第56話 遊園地デート(?)③

 ──そして、それから。


 家族連れや学生らしき集団の行列に並び、やっとの思いでお目当てのカロリー増々なB級グルメのいくつかをゲットした僕は、開放的なテーマパークの景色に全くもって溶け込んでいない東雲綾乃しののめあやのが待つ広場の長ベンチに急ぎ足で戻った。


 そんな僕を大きなサングラス越しにとらえたと思しき東雲は、高圧的にあごだけをクイッとし、黒タイトミニのおみ足を組み直す。その姿はまさに乙女ゲーのヒロインをしいたげる悪役令嬢のごとく。


 たぶんコイツが辿たどる未来は、追放エンドor処刑エンドとなるだろう。とっとと、ざまぁされるがいい。


「遅い。私を5分以上待たせた罪は万死に値するわ」

「くっ、お前なぁ……ま、まぁまぁ、もう綾乃ちゃんてば、早く機嫌直して〜。アツアツの焼きそばを買ってきたから、ほらほら一緒に食べよ」


 と、順応力だけはハイスペックかもしれない橙華とうかバージョンで東雲をなだめつつも、僕は長いフレアスカートのお尻を整えながら、いそいそとベンチの隣に腰を据える。コイツの物言いにいちいちキレても何だしな。いわゆる大人の対応ってやつだ。


「この焼きそば、紅生姜が少ないわ」

「ああもう、うるせぇ──」




 その後、自分用に購入したたこ焼きも半分以上献上し、数少なくなった残りをモソモソとつまんでいると、


「うおっ!」

 

 唐突に、隣で焼きそばをハフハフと咀嚼そしゃくしていたはずの東雲が、僕の横顔にほほをピタッと寄せてきた。しかも間髪入れずにスマホでパシャリと自撮り。


 そのファンデーションがほのかに香る冷たい感触を直に感じつつも、僕は即座に上半身をひねる。


「ちょっ、いきなり何を……、」

「う、うるさいわね。ただの写真撮影よ。一緒に写れて光栄に思いなさい」


 ただの写真撮影だぁ? にしても急に密着してくるから驚くじゃんか……。


「……そそ、それならそうと、事前に撮影許可をだな、」

「馬鹿ね、こういうのは自然の姿な方が映るものよ。素人は黙ってなさい。ボソボソ……『親友の橙華さんと遊園地デートにきちゃいました♡ 今は二人でモグモグタイムです♪』と、これでいいわ、送信──、」


(……おい、自分のキャラを詐称してじゃねーよ……って、ソウシン?)


「ままま、まさか今、ネットに投稿しちゃったんじゃ……」


「そ、そうよ。悪い?」


 という東雲は何故か得意げにフフンと鼻を鳴らす。あと気のせいか耳たぶが真っ赤……。


「──って、わ、悪いに決まってるだろ! 仮にもお前は現役のアイドル声優、だよな?」

「仮にも、は余分よ………………ぁ」


 やっと事の重大さに気づいたようで、東雲はポカンと口を開ける。


 仮にも名のしれた有名人が、リアルタイムに自分のいる場所を特定出来る写真をネットの海に放出。それが何を意味するのか、それを見たネット住民は一体どんな反応をするのか、想像は容易だ。声優としての知名度が低い自分はともかく、アイドル声優の東雲綾乃に至っては、結構な数のコアなファンを抱えてるし。


 その証拠に当の東雲はいつになく焦ったご様子。顔バレに関しては普段から気をつけているようだが、意外とSNS関連にはゆるゆるだったらしい。


 日頃の物言う言動からして、炎上の発火装置みたいなやつだけど、そのへんは大丈夫なんだろうか……実に心配だ。現に今、焼きそばの青のりを歯につけたままでの写真投稿。絶対バカだろコイツ。ちなみに僕はコンパクト鏡で確認したけど、セーフ……。


「……じゃ、じゃなくて、と、取りあえず、今すぐここから離れるべきだよね〜、そう思わない綾ちゃん?」

「そそ、そうね、橙華さん。あ、貴方にしては理にかなった意見かしら……賛同しても、良くてよ」


 てことで、丁度雨がポツリポツリと降り出した頃、ここに来て初めて意見が噛み合った僕と東雲は、周りの視線をキョロキョロ伺いつつ、密やかに遊園地を後にした──。

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