悪役貴族が全力で原作を破壊した結果、ヒロインたちの様子がおかしくなりました

木嶋隆太

第1話

「――ですので。これより、あなたには転生を行ってもらいたいと思っています。希望の世界はありますか?」


 昔ながらの畳部屋にて、そんな声が響いた。どこか懐かしいと思わせられる香りが漂う静かな部屋に、柔らかな光が障子を通して射し込んでいる。

 声の主は、土下座をしている美しい女性。艶やかな黒髪が肩に流れ、澄んだ瞳がこちらを見つめていた。


 ……彼女は、自分のことを女神様と名乗っていた。


 馬鹿げた話ではあるのだが、なぜかそれを自然に受け入れてしまっているのはこれも女神様の力が関係しているのかもしれない。

 先ほどまで、俺がなぜ死んだのかについて語られていた。


 ……居眠り運転していた車が突っ込んできて、俺が妹を庇おうとして、死んだ。


「確認しますが……前の女神様の不手際で、死んでしまったんですよね?」

「………………はい。本来、あの場であなたたちは事故に巻き込まれることはなかったんです。申し訳ございません」


 女神様はすっとその場で深く深く、頭を畳に擦り付けた。その動作は非常に慣れたものだった。

 ……天界でも土下座というものがあるのか、あるいは日本人の俺に合わせてくれたのかは分からないが、女神様は俺に心からの謝罪をしている。

 死んだことについて、俺はまだ納得してはいないが……まあそれはひとまずおいておこう。

 ひとまず、気になったのは謝罪についてだ。

 なぜ、問題を起こした女神が、この謝罪の場に同行していないのかについてだ。


「……その前の担当女神様はどこに行ったんですか?」

「担当の女神は……その、退職代行を使って辞めてしまって……」

「え? 天界にも退職代行あるの?」


 思わず敬語をやめて聞いてしまった。うちの会社も、先日そんな感じで辞めた新人がいたので、ちょっと親近感。


「は、はい……。現在行方は分からないのですが……私が後を引き継いだ次第です。……ま、まだ研修を終えたばかりですが、精一杯頑張ります」

「……は、はあ」


 お、おい大丈夫か?女神様に新人とか、ベテランとかの概念があるということにも驚いていたが、まだ研修したばかりの女神様をいきなり現場に投入って……。もしかして、天界って結構ブラックなのでは?……ま、まあ別に俺は神様業界へと転職するわけではないので、彼女らの事情に関してはいいか。


 確認したいことは、ただ一つ。


「手違いで死んじゃったのは分かりましたよ。……それで、妹は大丈夫だったんですか?」


 俺の死因は妹を助けようとして車に轢かれてしまったこと。……つまりまあ、妹も巻き込まれている可能性は非常に高いわけで。俺が一番、気になるのはその部分だった。


 ぶっちゃけた話、妹が無事ならそれでいい。妹が無事でなかったらこのまま頭を押さえつけるつもりだ。


「……そ、それが……その――」


 女神様の表情は険しい。とても、申し訳なさそうに視線を落とし、口をもにょもにょと動かし、言葉にならない言葉を続けていく。


 俺はそんな女神様の前で膝をつき、優しく、問いかける。


「女神様。……真実を教えてください。俺の妹は、どうなったんですか?」

「……お、怒らない、ですか……?」

「ええ、もちろんです」


 女神様ににこっと微笑みかけると、彼女は申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「い、一緒に死んじゃいました」

「ふざけんじゃねぇぞ! クソ女神!」

「ひぃぃぃ!? すみません! すみません!」

 女神様が畳に額を強く擦り付けながら、さらに謝罪の言葉を口にする。……あっ、いや。今のは別にこの女神様に対してのものではないのだが。


「ああ、悪い……前の女神に対しての不満をぶちまけただけなんだ。そんな怯えないでくれ」


 がたがたと震えてこちらを見てくる女神様に、慌てて俺は言葉をかける。


「……ほ、本当ですか? わ、私に……怒ってはいませんか?」

「ああ……悪かったな、いきなり叫んじゃって」


 必死に頭を下げてくる女神様に、俺はゆっくりと頷いた。

 彼女の震える肩を見ると、申し訳ない気持ちが湧いてくる。

 さっさと、次の話題に移ったほうがいいだろう。

 問題は、これからどうするのかについての話だよな。


「それで、さっきも言ってたけど、転生……だっけ?」

「は、はい! あなたとあなたの妹さんには……こちらの不手際で亡くなってしまったので、希望通りの世界に転生してもらうことになります」


 そういう話、なのだが。俺としてはやはり妹が気になる。これから、高校生になる予定だった。大学、社会人と……さらに彼女の人生は広がっていくはずであり、その人生の先を歩ませてあげたい気持ちはあった。


「俺の転生はどうでもいいんで、妹だけでも生き返らせる、とかはできないのか?」

「それは……できません。こちらのミスで……すみません……」


 くそ……前女神め……。ミスというのは誰にでもあることだとは思う。俺だって、過勤務状態だったとき捨ててはいけない書類をシュレッダーに放り込んでしまったことがあった。


 だからって、これは人の命だからな。大事な書類とは重みが違うんだけど、神様からしたら人間の命なんて些細なものなのかもしれない。


「あ、あなたとあなたの妹さんにはなるべく好条件での転生をさせるとお約束しますから……それで、許してください……!」

「……分かったよ。特に、妹のお願いは必ず聞くようにな」

「分かりました……! 任せてください!」

「それで……好きな世界に転生できるんだよな?」

「は、はい。この世には無数の世界があります。その中に、きっとあなたの望む世界もあるはずです」


 俺はオタクだったので、そういった分野については結構知識があった。死んでしまったことに対しての落ち込む気持ちはあるのだが、同時にわくわくとした気持ちが沸き上がってくる。


「例えば、何かしらのゲームの世界に似た世界、というのも転生先としてはオッケーなのか?」

「ええ、もちろんです。あなたの世界にあるそういった作品は、作品を作った人たちが異世界を夢など無意識的な部分で感知し、それを形にしていることがほとんどですので、だいたいの世界がありますよ」


 女神様の言葉に、悔しいが……喜び始めている自分がいるのも確かだ。


 それに、いつまでも死んでしまったことを嘆いていても仕方ないしな。俺が落ち込んだ姿を見せると、この新人女神様も落ち込んでしまうかもしれない。彼女のためにも、明るく振る舞おうじゃないか。これからに期待するとしよう。


 問題は、どんな世界に転生するかだ。


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