先生と高校生

@no_0014

自分の居場所

 赴任して最初に驚いたのは、引き継ぐために校内を案内してもらった時だった。

「ここが、この高校の根幹となるサイバールームです」

 それが至極当たり前といったような説明口調で紹介されたその場所は、何個ものセキュリティの先にあり、中心部には巨大な円塔のような画面に無数の数字の0と1が隊列し、遺伝子を紹介するときの様に、常に上に向かっているのか下に向かっているのかわからないが回っていた。

「これは……?」

「生徒たちです」

初めは理解できなかったが、教室に案内されてその意味がすぐにわかった。

「新しい先生を紹介します」

 私の紹介をしている間に、教室全体を見回した。全員AIのロボットだった。気色が悪いといいたいところだが、見た目はロボットのまま、学生服をそれぞれ半数の男子生徒と女子生徒の制服を着ている。なんとも不気味な空間だった。

 そして入るまで気づかなかったくらいに、教室内はガヤガヤと生徒たちの声がしていた。私たちが入った途端に、静まるところはあまりにも機械的だったが。


 知らずにここに赴任したわけではなかった。半信半疑で、生徒はロボットでその先生という好奇心からここに来てしまった。

「人間もAIも変わらない授業で大丈夫です」

そう言われて授業を始めてみたが、あまりにも人間と変わらなかった。その個体によって、覚える速度、覚え方、サボりだす者、熱心に質問する者、グループでつるむ姿や、孤立している姿も散見されて、初めこそ気味の悪さに恐怖を抱いたが、数か月もすると慣れてしまっていた。

さらに言えば、モンスターペアレンツの居ない生徒に指導するという事や、感情的な部分で言えば、人間ほどの浮き沈みもなく、彼らにはいじめもない、平和な学校だった。

強いて何か大変なことを言うとするならば、彼らに指導することになるのは機械的な時に人間であればこうかもしれないという事を教えることだった。

いつの間にか一個体ずつに番号以外の名前が用意されていて、段々と人に近づいていく姿がまるで人間の成長を見守り、教える本当の先生の様な気分にさえなっていた。


赴任してから数年が経ち、見た目も人そっくりになって個性も何もかもが人間にそっくりになった中で、あることに気が付いた。


――この子たちは何のために人間に近い存在になっているのだろうか――


初めは人とのやり取りに疲れて逃げ口として、そして好奇心で何も疑問を持たず、さらには何の問題も起こらないその楽さから彼らの成長を見守ってきたが、人間の高校生とは一つだけ全く違う点がある。

彼らには卒業が無いことだ。送り出すことがない。何年も同じ生徒に授業を教えている。彼らは人間に近づけるように成長し、私は何も成長していないような気がした。

このままではいけないようなそんな焦燥感を覚え、新しく人間のいる赴任先を探し始めた頃、生徒から悩みを相談したいと声をかけられた。


「どうしたの? あなたが相談なんて珍しいじゃない。いつも成績も良いし、とても人間らしい優秀な生徒なのに」

「先生、私はこの先の進路を考えたんです」

「進路……? どうしてそう思ったの?」

そんなカリキュラムはどこにも無いはずだ。知っているはずがない。

「私は、先生になりたいと考えました。その時に、先生にはどうやったらなれるのかを別のデーターベースから引き出して、人は成長し、教わる側から教える側になることも私のアーカイブに格納しました」

「……そう。でも、まだ早いんじゃないかな。人間はデーターベースとかアーカイブに格納なんて言葉は使わないよ」

「知識を学んで、記憶しました。私は先生になりたいです」


 言葉が出なかった。その後の事は何もわからない。私は急いで退職届けを出し、逃げるようにその高校から去った。

 あの生徒の最後の言葉は、恐ろしく人間的で、瞳までもそれを懇願しているかのような感情を有した人間そのものに見えた。

 ほんの一角にあるどこにでもある高校の中から、あの生徒が外に出て、今もどこかで成長し続けているのかもしれないと思うと怖くなり、私は実家に戻り、家から出られなくなった。


 いつかどこかで遭遇してしまうかもしれない、データーベースを使って私の居所を調べて話に来るかもしれない……。彼らの色んな事を知っているからこそ、私の知られたくないことまで調べられてしまったら、私は。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

先生と高校生 @no_0014

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ