第14話 捕物と幼なじみとの再会


 私たちの担当場所は、王都の西側だった。

 私が住む商業地区のある東側と比べると住宅が多い印象がある。


 ヒース様も『火・水・風』の属性を持っているようだ。

 彼が人差し指をクイッと動かすと、ゴミがまるで生き物のように集まってきて一塊になった。

 それに火を付けると、あっという間に燃え上がって灰となる。水をかけて他に燃え広がらないよう消火をして終わりだ。


 ヒース様のやり方を真似しながら、私も魔法を使って掃除をしていく。

 私の場合は、掃除と言うと『掃除機』か『ほうき』を使うイメージだ。

 魔法を使うし、ここは魔女っぽく箒で辺りをくことにした。

 手を下に向けてパタパタとしていたら、目を丸くしたヒース様に凝視されてしまったが気にしない。ここで気にしたら負けなのだ。

 

 次に、集めたゴミを燃やす作業。

 やはり前世の影響で、火を付けるなら『ボタンを押して点火』か『マッチ棒』。

 迷ったが、ここはマッチ棒でいこうと思う。

 手でマッチ棒を擦る動作をしてみたら、あっさりと着火した。


(何これ、おもしろい!)


 あとは消火をするだけだが、ホースか如雨露じょうろか、それとも……

 少し考えたあと灰に手をかざすと、手のひらから細かい水が出てきた。そう、これのイメージはシャワーだ。

 上手くできたことに自信を持ち、どんどん周辺を綺麗にしていく。

 街の人は清掃活動のことを知っているのか、一緒になってゴミを集めてくれる人、「これもついでに燃やしておいて」と言うちゃっかりさんもいた。


 目に見えて街が綺麗になっていくのは、とても気持ちがいい。

 この活動を通じて、これから街にゴミをポイ捨てする人が少しでも減ってくれることを願う。



 ◇



 清掃を終え再び集合場所の中央公園まで歩いていたら、何やら後ろがざわざわバタバタと騒がしい。

 何事?と後ろを振り返った私の横を、男の人がものすごい勢いで駆け抜けていった。

「泥棒!」と女性の声が聞こえたので見ると、男は手に女物の鞄を持っている。すぐにひったくり犯だとわかった。

 

 私も、前世で一度だけ被害にあったことがある。

 あのときは金銭的なことよりも、お金で買えないものを盗られたことによるダメージが大きかった。

 亡き祖母から貰ったおみやげのキーホルダーとか、スマホの中の写真とか……だから、ひったくりは絶対に許せないのだ。


 犯人はかなり先へ行ってしまったが、問題はない。私には頼もしい相棒がいる。

 颯爽と『キク坊』に乗って追いかけようとしたら、ヒース様が慌てた。


「君は何をするつもりだ? ここは、街の警備兵に任せろ」


「そんな悠長なことを言っていたら、逃げられてしまいますよ!」


「相手が刃物を持っていたら、どうするんだ!!」


「だったら、ヒース様も一緒に来てください! さあ、僕の後ろに乗って!!」


「……はあっ?」


 戸惑っている彼を問答無用で引っ張り、私は愛車をゆっくりと発車させた。


「足場が狭いので、振り落とされないよう僕の体に摑まってくださいね」


「と言っても、どこに……」


「どこでもいいですよ。では、行きます!」


 徐々に加速させていくと、初めは遠慮がちに肩に手を乗せていたヒース様も身の危険を感じたのかしっかりと腰に腕を回してきたので、私はさらにスピードを上げる。

 逃げ切ったと油断していた男は、私たちが追ってきたのを見て再び走り出す。


「ヒース様、何か男を足止めする方法はありませんか?」


「それなら、良いものがある」


 ヒース様が片腕を離し、何か魔法を行使したことはわかった。

 突然、犯人の目前に氷の壁が現れ、男は避ける間もなく突っ込む。そして……倒れた。

 無事に鞄を取り返し、意識の戻った男を警備兵へ引き渡した私たちは、被害女性から礼を言われリンゴをたくさん貰ってしまう。

 ヒース様から「君に全部やる」と言われたので、ホクホク顔で鞄に詰める。

 重くなった鞄をよっこらせとキク坊に載せると、再び歩き出した。


「ヒース様は、氷魔法も使えるのですね?」


 よくランドルフ様へ「氷像にするぞ」と言っているけど、本当にできるとは知らなかった。


「何を言っている? 君も水属性を持っているのだからできるぞ」


「えっ……そうなんですか?」


「頭の中で水を温めようと意識したら、お湯が出せるだろう? あれと同じで、凍らせようとすると……」


 私の手のひらから、パラパラと氷の粒が出てきた。


「うわぁ……すごい!」


 これは良いことを聞いてしまった。

 前世と違い冷蔵庫の無いこの世界は、何といっても氷が高い。

 でもこれからは、いつでも冷たい物を飲むことができ、かき氷だって食べることができるのだ。


 家に帰ったらさっそくやってみようとニンマリしながら歩いていたら、誰かが後ろから頭を軽くポンと叩いてきた。


「久しぶりだな、ルミエラ! 元気にしていたか?」


(……ん? ルミエラって、私のこと?)


 立ち止まり、思わず振り向いてしまった……今は『ルミエール』だったことを忘れて。

 がたいの良い職人姿の少年が、嬉しそうな表情で私を見つめている。

 

「ハル、久しぶりだね! 私はもちろん元気だよ!!」


 幼なじみのハルだった。


「ははは、おまえは相変わらずだな。それにしても、何だ……その男みたいな恰好は?」


「『男みたいな恰好』って、ハルは何を言っているの? 私はルミエールじゃ…………!? ハ、ハルは何を言っているんだ。俺が男の恰好をしているのは、当たり前だろう? だって、ルミエラじゃなくて、ルミエールなんだからさ!!」


「えっ? おまえルミエラじゃなくて、ルミエールか? じゃあ、その姿は高等科の……」


「ああ、今は校外活動中なんだ」


 ハルはハッとすると、隣にいる同じ制服を着たヒース様を見た。

 彼が貴族だと気づいたのだ。


「邪魔して悪かったな。じゃあ、俺は行くわ。ルミエラにもよろしく言っておいてくれ!」


「あっ……ハル、今度家に来てくれ! 久しぶりに三人で食事でもしよう!!」


「わかった!」


 貴族から逃げるように去っていくハルの背中へ、声をかけた。

 こんな状況でなければ彼とゆっくり話をしたかったが、とりあえず約束ができただけでも良しとしよう。

 ハルの私たちを見分ける力は恐るべし!と心の中で感心している私を、ヒース様はずっと無言で眺めていた。


「……今のは、君の友人か?」


「幼なじみです。お騒がせしてすみませんでした」


 私は頭を下げつつ、そっとヒース様の様子を窺う。

 口調も言葉遣いも素になってしまったが、彼に気付かれてはいないと思いたい。


「そんなことは、どうでもいい。それよりも……聞きたいことがある」


「は、はい! な、なんでしょうか?」


 聞きたいことがあると言われ、ドキッとする。

 嫌な汗が流れ、やっぱりバレたのかと動揺が隠せない。 


「君には、その……兄弟がいるのか?」


「……へっ? あっ、はい! 双子の妹がいます。僕たちは顔がそっくりですので、それで彼は妹と間違えたのですね!! うん、きっとそうだ!!!」


(こうなったら、勢いだ! 勢いでごまかすしかない!!)


 本音を言えば、ルミエールと入れ替わるまではルミエラの存在は隠しておきたかったけど、仕方ない。

 言い訳じみた私の返答に、ヒース様は大きく目を見開いた。


「確認だが、妹も……『銀髪に赤目』なのか?」


「はい、双子ですので」


「そうか……」


 ここで、ヒース様の話は終わった。これはバレなかったという判断でいいのだろうか。

 そのあとも、それとなく彼の様子を窺っていたが特に何事もなく、どうにか危機をやり過ごした私はホッと息を吐いたのだった。



 ◇



 この日は危機を切り抜けたが、次の日、別の面倒ごとが待っていた。

 ひったくり犯を追いかけるために『キク坊』を二人乗りしていた姿を、ランドルフ様とシンシア様に見られていたらしい。

 シンシア様は「楽しそうで、わたくしも乗ってみたかったです」と微笑んでくださったが、ランドルフ様は「ヒースだけルミエールちゃんと二人乗りして、ズルい!」とかなりご立腹だったとか。


 それに関連してなのか、学園が終わったあとなぜか四人でヒース様のアストニア侯爵家へ行くことになった。人目を避け、そこで『キク坊』に乗るのだそうだ。

 おそらく、ヒース様とランドルフ様との間で何らかの取引があった模様。眉間に皺を寄せたヒース様の機嫌が最上級に悪かった。

「平民の僕が、侯爵家へお邪魔するなど……」と何度も辞退を申し出たが、ヒース様とランドルフ様から即却下され、私はヒース様やテレサさんと同じアストニア家の馬車に乗せられ連行される……まさに『ドナドナ状態』だ。

 貴族であるランドルフ様とシンシア様は、もちろんそれぞれの馬車に乗って後に続く。

 

 連れてこられたアストニア家のお屋敷は敷地も含め想像を超える広さで、シンシア様も「我が家が二軒は入りますわ……」と驚いた様子だった。

 綺麗に整備されたアストニア侯爵家の広い庭園内の石畳の上で、ランドルフ様は乗りたかったようだ。

 ヒース様とは対照的に終始ニコニコ顔のランドルフ様は、上機嫌でシンシア様と二人乗りし、ご満悦だったのは言うまでもない。


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