第13話 清掃活動と『運命の人』


 本日は、研究会活動の第二回目である王都内の清掃活動の日だ。

 この日だけは会員以外からも参加者を募り、大規模なものとなるらしい。

 シンシア様も参加してくださるそうで、私は一緒に活動するのを前々から非常に楽しみにしていた。


 今回は名誉会員であるユーゼフ殿下もいらっしゃるということで、大勢の女子学生の姿が見える。もちろん、カナリア様の姿も。

 やはり『腐っても鯛』ならぬ王子様だなと思っていたら、殿下の婚約者の地位を狙う女子学生以外にも様々な思惑が絡んでいるのだと、ランドルフ様がまたこっそり教えてくれた。

 

 解説によると、学生たちの今日の目的は大きく分けて二つ。

『奉仕活動研究会』への入会と、将来の婚約者探しだそうだ。


 毒草混入事件でさすがの私も理解したが、『奉仕活動研究会』への入会は貴族の中では一種のステータスのようだ。

 これがあると卒業後の就職も有利になるとかで、家の跡取りではない学生たちは必死なのだとか。

 経歴に箔をつけるためとは、野心家の誰かさんも同じことを言っていた気がする。


『奉仕活動研究会』は、設立当初からずっと王族が名誉会員を務めてきたいわば『王族公認の研究会』だから、入会条件がとても厳しいのだそう。

 あくまでも『奉仕活動研究会』なので奉仕活動に従事する目的で入会を希望してもらいたいのだが、不純な動機を持つ者ばかりで会員がなかなか増えないのが実情とのこと。


「もしかして……『邪な感情を持つ者は、たどり着けないようになっている』は、ユーゼフ殿下の身の安全の他に、こちらの意味もあったのですか?」


「うん、ご名答! 去年はユーゼフが入学して、例年にも増して会員希望者が殺到して大変だったから、それであれを作ったんだ。そして、今年はルミエールちゃんだけが、たどり着けたってわけ」


 今年の一年生の中にも入会希望者は大勢いたと思うが、誰一人たどり着けなかったことが驚きだ。

 純粋に奉仕活動をしようという志のある人が、去年も今年も私たち以外いなかったことになる。

 カナリア様なら奉仕活動への意欲もあると思うのだが、それよりもユーゼフ殿下への気持ちのほうがまさってしまい弾かれてしまうのだろうか。


「去年は、ランドルフ様とヒース様だけってことですよね?」


「ううん。僕とヒースは元々、会員が決まらなかったときの補欠要員みたいなものだったんだ。ユーゼフと僕たちは幼なじみでだからね」


 僕は運が良かったと笑うランドルフ様だが、彼の優秀さは私でもわかる。もちろん、ヒース様も。

 ただ王子様と同い年というだけで優遇されるほど、貴族社会は甘くないと思うのだ。


 そして、もう一つの婚約者探しとは、大勢の学生が参加するため、普段はあまり交流を持たない他学年とも知り合える機会をぜひとも活かしたいということらしい。


(貴族は貴族で、本当にいろいろと大変なんだね……)



 ◇



 集合場所である中央公園には、高等科の学生の他に、ちらほらと紺色の初等科の制服が見える。

 ヒース様の説明によると、来年卒業を迎える四年生も参加が可能なのだとか。そして、彼らが今日ここにいる理由も……うん、推し量るべし。


 参加者が全員揃ったところで、まず名誉会員のユーゼフ殿下が挨拶をし、その次に副会長であるヒース様の説明が始まった。

 広い王都の街を班ごとに分けそれぞれの担当場所で清掃活動をするのだが、班の分け方については個々の希望を尊重する。

 ただ、一つだけ条件があった。それは、初等科の学生や女子学生だけでは行動せず、必ず高等科の男子学生も交えた複数名で行動をすること。

 この国は他国と比べると比較的治安は良いらしいが、それでも貴族のお子様方なので誘拐の危険がないともいえない。

 個人的に護衛を連れてきている子がいるのも、それが理由だと思われる。



 ◇



 今日は名誉会員という立場もあり、ユーゼフ殿下自ら率先して清掃活動を行う。

 さすがに第二王子様なので活動時には護衛騎士が複数名付き添うが、その姿を見せることで、王族への親しみやすさと環境保全の大切さを説く啓蒙けいもう活動を王都民へ広めるお仕事を真面目にされる。


 そのユーゼフ殿下と同じ班になりたいという女子学生たちの熾烈な争いは、ようやく決着したようだ。

 シンシア様と一緒に遠巻きに眺めていたらカナリア様の弾けるような笑顔が見えたので、どうやら彼女は権利を勝ち取ったらしい。

「おめでとうございます!」と心の中で祝福を送った私は、シンシア様と清掃活動をいかに効率よくやるかを話し合った。

 

 前世とは違いペットボトルやプラスチックゴミが落ちていない代わりに、街には落ち葉や食べ物などの生ゴミが多く落ちている。それを何箇所かに集め最終的には燃やして処分をするのだが、基本的にゴミは手か何かで摘まんで麻袋に入れ運ぶのだ。

 貴族がそんなことをできるのだろうか?と思っていたら、そこは連れてきた従僕にやらせる。もしくは、魔法で解決させるらしい。

『火・水・風』の属性があれば自己完結できるとは、ランドルフ様の談。風でゴミを集め、火で燃やし、水で消火するのだそう。

 シンシア様は火属性はないとのことだったので私が補いながらその作戦でいこうと思っていたら、まさかの彼女と班を分けられてしまった。

 

 ヒース様やランドルフ様と同じ班になりたいという女子学生も大勢いたのに、ユーゼフ殿下が「ルミエールも仲間に入れてやってくれ」と言ったら、皆が尻込みをして辞退者が続出。

 残る清掃場所は二つで、班が決まっていないのは私とシンシア様、そして、ヒース様とランドルフ様だけだった。

 「だったら、一年生同士でいいじゃないですか!」と言ってみたが、「僕がヒースと二人きりは嫌だから!」とキリっとしたお顔で伯爵家のご令息から言われてしまったら平民の私は黙るしかない。

 ちなみに、なぜ私とは嫌なのか勇気を出して聞いてみたら「あとで、ユーゼフに絡まれて面倒だから」とのこと。

 さすが、王子様はやるべき時はやるなと感心していたけど、即撤回!!

 シンシア様と過ごすはずだった、私の楽しい時間を返してほしい。



 ◇



 集合場所から担当区域が近い者は、基本的に徒歩で移動する。

 本来、貴族はめったに歩くことはないのだが、今日はユーゼフ殿下が徒歩で移動されるので、他の皆もそれにならって歩いているらしい。


 私は、今日も全体の集合場所までは愛車の『キク坊』で来た。

 今はヒース様もいるから歩いてはいるが、「せっかくですから、二人乗りをしてみませんか?」と誘ったら、隣にいる彼はどんな反応をするのだろうか。

 ランドルフ様と違い「俺は、そんなものには乗らん!」と言われそうだと想像しつつ、ついつい好奇心がまさってしまった。


「あの、ヒ───」


「君は、シンシア嬢と本当に仲が良いな」


「あっ……はい、そうですね。仲良くさせていただいております」


 シンシア様は、家族以外では私の秘密を知る数少ない人物だから、親友と言っても過言ではない。


「将来は、彼女との結婚を考えているのか?」


「えっ、シンシア様とですか? いいえ、それは絶対にありません! そもそも、できませんし……」


(だって、女同士だからね)


 ちなみに、この国では同性婚は認められていない。


「それは、身分差のことを言っているのか? だったら、一度……」


 何かを言いかけて、ヒース様は口をつぐむ。

 少し逡巡したあと、再び口を開いた。


「……一度、シンシア嬢へ魔力を流してみろ。もしかしたら、良い結果が出るかもしれないからな」


「良い結果、ですか?」


「以前、魔力の流れを教えるために、俺が自分の魔力を流したことがあっただろう? あのことだ」


 ヒース様いわく、私が感じた『心地良い』という感覚は、その相手と『魔力の相性が良い』という証明なのだとか。

 そしてそれが異性だった場合、生涯に出会えるかどうかわからない『運命の人』だというのだ。


「その相性が良いと、より良い魔力を持つ子を授かると言われている。貴族は何よりも魔力を重視しているから、相性が良ければ身分差を気にせずに結婚ができる」


 だから、諦めるのはまだ早いぞ────そう言って、ヒース様は話を終えた。


「………」


 身分に関係なく他人へ気遣いのできるヒース様だからこそ、私のためにこの話をしてくれたのだと思う。

 平民であるルミエールが、子爵家令嬢のシンシア様と結婚できる可能性があると教えるために。


 ───わかっている、わかっているのだ


 でも、本当は女の私がこの話を聞かされて、どう反応すればいいのかわからない。

 私がヒース様の『運命の人』だなんて、本当なんだろうか。

 もし私が女だとバレてしまったら、どうなってしまうのだろうか。


 前を歩く背の高い彼の背中を、じっと見つめる。


「あの……ヒース様?」


「何だ?」


「もしもですよ……僕が女性だったら、ヒース様はどうしていましたか?」


 驚いたように後ろを振り返ったヒース様だが、次の瞬間フフッと鼻で笑った。


「仮定の話に答える気はないが、敢えて言うなら、君の魔力の相性の良い相手がユーゼフだった場合──」


「……はい」


「数日後には、君はユーゼフの婚約者になっているな」


「はあっ!? だって僕は平民ですよ! ユーゼフ殿下は第二王子様ですよ!!」


 予想以上の答えに、驚きを超え、もはや恐怖さえ感じる。


(貴族って、怖い!)


「理解したか? それくらい魔力は重要視されるということを覚えておけ」


 ヒース様は最後にそう告げると、スタスタと歩いて行ってしまう。

 あとに残された私は、持っていきようのない気持ちに呆然と立ちすくむしかなかった。


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