ周囲に冷たい態度を取っていたレイガだが、実の弟であるガイトのことは信頼しており、唯一表情豊かに話せる相手でもあった。

「言い方が悪意しかないんですけどー?」

「それは悪かったな。事実を言ったまでなんだが?」

 そう言って、ガイトはバンッと書類を机に叩きつけた。

 苛立ちを叩きつけるように置かれた書類に、レイガは「わお」と声が出てしまった。

 レイガが周囲にクールと思われているのと同様、ガイトは周囲からミステリアスのレッテルを貼られている。レイガの前でこそ、苛立ちを隠さないでいるが、普段は表情に乏しく、口数も少ないため、一番何を考えているのかさっぱり読めないのである。また、一人で読書をしていることが多く、誰かとつるむということはしないタイプであった。

「えー?ガイトってば冷たーい。一緒に彼女を探そうぜ?」

 それを知っているからこそ、レイガも楽しくてガイトにちょっかいをかけるのだ。

「ふざけるな。どこのどいつかわからない。しかも、一瞬見かけただけとか、見つかる訳ないだろ。ほら、黙って仕事しろ。これ、親父からの重要書類だから、必ず頭に叩き込んでおくように」

「なんだよー、仕事よりあの子を探す方が大事っ……ぶはっ」

 レイガが言い終わる前に、ガイトは持っていた書類でレイガの顔面を叩いた。さらに、レイガが文句を言う前に、ガイトは淡々と話を続けた。

「まずは、月界の第二王女、ナギサ=ルシードが帰還したのは知っているな。正式に冥王に命じられ、三大王代理人として仕事をするそうだ。お前とは直接関わることはないが、ダークが世話になるし、月王家の王女の名前と顔ぐらいは覚えておけ」

 ガイトの話をムスッとした態度で聞き流していたレイガは、書類を持ち上げると、その写真に目を奪われた。思わず、ガタンと大きな音を立てながら、立ち上がった。

「ああああああああっっ!!こ、この子だよ!この子!!俺が城下で見かけた女の子!!」

「え?……は?」

 思わず上擦った声しか出ないガイトだったが、レイガはきらきらした目でその写真を見つめている。

「すごい……運命すぎる。これはもう、運命の相手では?」

 完全にお花畑な発言を始めたレイガに、「そんな訳あるか」と冷静にツッコんだガイトだが、その声すらレイガの耳には届いていないようだった。

「そっか。ナギサって言うんだね。名前の響きすら可愛い。あの派手ではないものの華がある外見を表すような名前だね」

 さらっと気持ち悪い発言をするレイガに、ガイトは頭を抱えながらも思わず声を荒げた。

「だから!相手は月界の王女だぞ?」

「え?だから?敵国のお姫様だからダメって?」

 レイガが突然冷たい声で聞き返したことで、ガイトは黙り込んでしまうが、レイガはすぐににっこりと笑った。

「だけどさ、だからこそ運命だと思うし、障害があった方が燃えると思うんだけど?」

「あのな……お前だって仮にも王子だからわかると思うけど、王族って言うのは」

「あー、いいっていいって!そういう難い話!それに俺、第一王子って言う身分こそあれど、王位継承権はないし。ある意味、自由って言えば自由だし」

「ナギサは王位継承権第一位どころか、次期大神だって言うことを忘れずにな」

 言葉を遮られたガイトだったが、レイガの自虐とも取れる発言に、トドメを刺すことで仕返しをしたようだ。

「とは言え、ナギサは親父を殺したいほど恨んでいるからな。俺たちとも関わりたくないだろうし、そこは見守る程度で」

「そうだな。でも、そんなこと関係ないだろ?」

 今度はガイトの言葉をレイガが遮ったが、明らかに理解していない発言で、ガイトは嫌悪感を隠しもせずにレイガを睨んだ。

 とは言え、埒が明かないなと思っているだけで、レイガに対しての嫌悪感ではない。むしろ、話を聞いてない自由人なのはいつものことだし、何ならこのポンコツな兄が恋するのは大歓迎だとすら思っている。それで落ち着いてくれるなら、それで仕事を熟してくれるなら、が条件ではあるが。

 しかし、相手がよろしくない。敵方であるのはもちろんだが、そもそもナギサはダークにとっても……。

 と、そこまで考えて、これ以上深く考えるのはダメだとガイトは頭を振った。

 それを知ってか知らずか、レイガはナギサの情報が書いてある書類を真剣に眺めながら口を開いた。

「でもさ、どうして聖界の王女が、魔界のど真ん中に一人でいたんだろう?」

「え?あ、ああ。確か、噴水広場から西へ向かったって言ってたよな?」

 レイガの言葉に、ガイトは現実に戻って来つつ、問いを問いで返した。レイガは気にしていないのか、無言で頷く。

「あっちは両族領がある。領主のキョウノは冥王代理人の役割もあるから、それで向かったと思うが」

「あー、なるほど」

 そう返事はするものの、書類から目を離さないレイガに、ガイトはだんだん不安を覚えた。

 普段から自由人とは言え、今回はいつも以上で、いくら一目惚れしたとはいえ、こんな経験は今までにない。

 そして、その不安を現実にするように、レイガは今まで眺めていた書類を、バンッと机に叩きつけた。

「よしっ!俺、ちょっと行ってくる!」

「は?おい、ちょっと待て。どこに!?」

「えー、やだなー。全部言わせるなよ。決まってるだろ。ナギサのとこだよ!」

 そう言うと、物凄い速さで出て行き、ガイトは思わず出遅れた。

 すぐにハッとし、慌てて後を追おうとするが、既に姿はなく、さすがのガイトも思わず、顔面蒼白になった。

 しかし、すぐに冷静さを取り戻すと、ガイトは慌てて後を追い始めた。その心は、何も起こらないでくれ、という願いしかなかった。

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