ペンギン的思考

palomino4th

ペンギン的思考

プラットフォームには電車を待つ人々がちらほらと立っていた。

賑わう駅ではないけれど、幾つかの路線が繋がった乗り換え駅ではあるので常に人が絶えない。

私はスマホを覗き込み、一つ列車を逃したため、次に自分の乗るべき列車の来る時間までまだ十分余裕のある……時間が有り余っているのを確認した。

差し迫った用事はないことだし、到着を待つホームで手持ちの本でも読んでいるか、と思いながら連絡通路に向かうことにした。

地下をくぐる通路への入り口に入る前、ホームに一際ひときわ目を引く人物がいた。

日本人利用客の中で一つ抜けて背が高い、外国人旅行者らしき青年だった。

ラフな服装にバックパックを背負って、細かい人種は分からないが、欧州人……イタリア辺りの人間に思えた。

周囲を見ながら、どうしたらよいのか分からなくなって途方に暮れている様子だ……。

他に注意を払ってる人間はないようで、しばらくして私はお節介を焼くことにした。

「May I help you ?」

ひとまずつたないながらも英語で話しかけてみた。

彼はパッと表情を明るくして英語で答えた。

「××××まで行く列車に乗りたい、どこから乗れるのでしょうか」

優しい声だった。

英語ネイティブではないのか、丁寧な喋り方でリスニングの弱い私にも聞き取りやすく、それで助かった。

それなら、〇〇線の入る——番ホームですよ、と手振りを交えそのホームを指差して教え、スマホで時刻表を開き列車の発車時刻も確認し伝えた。

「ありがとうございます、とても助かりました」ニコニコしながら言うと、彼はもう一つ訊いてきた。「あそこの……スタンドは食事の出来るところでしょうか。何が食べられるのですか」

線路を挟んだホームの中央にある立ち食い蕎麦そばのことだった。

「あーと、ヌードル。えーと、「蕎麦」……「Buckweat」」

理解してくれたのか、はあというように頷いて見ていた。

空腹なのかと思い、こちらもせっかくだから一緒にどうですか、と聴くと嬉しそうに笑った。


地下通路を潜って目当てのホームに行き、立ち食い蕎麦のスタンドに来た。

券売機を前にして、食券を購入し中で受け取るシステムと、簡単にメニューの説明もざっとした。

バリエーションをいくつか説明すると、彼はかき揚げに興味を持ったようなのでその食券を選び、いなり寿司もあったのでそれも勧めることにした。

私の方も自分用に食券……山菜蕎麦といなり寿司を選んで店内に入った。

二人並んで陣取ったカウンターの上に食券を乗せると、店員の女性によって手早くそれぞれの蕎麦が用意され、すぐに出された。

青年はその速さに目を大きくして感心していた。

「これが箸。こう、両手で持って切れ目を開いて二つに割ります……」割り箸の説明をすると、彼は頷いてすぐに割って手に持った。

蕎麦は初めてらしく、口に合うかどうか少しだけ気になったが、一口食べると満足そうな表情をして「とても美味しい」と言った。

やや弱いながらも、持てる英語力を動員して、七味唐辛子といなり寿司についての説明もしてみた。

特に油揚げを狐が好むという俗信から、甘辛く似た油揚げを用いたものを「きつねうどん」、狐からの連想で油揚げの中に寿司飯を詰めたものを「いなり寿司」と呼ぶというのを、彼は興味深く聞いていた。

「だからこれらのヌードルにはキツネもタヌキも入ってないんですよ。ベジタリアンでも安心ですね」と言うと、青年は面白そうに笑った。


食事を終えて店を出るとまだしばらく時間があった。

念のために彼の乗る路線のホームへ移動し、乗り場のベンチで座って世間話をした。

「日本旅行は何かをご覧になるために?」

彼は少し考える仕草をして答えた。

「……調査研究ですね、様々な星の一つとして。そこに住む住民の調査と研究です」

「研究者なんですか。専門は」

「生物学、になると思います。専門は、つまり地球人Earthlingですね」

自分の英語力に問題があるのか、言い回しに理解が追いつかずちょっと首を捻った。

「人類、ですか」

地球人Earthlingですね」彼は念押しした。

地球人Earthling」私もそう口にすると彼は頷いた。

例えば人間が「人類学」を研究しても何の違和感もないように、人間が「地球人Earthling」の研究をすることがあっても別段不思議はない。

しかしこの違和感はどこから来るものか。

「ところで、どちらからいらしたんですか。」

「△△△ですね。多分、まだこちらの方たちには馴染なじみが無いと思います」

耳慣れない発音で聴き取れずはっきりしないが、少なくとも地球上でそんな名前の国は聴いたことがない。

「そうですか。それはどうも……」私は少し考えて続けた。「ようこそ、地球へ。良い旅行になるといいですね」

「アリガトウゴザイマス」彼は日本語で返してきた。

「その……どうですか、日本人……いえ、地球人と接して印象は」

「もちろん一言では言い表せませんが」青年は少し考えてから言った。「そうですね、この星の文献も様々に目を通してみました。とても本質的で興味深い記述もありましたね。地球人が記した動物学の書籍で……ペンギンという鳥がいるようですね。多分、私よりよくご存知でしょうけれど。そのペンギンですが、生息地の他の生物、天敵になるような動物に比べヒトには警戒心を持たずに、却って接近してくる、というような行動が見られるそうですね。これは好奇心なのか、それとも未知のものが外敵か否かを見極めるための行動なのか、ペンギンに聴いてみないと断定は出来ませんが、その本での記述にこんな付け加えがありました。つまり、「ヒトを知らないペンギンは初めて見る人間を「大きな別の種類のペンギン」だと思い込んでいるのでは」という仮説ですね」

聴いて少しくすりと笑ってしまった。

彼は微笑を浮かべたまま続けた。

「本来は異なる由来の生物を、彼らの認識の中で自分たちの種の延長にある、一つのバリエーションとして見なす錯覚、これが地球人に見られる特徴そのものであること。地球人の筆者が、別の動物を通してですが、自覚なく自分たちの本質を的確に言い当てていて、とても感心しました。我々の姿を見て、「同じ地球人だろう」と思い込んで警戒の度合いを緩めている、コミュニケーションのやり取りも繋がってると思い込んでいる、まさしく地球人は表情の変化や仕草を見て相手の思い考えていることを推量しますが、こういう表情を浮かべているだけで「笑っているのだ」と錯覚している、まさしく地球人の特徴だと思うのですよ」

笑顔で言う彼の言葉を聴いて、私の英語力の自信が更に薄れてきた。

私は何かを聞き違えているのか、それとも彼が英語を話す段階でニュアンスを伝え間違えているのではないか、宙ぶらりんのまま何とも奇妙な心地になった。

ホームに列車が到着するアナウンスが響いた。

「……この列車ですよ、××××駅がありますので、そこで降りれば目的地に着けます」

「ドウモアリガトウゴザイマス」

「では良い旅を」私は立ち上がり、笑いかけつつ笑顔のままの彼に手を振って離れた。

私は列車がホームに入る音を背にし、地下通路に降りて私の目的のホームに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ペンギン的思考 palomino4th @palomino4th

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説