43 鳳凰暦2020年8月30日 日曜日 犬ダンジョン



「リン!」

「大丈夫っ!」


 突進してくるオオカミとそれに乗ったコボルト。

 確かにスピードはあるかも。


 でも――。


「まっすぐだからっ!」


 ――急には曲がれないタイプだよね!


 あたし――設楽真鈴は突進してくるオオカミの真横へと踏み込んで、さらにコボルトが振り回す剣もよける。

 そのついでにコボルトの脇腹に一撃。


 ……しまった。手応えはイマイチ。剣先で斬れなかった。


 間合いが近すぎちゃった。失敗、失敗。

 もう少し距離を取らないとダメかぁ……バスタードソードがうまくいかせてないなぁ……。


「リン! 位置の調整! ヒメ! 狼の右前足を!」

「了解!」

「はいはーいっ! こっちだよー、ワンちゃんズっ!」


 あたしは振り返ったオオカミとコボルトに話しかけながら、立ち位置を少しだけ平坂さんに寄せる。


 すでにオオカミの左後ろ足には浦上さんの矢が刺さってる。

 あんなとこ狙えるって浦上さんは本物の天才だと思う。


 矢が足の付け根にあたってからは、ボス部屋に入ってすぐの時よりオオカミのスピードが遅い。

 ま、遅いといってもかなり速いけど、あたしにしてみれば問題ないレベルだし。


 それに、あたしを狙ってくるんだよね、ワンちゃんたち。

 ほら、走り出した。こっちに!


「ガルルルルルルゥゥッ!」

「ガウっ!」


 今度は――。


 気持いいくらい、切っ先がコボルトの脇腹を斬り裂いた。


 ――バッチリ!


 あたしとほぼ同時に、平坂さんもメイスで一撃、ガツンと入れた。

 あたしはこれで10回目だけどね! 平坂さんは3回目くらいだし!


 避けタンク。

 平坂さんに求められてるのはそれ。


 よけながらダメージも与えて、ボスに狙われ続ける役なんだって。

 緊張感はあるけど、どっちかというと楽しい!


 あたしと平坂さんが振り返ると同時に、オオカミとコボルトも振り返る。


 ピンっ!

 そんな音がしたと思ったら、オオカミの右前足の付け根に矢が刺さる。


「ナイス!」

「ほめなくていいから集中!」

「ヒメの言う通り!」


 集中はしてるんだってば! あたしって信用ないなぁ……。


 5歩のバックステップで止まる。

 あっちはもう突進を始めてるけど、さらにスピードは落ちたみたい。


 視界の端には平坂さん。

 今度はあたしが左で平坂さんが右だから、コボルトの剣がある方になる。こっちの方がちょっとだけスリルがあっていい。


 楽しい。


 シンプルに動く。

 オオカミは噛みつこうとして正面にくるけど、こっちが対応する動きを狙ってコボルトは剣を振り下ろしてくる。


 連携ってやつだ。

 まあ、そうするって分かってたらどうにでもなる攻撃だけどね!


 風を切る剣先の音が耳のすぐ近くで聞こえる。

 その音とほぼ同時にあたしのバスタードソードがコボルトの脇をえぐる。


 平坂さんの方からもいい音が聞こえたけど――。


 オオカミの動きがスローダウンしていく。


 ――左前足! さすがは平坂さん! いやいや、あたしだってできるけどね!


 ゆっくりと振り返るオオカミと、その上のコボルト。


 あたしはヘイト? だったっけ? それを自分に集中させるために、上に乗ってるコボルトを攻めてるだけだから。

 あたしだってオオカミの足を狙おうと思えば狙えるから!


「ヒメ!」

「任せて!」


 名前だけの叫び。

 でも、浦上さんは迷いなく動く。


 5歩のバックステップで離れるあたしと平坂さんの方を見てるコボルト。

 でも、動き出しと同時に、3本目の矢がオオカミの右後ろの足に刺さる。


 加速は……ない。ただ、あたしの方へとまっすぐ進んでくるって感じ。


 浦上さんが矢で3本の足を、平坂さんがメイスで残りの足を攻撃して、今ココ!


「射線確保!」

「リン! 右前固定!」

「オッケーっ!」


 あたしがオオカミとコボルトの右前に飛び込む。反対側に平坂さん。

 これで浦上さんは後ろからやりたい放題にできる。


 オオカミの口をよけながら軽く突き、コボルトの剣は受けてからはじく。

 返す勢いでコボルトにも突き入れて、噛みつこうとするオオカミから半歩だけ下がる。


 ぎりぎり、スレスレで相手の攻撃をよけるのって楽しい~!


 その間に平坂さんのメイスも追撃。

 おしりの方を狙った浦上さんの矢はしっぽで払われた分もあるけど、だいたいあたってる。


 あたしはよけて突く、よけて斬る、この繰り返し。手数で平坂さんを必ず上回るようにする。


 目の前でかつんと音を立てて閉じるオオカミの口。

 そこで目が合うとつい笑っちゃう。楽しくて。


 あたし、今、生きてるって感じがする!






 目の前に魔石と……なんだろう? 十字の槍だよね?


「ウィングドスピアかぁ」

「クランメンバーにも槍を使いたいという話はなかったわね?」


「実際、コボルトウルフライダーとの戦闘はしてなかったからねー……換金せずに残しておくのも手かも。誰か、使う人がいたらギルドの販売価格より安く魔石と交換する形で」


 十字の槍を手に持った平坂さんと浦上さんが真面目に相談してる。なんかちがう。


「……そんなことより、初クリアだよね? そっちをもっと喜ぼうよ?」


「もちろん、喜んでいるわ」


「うんうん。でも、あたしたちがここのボスに勝てるのは当然だと思ってたし、時間はかかったけどそこまでの強敵じゃなかったよねー?」


 犬ダンのボスを初めてやっつけたのに、平坂さんも浦上さんもなんていうか、こう……そこまで盛り上がってないんだよね……冷静っていうか。


 もっとテンション上げてもいいんじゃないかなぁ?


「これで、ランクも上がるんだよね? こう、もっと嬉しさ爆発みたいな部分があってもいいような?」


「今回のボス魔石はあたしがもらって換金するけど、ひとりで犬ダン卒業しても次はないから」


「あと2回、ボスを倒して、そこでパーティーとしての犬ダンの卒業なのよ。その時はもっと喜びがあるわ、きっと」


 ……たぶん、このふたりはその時も冷静だと思うんだけど、あたしの予想って間違ってないよね?


「……佐原先生から聞いた話だと、あの陵竜也でも10月が初めてのクリアだったらしいわね」


「それはあたしも聞いたねー。でもまあ……鈴木くんからの情報なしだと、10月どころじゃなかったというか……目標を夏休み中っていうのはある意味で無謀だったよねー、実際」


「あ、そっか。鈴木くんは……」


 ……鈴木くんはもう犬ダンなんかとっくに終わらせてるんだ。


 まだまだ追いつけてない。

 もっと頑張らないと……あ、そっか。ふたりは鈴木くんとの差を感じてたから、そんなに喜んでなかったのかも。


「とりあえず、転移陣で戻ろっか」

「そうね」

「そーしよー。あ、でも……」


 あたしは右手で平坂さんの手を、左手で浦上さんの手を握った。


「……せっかくだから3人で手をつないで転移しよう!」

「本当に、あなたという人は……」

「ま、そのくらいならいいかな」


 あきれたような顔しながらも浦上さんってばちょっと顔が赤い。

 平坂さんもいつもよりちょっと口のはしっこがゆるんでる気がする。


 ……うん。これがきっと正解だった。


 そうして、あたしたちは転移した。

 犬ダンでは初めての転移だけど……間違いなく見覚えのある1層の入口の近くだ。


 ……最近、入口の左とこに、いつも誰かが立ってるんだよね? だから間違いないってのは分かる。


「……ねえ、あの人たちってなんなんだろ? 前はいなかったけど、最近ずっとあそこにいるよね?」

「ああ、あれはね……」


 平坂さんがちょっとあたしから視線をそらした。


「……平坂家が派遣してる警備員みたいなもの、だね。外周通路に誰も入れないようにしてるんだよ」


「そうだったのね……」

「へ~。確か、死の外周通路だったっけ? 危ないからってこと?」


「意外すぎ……設楽さんがちゃんと覚えてる……」

「驚いたわ……6文字もある言葉なのに……」


 ……このふたりって、あたしのことバカにしてるよね? あたし、間違ってないよね?


 確かにあたしはバカではあるんだけど……。


 あ!

 9月はまたテスト週間があるって話だから、鈴木くんに勉強教えてもらおっと!


 勉強教えてって頼み込んだら困ったように笑う鈴木くんをあたしは思い浮かべた。うん。好き。


 そのまま、あたしたちはわいわいと話しながら犬ダンを出た。


 来週の土日で、あたしと浦上さんの分のボス魔石を取ったら……あれ? 何ダンだったっけ?


 とにかく新しいダンジョンだ!

 楽しみ~!


 なんだかよく分かんない『特進コース』とかじゃなくても、犬ダンはクリアできるってあたしたちが証明したから!


 次も頑張ろ~っと!





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