第10話 二つの思い・1

 ナギサは上機嫌に鼻歌を歌いながら、自室を歩き回っていた。そして、その度にベッドの上には、彼女の服が山のように積まれていく。

「………。ナギサ様、何ですか?これ」

 思わず声をかけられ、ナギサはビックリして振り向いた。

「あ、リナ。来てたの?もう、ノックしてよ」

「何度もしました。気付かなかったのはナギサ様です」

 リナがバッサリと返事をしたが、ナギサには届いてないのか、再び鼻歌を歌いながら服を選び始めた。

「ナギサ様、私のことは無視ですか?一体、何があると言うのです?」

 リナがムッとしながら問うが、ナギサは手を止めないまま、にんまりと笑ってみせた。

「ふふっ、聞きたい?実はね、今日はナギと約束してるんだよ!」

「ナギ様と、ですか?」

 予想外だったようで、リナは眉を顰めながら聞き返すが、ナギサは気付いていないようで「うん!」とウキウキ気分で頷いた。

 しかし、その様子にリナは顔を曇らせる。

「あの、どこか悪いのですか?それとも、先日の件で早くも冥界から連絡があった、とか」

 心配そうな声で問われ、今までウキウキだったナギサからスッと笑顔が消えた。

「……ちょっと、リナ。いくら相手がお医者様だからって、医師と患者の関係だけだと思わないで」

「そうですが……いえ、仲良くなられたのなら、良かったです。確かに、彼女も年が近いので、話が合うかもしれませんね」

 リナの言葉に、ナギサはリナをじっと見つめた。

「ねえ、リナ。彼女に、お兄さんがいるの知ってる?」

 ナギサの問いに、リナは再び眉を顰めた。

「え、ええ。しかし、彼は……」

 リナは思わず口を噤んでしまった。

 ナギの兄は特殊な生まれで、神官内ではそこそこ有名な話であった。

 ナギサは服が決まったようで、身支度をしながら話を続けた。

「この前、ナギのお兄さんに会ってみたいって話をしたの。そしたら、今日お兄さんが来るから、一緒にお茶でもいかがですか?って連絡が来たのよ」

「なりません!」

 ナギサの言葉を遮るように、リナは叫んだ。その大声に驚き、ナギサが目を真ん丸くして、リナを見つめ返した。

「彼は……サガナ=リュートは一応、聖界者ではありますが、魔界に住む卑しい存在ですよ!?」

 その言葉に、ナギサは眉間に皴を寄せた。

「ちょっとリナ。そんな言い方ないでしょう?確かに、彼は魔界に住んでるっていうのは聞いたけど、でも理由があるんでしょう?その理由も聞かないで差別するのは、ただの偏見でしかないじゃない。だからこそ、それを見極めに行くのよ」

「しかし……」

 リナは口籠った。ナギサの言っていることが正論なのと同時に、ナギサがこうと決めたら頑なに動かないことがわかっているからだ。

「そもそもナギのお兄さんだし、別に二人っきりで会う訳ではないのだから、危険なことはないでしょう?」

「……わかりました。止めはしません。しかし、サーラは連れて行ってください。危なくないのはわかっていますが、王女として護衛を付けてください」

 リナは溜め息を吐くと、これだけは譲らないとばかりに、ナギサにきっぱりと言い切った。

 ナギサは一瞬ムッとした表情をするが、すぐに「はーい」と気だるげな返事をした。


 部屋を出て行ったリナだったが、すぐにサーラが入って来た。

「ナギサー、サーラから聞いたよ?お出かけするんだって?」

 その言葉に、ナギサは思わず頭を抱えた。

「リナってば、仕事が早すぎない?」

「え?違った?リナに、ナギサ様に着いて行ってください!って言われたけど」

 物まねしながら答えるサーラに、ナギサは「……いえ、合ってるわ」と呆れながら答えると、そのまま席を立った。

「もう出かけられるから、お願いしてもいい?」

 その言葉に、サーラは何かを察しつつ、「任せて!」と返事をし、部屋を後にした。


「え?じゃあ、リナとそれで喧嘩したの?」

 道中、ナギサから話を聞いたサーラが、驚いたように聞く。

「喧嘩って……そんなに大袈裟じゃないけど」

 そう口籠るナギサに、サーラはうーんと腕を組みながら考え込んだ。

「まあ、リナは神官だから、大神様寄りの考えになるのは仕方ないことだと思うし。とは言え、ナギサの言ってることもわかるけど」

「それはそうなんだけど……サーラはどう思う?」

「え?わたし?」

 問われたサーラは、訝しげな表情でナギサを見た。

「魔界に住んでるって言っても、ご両親は聖界者なのだし、そこまで忌み嫌うことなのかしら」

「……生まれとか、血筋とか関係ないって思うけど?その人自身の考えがどうなのか、だと思うな」

 あっさりとした答えを言うサーラに、ナギサは一瞬驚いたような表情で見つめ返した。

「確かにそうだけども……サーラって、案外あっさりしてるわね」

「えー、事実じゃん。そもそも、それを確かめに会いに行くんでしょ?だったら、一人で考えたって無駄!ほら、さっさと行こう!」

 そう言うと、サーラはナギサの手を掴んで、足早に歩く。

 突然のことに、ナギサは「わっ!」と驚くが、すぐに笑顔を浮かべた。

「ふふっ。サーラ、ありがとう!」

 そう言うと、後ろからサーラを抱きしめるナギサ。

 後ろに引っ張られたことで、サーラも「わっ!」と驚くが、同じように笑みを浮かべた。

「どういたしまして。わたしもナギのお兄さん見てみたいし!美人のナギのお兄さんってことは、美形の可能性大ってことでしょ!?」

 そう意気揚々と言うサーラに、ナギサも思わず「面食いっ!」とツッコみを入れたが、二人は楽しそうに先を急いだ。


 病院の受付で、院長と約束していることを伝えようと、ナギサが名乗っただけで、受付にいた男性が、ゆっくりと頭を下げた。

「お待ちしておりました、ナギサ王女。リュートからは話を伺っております。院長室にご案内致します」

 そう恭しく言われ、案内されるままに、ナギサとサーラは歩いた。

 やがて、“院長室”と書かれた部屋の前で止まり、男性がノックをするとナギの声が中から響いた。

「院長、ナギサ王女がいらっしゃったのでご案内致しました」

 その言葉を聞いて、ドアが中から開けられ、白衣をきっちりと着たナギが顔を出した。

「案内ありがとうございます。ナギサ様もご足労ありがとうございます。どうぞ」

 ナギに促され、ナギサとサーラが部屋に入ると、ナギは部屋のドアを閉めながらナギサたちに話し掛けた。

「ちょうど、兄も来たところだったのです」

 その言葉に促され、部屋の中央のソファに座っていた男性が立ち上がった。

 濃い青の長い髪を一つに束ね、青色の瞳をした男は、ナギサを見ると口角を上げた後、ゆっくりと頭を下げた。

 その美しい所作に、ナギサは思わず目を奪われた。

「ナギサ王女、お初にお目にかかります。サガナ=リュートと申します」

 そう声をかけられ、ハッとしたナギサは慌てて軽く腰を落とした。

「あなたがナギのお兄さんね?そんなにかしこまらないで。ナギにも、友人として招いていただいているから」

 そのナギサのフレンドリーな姿に、今度はサガナが驚いたのか目を丸くした。

「ありがとうございます。妹もお世話になっているようで、感謝致します」

「そんな!こちらこそ、お世話になっているわ。ナギがいなかったら、私も体調悪いままだっただろうし」

 慌てて首を振るナギサだったが、隣で聞いていたナギが「そのようにおっしゃっていただき、感謝いたします」と答え、ナギサはぎょっとし、サーラは苦笑いをこぼした。

「それより、みなさんおかけになってください」

 ナギがそう促しながら、テーブルに紅茶や茶菓子を並べて行く。が、ナギサはテーブルの真ん中に置かれた見たことないお菓子に釘付けになった。

「……ナギサ様、お行儀悪いですよ」

 サーラがリナみたいな言い方で諌めると、ナギサはハッとし、「ごめんなさい」と赤面した。

「兄が持ってきてくれたんですよ。珍しいでしょう?」

「冥界のお菓子です。ナギサ様が甘いものお好きだと伺ったので」

「わざわざ冥界から?」

 思わず聞いてしまったナギサに、サガナは苦笑いを浮かべた。

「妹に、冥界と連絡を取るよう言われていたので、行き来をしていまして」

 その言葉を受けて、ナギサは思わず口を噤んだ。

 彼が冥界を行き来している理由は、ナギがナギサの体質を改善するために、冥界と連絡するのを理解したからだ。

 同時に、リナに言われた言葉を思い出していた。

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