第28話 ヒースの疑念


 今日の活動が終わる。

 用事があるというランドルフが、足早に研究会部屋を出ていった。

 帰り支度をしていたヒースへ、ルミエールが一通の封書を差し出す。


「昨日は丁重な見舞いの品を頂き、妹も大変喜んでおりました。ありがとうございました。こちらは、ルミエラからの礼状になります」


「気を遣わせたようですまない。ルミエラ嬢の体調は、もう良いのか?」


「はい。熱はもう下がっておりまして、今朝は頂いたお菓子をさっそく食べておりました」


「そうか、それは良かった」


 受け取った封書は、貴族間でやり取りするような堅苦しいものではなく、薄紅色をした女性らしい可憐なものだ。

 丁寧に鞄へしまったヒースは、ルミエールへ挨拶をし帰宅の途についた。


 その夜、就寝の準備を整えたヒースは、鞄から封書を取り出す。

 テレサが内容を知りたそうにしていたが、一人になってからゆっくり読みたかったのだ。

 手紙は見舞いの品のお礼から始まり、続いて、お菓子が可愛らしくて食べるのがもったいないと書かれていた。

 ルミエラが我慢しているその姿を想像するだけで、ヒースの目尻は下がり口角は自然と上がってくる。


 ヒースが贈った品は二つ。花束とクッキーだ。

 昨日、屋敷へ帰る前に、王都内で美味しいと評判の菓子店へ立ち寄った。

 情報通のランドルフとテレサからお勧めの店を幾つか聞いたところ、二人の口から共通して上がったのがこの店だったのだ。

 テレサを伴って入ると、店内は多くの客で賑わっていた。

 ショーケースにはケーキ、棚には焼き菓子と、見た目にも美味しそうなお菓子が所狭しと並んでおり目移りしてしまう。


「ルミエラ様は、マドレーヌやフィナンシェを喜んで召し上がっていらっしゃいましたね……」


 テレサが目を細め、思い出し笑いをしながら呟いている。

 ダンスパーティーのために用意した数々のドレスには目もくれず、お菓子に目を輝かせていた姿をヒースも覚えている。

 ルミエラは夕食時に出されたケーキも喜んでいたようだが、ヒースは悩みに悩んだ末に今回は日持ちするクッキーを選ぶ。

 型で抜き焼き上げたものに野菜の色素で着色した砂糖で装飾された、眺めているだけでも十分に楽しめるものだった。


 菓子店の次に向かったのは花屋だ。

 ここでは、比較的匂いの穏やかな花で花束を作ってもらうことにした。

 内容は全て店主にお任せだが、若い女性への贈り物だとは伝えた。


 花束の出来栄えに満足し、その足でルミエラの家へと向かう。

 ヒースは自ら見舞いの品を届けるつもりだったが、ここでテレサが難色を示す。


「ヒース様が訪問されれば、体調の悪いルミエラ様が対応しなければなりません。お気持ちはわかりますが、今日はご遠慮ください」


 ヒースとしても、ルミエラに無理をさせることは望んでいない。

 結局、テレサがヒースの名代として届け、彼は馬車の中で待つことにした。



 ◇



 毎夜、ルミエラからの手紙を読み返すのが、ヒースの日課となっていた。

 これまで何度目を通したかわからず、手紙の内容をそらんじれるくらいだ。

 徐々に父親が仕事に復帰してきており、自分も体調が戻り次第また家業を手伝っていくと締めくくられた手紙を読み終えると、定位置である引き出しに入れる。

 次に取り出したのは、ルミエールからの見積書だった。

 明日は長期休暇前最後の研究会活動日なので、彼へ回答をしなければならない。

 ヒースは黙々と書類を書き上げた。


 次の日、奉仕活動研究会部屋でヒースは書類の整理をしていた。

 いくつもの研究会を掛け持ちしているランドルフは、少し顔を出すとすぐに別の研究会へ向かい、ルミエールは別件で席を外していた。


「ヒース様、こちらの書類は全て倉庫へ収納でよろしいでしょうか?」


「最近の分は、まだこちらに置いておくか……」


 箱の中から必要な分だけ取り出すと、テレサは倉庫へ向かった。

 ヒースは執務机の上に置いたものを一つ手に取る。それは病院へ慰問した際の活動報告書で、自分が書いた全体的な総括や使用した寄付金の内訳等の報告に、ランドルフとルミエール個々の活動記録が続く。

 ランドルフの報告書は、あの明るい性格を表すかのように大きくて豪快な文字が並んでいる。

 それと比べると、文字の大きさが揃ったルミエールの報告書は、真面目な性格を表し丁寧に書かれているのがわかる。

 研究会会長である王妃殿下へ提出する書類のためヒースが厳しく添削したが、ルミエールはを上げることもなく何度も書き直し、仕上げた。そして、次の清掃活動の報告書は、文句のつけようがない物を書き上げたのだ。


 懐かしさを感じながらルミエールの報告書を読み返していたヒースだったが、ふとあることに気づく。最近よく目にしている文字に似ているような気がしたのだ。


(双子は、魔力だけでなく書く字まで似るものなのか?)


 好奇心もあり、他の書類も比較してみようと見積書を取り出した。

 二つの書類を眺めていたヒースだったが、すぐに奇妙なことに気づく。同じ人物が書いた物のはずなのに、明らかに筆跡が違うのだ。

 見積書だけは別人が書いたのかと思ったが、提案書も見積書と同じ筆跡だった。

 提案書はヒースの目の前でルミエールが書き提出したので、本人のもので間違いはない。

 しかし、活動報告書もルミエールが研究会部屋で清書し、すぐにヒースへ提出されたもの。


 気になってしまうと、納得できるまで調査するのがヒースの性格。

 清掃活動時の報告書も確認することにした。


「どういうことだ?」


 四つの書類を机に並べたヒースは、思わず独り言を呟く。

 筆跡は二種類にわかれていた。


 見積書と提案書の字は、几帳面な性格を表しているのか角ばっている。いかにも男性が書くような文字だ。

 それと比べると、二つの活動報告書は柔らかい雰囲気で、どちかといえば女性が書くような文字にも見える。

 そして、こちらはルミエラの字によく似ているのだ。


「まさか……」


 ヒースの中に、ある疑惑が芽生える。


 ダンスパーティーへの参加を要請したときの、ルミエールの困り顔と提案。

 最近、彼へ過度な接触をしなくなったユーゼフ。

 彼とシンシアの仲を邪魔するようになったランドルフ。

 突然故障した研究会部屋のドア。


 そして、清掃活動日にルミエールから言われた言葉。


『もしもですよ……僕が女性だったら、ヒース様はどうしていましたか?』


 ヒースの中で、何かがカチリとはまった。


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