異世界でおじいさんの古箪笥だったわたしは、空き巣勇者が盗んだ物を探してる。

ぬりや是々

第1話

「異世界で、おじいさんの古箪笥ふるだんすだったの」


 わたしがそう告げると、大体の人は「古時計じゃなくて?」と言う。

 そうでなければ何も言わず、危ない奴か?という視線が向けられる。

 確かに、わたしは頭がおかしいのかもしれない。

 でも、わたしにはかつて異世界でおじいさんの箪笥だった記憶がある。


「そう、箪笥。古時計じゃなくて。おじいさんが生まれた朝に、おじいさんの所に届けられたの」


 ますます古時計みたい、とカフェのテーブルを挟んで向かいに座る彼が笑う。悪くない、この話に付き合ってくれるみたい。



 わたしには、いつも「何か」がなかった。

 普通の家庭に生まれ育ち、普通に大学に進学し、普通に就職し、普通に恋愛もした。

 でも、わたしにはいつも「何か」を最初から失っている、という感覚がつきまとっていた。

 その感覚はこの世界の両親でも、友達でも、仕事でも、恋人でも埋める事が出来なかった。

 まるでわたしの中の抽斗ひきだしがひとつ、ずっと空っぽな様な。

 それが比喩じゃない事をある夜知った。


「部屋に帰ったら空き巣に入られててね。めちゃくちゃな部屋を見てたらばーっと思い出して」


 盗まれた。と最初に思った。

 通帳? アクセサリー? 下着?

 違う、もっと大切な物。

 


 



「レザーアーマーにロングソードを背負った男だった。おじいさんの留守中に鍵の掛かったわたしを壊して開けて、何かを盗んだの。えっと、箪笥だったわたしを壊して。それを思い出したの」


 なるほど、と向かいの彼はカップを上げてコーヒーをひとくち。


「アレだね。ゲームで村の箪笥や壺からアイテムとかお金を拾うみたいな」


「拾う、じゃないの。盗んだの。」


 彼の言い草に一瞬頭に血が登りかけたけど、異世界でのおじいさんとの暮らしを思い出し、自分を落ち着かせる。


 空き巣の入った夜から、わたしはちょっとずつ、おじいさんとの記憶を取り戻した。


 おじいさんの生まれた朝に、おじいさんの家に運ばれた事。

 産まれたばかりのおじいさんの寝顔が、まるで天使のようだった事。

 わたしを支えに、おじいさんが初めて立っちした日の事。

 おじいさんが、拾ったキレイな石や貝殻をわたしの抽斗にしまってくれた事。

 宿舎に入るため、おじいさんが家を出た日の事。

 たまに帰って、わたしをキレイに拭き上げてくれた事。

 道具屋を始めるために、おじいさんと王都に引っ越した事。

 「これは売物じゃない」と、わたしを買おうとしていた客に、おじいさんが言ってくれた事。

 少しずつガタが来たわたしの部品を削ったり、新しい材料に入れ替えてくれた事。


 おじいさんがわたしを大切にしてくれた事、わたしに大切な物をしまってくれた事。


 

 おじいさんとの暮らしの記憶は、わたしの心を温めてくれた。

 それでも、わたしの抽斗の空洞を埋める事は出来なかった。

 わたしとおじいさんは、大切な物を盗まれたんだ。

 

 わたしはそれを取り返さないといけない。

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