第6話 闇夜に響く協奏曲・3

 冥王からの命令で、ダークは父親と一緒に冥界に来ていた。

「冥王が自分を呼んでる?」と思ったが、ナギサも呼ばれていると聞き、これから次期三大王の特殊任務が始まるということを察し、思わず抜け出してしまった。

 面倒臭いというのもあるが、最近の夢のせいで寝不足気味だった。何より、ナギサに会う可能性が高く、あの夢を思い出すとあまり会いたくないのも事実ではある。

 そのため、ダークはそっと抜け出し、森の中で暇潰しをしていた。

“死の森”と呼ばれるここは、冥殿の近くにある森で、冥界にとっては神域であると同時に、不法地帯でもあった。冥殿は一般居住区と離して作られており、“封印の神”の神域が存在する死の森の近くに作られていた。一方で、獣や魔物たちも多く棲み、鬱蒼と茂っていることから不届き者が隠れていることも多く、故に、近くに冥殿があることで睨みを利かせているともいえる。

 そのため、ダークは他に行く場所がなく、仕方なくここにいるわけだが。決して、心休まる場所ではない。

 することもないまま歩いていると、突然空気が変わった。ざわざわとした空気を辿るように、しかし何かに急かされるように走ると、一人の少女が獣に襲われそうになっていた。

「っ!!?……ナギサ?」

 驚きのあまり、ダークはぽそりと呟いた。襲われそうになっている少女の姿に目を奪われた。

 ダークブラウンの髪に、赤みがかった茶の瞳。特徴は夢に出てくる少女と一致する。唯一の違いは、背格好なのだが、最後に会ったのが六年前であり、違うのは当たり前である。

 彼女の服装は、聖界者がよく着るようなワンピースではあったが、遠目で見てもわかるほど質が良いもので、益々彼女が“ナギサ”であると物語る。

 ダークは慌てて、腰から下げていたホルスターへと手を伸ばし、銃口を獣に向けた。

「彼女を助けなければ!」という気持ちが先行し、体が勝手に動いていた。

 弾丸は獣に当たり、ナギサが襲われる寸前で、何とか仕留めることができた。

 ダークはやや重い足取りでナギサの元へ向かうと、声をかけた。

「……大丈夫か?」

 その言葉に、ナギサはやや青い顔でダークへと視線を向けた。

 ナギサは、目の前の男が手にした銃を見て、助けてくれたのだと理解したが、思わず声を呑んでしまった。

 彼もまた、黒髪に黒衣だったのだから。唯一違うのは、瞳の色だろうか。血を連想させるような紅い目ではなく、綺麗なアメジスト色の瞳に、ナギサは見入ってしまった。

「どこか怪我でもしたか?」

 全く返事をしないナギサを心配したように、ダークの表情はだんだん曇る。

 その言葉にナギサはやっとハッとした。

 いくら魔王に似ているからと、人を見た目で判断するのは失礼だろう、と首を振る。

「へ、平気です!助けていただいて、ありがとう……っ!」

 ナギサは慌てて礼を言うと、立ち上がろうとし、思わず声にならない息を吐いた。

 右足に鈍い痛みが走り、ナギサは再びその場に座り込んでしまった。

「どこか痛むか?」

 その様子を見て、ダークは問いかけながら自分もナギサの前で膝をつく。

「ご、ごめんなさい。足が……」

「すまない。触るぞ」

 ダークは一言謝ると、赤く腫れた右の足首を触る。

「たぶん、捻挫だと思う。とりあえず、応急処置だけするから、後でちゃんと診てもらってくれ」

 そう言って、ダークはハンカチを取り出し、腫れている箇所へと巻きつけ、足首を固定する。

「あ、ありがとう。その……助けてもらっただけじゃなくて、応急処置までしてくれて。本当に助かったわ」

 ナギサは挙動不審になりながらも、小さく笑みを浮かべながら礼を述べた。

 その笑みにダークは一瞬、口を開いたがすぐに噤み、困ったように視線を逸らした。

 その様子を不思議に思って、ナギサが口を開いたが、それより早くに第三者の声が響いた。

「ナギサ様!ご無事ですか?」

 駆け寄って来るカイに、ナギサとダークはハッとしたように見たが、カイもふとダークを見るとゆっくりと頭を下げた。

「ダーク様もこちらにおられたのですね。ルシフ様が探していましたよ。そして、お二人をリキ様がお呼びです」

 カイがさらりと言い放った言葉に、ナギサはぎょっとしたようにダークを見た。

「ダーク……?」

 その名には聞き覚えがあった。

 ダーク=ルベラ。魔王、ルシフの息子。云わば、魔界の王子だ。

 それなら、一瞬魔王に似ていると思ってしまったのも合点がいく。

「……ナギサ」

 一方で、ダークもゆっくりとナギサに視線を合わせた。

 予想通り、彼女がナギサだったのだから。

 思わず二人は視線を合わせたまま固まるが、ナギサはぐっと奥歯を噛み締めた。

 ダークとは幼い頃に何度か会っているが、あの魔王の息子。そこまで恨んでいないとは言え、あの時ダークもあの現場にいて、一部始終を知っている人間だ。ナギサにとっては、決して良い間柄とは言いにくい。

 弱みを見せまいと何事もなく立ち上がろうとして、未だに痛む足に思わずよろめいてしまった。

 側にいたダークがさっとナギサを受け止めたが、ナギサは驚いたようにダークの顔を見た。

「あ……大丈夫だから放してちょうだい!」

 そうは言うが、ダークの腕を掴んでいる状態で何とか立てているので、振り解くことはできない。

 ダークは何か言おうとしたが、すぐに口を噤むとカイへと振り向いた。

「カイ、悪い。代わってくれ。ナギサ、足を怪我してるんだ。応急処置はしたけど、歩くのは無理だと思う」

 ダークがそう言うと、カイは慌ててナギサへと駆け寄り、「大丈夫ですか?」とナギサに声を掛けつつ、そのまま横抱きにした。

「えっ!?ちょっ!?か、カイさんっ!?」

 突然のお姫様抱っこに驚きすぎて、ナギサが上擦った声を上げるが、カイは冷静に「カイで構いません」と答えた。

 そういうことを言っているのではないのだが、と言わんばかりに、口をはくはくと動かすだけのナギサに、カイは抱きかかえたまま何事もなく続けた。

「嫌かもしれませんが、我慢して下さい。では、行きましょうか。リキ様はもちろん、ルシフ様もカイト様もお待ちです」

 そう言ってすたすたと平然と歩くカイの後ろをダークは歩きつつ、小さく溜め息を吐いてしまった。


 結局、カイに抱えられて冥殿に戻ってきたナギサは、あまりの恥ずかしさに顔を隠した。

 副神は慌てて治癒魔法をかけて足を治すと、叱るように口を開いた。

「急に飛び出すから、心配したんだよ?」

「ごめんなさい……」

 しゅんとしたように謝るナギサに、副神は苦笑いを零すとナギサの頭を撫でた。

「でも、無事で何より。軽い捻挫で済んだみたいだし」

 そう言うと、副神は部屋の隅で立っていたダークへと赴き、頭を下げた。

「応急処置をしてくれて、とても助かった。迷惑をかけてしまって申し訳ない。保護者として謝罪する」

 その様子に、ダーク自身がぎょっとして、慌ててぶんぶんと首を振った。

「い、いやっ、気にしないでくれ。ほんと、最低限しかしてないし」

「ほんと、ダークって良い奴だよな!」

 ダークが副神に返事をしているのに、冥王がへらへら笑いながらダークの肩を掴んだ。

「リキ様!お行儀が悪いですよ!」

 カイが思わず声を荒げるが、冥王はそのままダークから離れ、ナギサの側までやって来て、人懐こそうな笑みを浮かべた。

「さっき、ちゃんと挨拶できなかったよな?俺は冥王、リキ=シャ=スールだ。ナギサと一つしか歳変わらないから、仲良くしてほしいな」

 あまりのフレンドリーさに、ナギサはきょとんとして、「ええ。よろしく」としか答えられなかったが、そんなのお構いなしに冥王は話を続ける。

「ダークはナギサと挨拶したんだよな?じゃあ、とりあえず今日はここで一旦終了かな。これから顔を合わせること増えると思うから、ナギサも少しずついいから慣れていこうな?」

 そう言われ、ナギサは言っている意味がわからず、返事すらできない。その間に、リキはさくっと話を進めると、解散になっていた。

 結局、何が何だか意味のわからないままになってしまったが、何かが始まる予感だけがナギサの胸に残った。

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