42 鳳凰暦2020年8月30日 日曜日 森ダンジョン



「おはよ~」

「おはよう」

「あ、下北先輩、おはようございます」

「おはようございます」


 眠そうなあいさつの中で私――下北啼胤も身体を起こした。

 昨日一日、狩り続けた分の疲れはあるのだけれど、それでも寝る前よりはずいぶんと楽になっていると思う。


「今日は別の人だと思うかな。その方がいい、かな?」

「別にじゃんけんで決めてもいいと思うけど、釣り役になる人はどうしても限定されてるよね?」


「あ、もうアーチャーのひとりなので、遠慮しときます」

「でも水跳ちゃんはたまにはじゅしてるよね? 矢崎さんと違って……」

「住ちゃん⁉ どうしてそんなこと言うの⁉」


 あちらでは朝から釣り役の押し付け合いが始まっているようだ。


 宮島さんと那智さんは虫が苦手というか、嫌いというか……この森ダンジョンのモンスターには蜘蛛と蜂がいるため、あまりモンスターに近づきたくないらしい。


 戦闘そのものは、むしろ力が入っているくらいなので問題はない。必要以上の力で蜘蛛や蜂を叩き潰しにいっている。

 ただ、釣り役となると倒さずに引き連れて走るので……苦手な人にはかなり厳しい役割なのかもしれない。


 私はレア武器を所有している関係で釣り役は免除されている。


「……高千穂さん。ちょっといいかしら?」

「はい? なんでしょうか、下北先輩?」


「釣り役のことなのだけれど……分配する魔石を少し増やすというのはどう? 負担に思っているメンバーもいるのだし、そのくらいの優遇は問題ないでしょう?」


 私は学年が上だけれど、ここでは高千穂さんがリーダーだ。

 提案はしても、それを押し付けるつもりはない。

 もちろん、高千穂さんが先輩である私の提案を無視できないことは分かっているので、まっとうな内容を提案しなければならない。


「なるほど……」

「美舞。下北先輩の言う通り、その方がいいんじゃないか? 宮島さんと那智さんはそのへん、少しでも気持ちが変わるかもだろ?」

「そうね」


 高千穂さんの次のサブリーダーは伊勢さんだから、このふたりが話し合って決定すればいい。

 私は少し離れたところで身体をほぐすようにストレッチを始めた。頭の中はいろいろと思考が回転していく。


 ……まさかモンスタートレインをわざと引き起こすなんて。


 彼の発想は本当に規格外だ。ありえないとも言える。


 モンスターを大量に釣り出すトレインは、ダンジョンではやってはいけない行動の代表格とされている。理由はシンプルで、危険だから、である。


 では、昨日の狩りで危険だったのかというと……そうではないのが現実だ。


 トレインを引き起こしたとしてもモンスターは6層格でしかない上に、大量のモンスターを効率よく倒す戦術というか、戦法というか……。

 そこをきっちりと組み立てている。彼……鈴木くんが。


 先週の初めての森ダンジョンの時には、私と高千穂さん、伊勢さんが最初は反対した。それは当然の発言だと今でも思っている。


 それでも彼は押し切り、実際に指揮を完ぺきに取ってしまったのだ。あれだけのモンスターを誰ひとり目立つような怪我もさせずに、である。


 高千穂さんに指揮を交代した時は小さな怪我もあったのだけれど、それでも『ライトヒール』で癒せる程度のものでしかなかった。


 2回目となる今週は……高千穂さんも伊勢さんももう迷っていない。いえ、迷えばそれがみんなの怪我などの事故につながると考えているのだろう。


「下北先輩、ありがとうございます。釣り役はその回数分の6層魔石の追加という形にしたいと思います」

「ありがとうございます。大事なことに気づけました!」


 高千穂さんと伊勢さんがお礼を口にする。別に大したことを言った訳でもないというのに。


 私を慕ってくれているということが伝わってくる。

 だからこそ、私はもっとしっかりしなければならない。


「いいのよ。みんなに伝えてあげて」

「はい」


 離れていくふたりの背中がすごく頼もしいと感じる。


 実際、私と同じ3年生でも高千穂さんや伊勢さんのような力量の生徒はいないのだから頼もしいのも当然なのだけれど。


 鈴木くんは……常識外れだけれど、間違いなく逸材だ。


 この狩りでも……見たこともない防具のドロップを目的としている。どこからそういう情報を入手しているのかは想像もつかないのだけれど……。


 私は鈴木くんとの関係上、この情報を流すことはできない。

 それが平坂の大伯父さまであったとしても。もちろん私の実家にも、である。


 ……このレアな防具で平坂家が動くかどうかは分からないけれど、情報が伝われば少なくとも調査は行われるはずだ。大伯父さまならそうする。


 過疎ダンジョンでの……ほとんど知られていないレアなダンジョンドロップ。

 過疎ダンジョンだからこそ、情報がないのだ。


 そして……。


 ……下北ダンジョン群にも過疎ダンジョンはある。


 もしも、あそこに……今は知られていないダンジョンドロップがあるとしたら。

 それは新たな下北家の利益につながるのかもしれないのだ。


 だからといって、下手なことは言えない。


 過疎ダンジョンの調査をするべきだと伝えた場合、その理由を問い詰められるのは間違いない。そして、理由は話せないのだから……そこが難しい。


 それに……普通に調査したとしても……何も見つけられない可能性が高い。


 全ては鈴木くんという存在が……。


 どうにかしてそこを……うまくできないだろうか……?

 理由を言えないのなら……嘘をまぜるか、別の理由でごまかすか……。


 いえ。方法は、ある。


 ……クラン『走る除け者たちの熱狂』への指名依頼という手はどうだろうか?


 鈴木くんが彼自身で行動した場合、攻略情報はクラン内の秘密となってしまう。そこを……クラン内だけでなく、下北家にも利益があるようにできる一手。

 もちろん、『走る除け者たちの熱狂』に対する優先権や優遇策、または正当な報酬なども当然必要だけれど、それなら……。


 ただ、高校生の間は平坂以外への遠征を認められている訳ではないから……。


 2年の夏合宿まで待つしかないかしら……?


「下北先輩、そろそろ始めます」

「あら? 釣り役は決まったの?」

「はい。じゃんけんで」

「そう」


 私は高千穂さんたちの方へと歩き出す。


 ……下手に自分で考えるよりも、彼に――鈴木くんに相談してみよう。


 とりあえず今は今日の狩りに集中する。


 私は腰に下げた『沖白波一文字』をおまじないのようにそっとなでた。





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