第3話興奮

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現実はとても眩い光を放ち

俺達のことをみつけるんだ

どんな小さな罪もかくせないように


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 先輩に話したせいか、先輩が俺のことを分かってくれていると勝手に思い込んだせいか、俺は少し落ち着きを取り戻せていた。俺に告白した奴もそのとりまき達も、俺に謝ってくれて、クラスでのぎこちなさも気にならなくなっていった。

でもね、『キスさせて』と言った時の奴の眼、あのねっとりとした視線は、いつまでも俺の脳の一部みたいに絡み付いていたよ。


 あれからオオツ先輩とはいたって普通だったな、いや、普通だったのは先輩だけだったのかもだけど。

だって、俺はあの時の先輩に抱き締められた時の、腕を締めつけられた感触が忘れられなかったからね。でも、だからといって、あのクラスメイトのように先輩に何かを求めるなんてことは、考えたことはないよ。そんなこと、考えられないことだ。ありえないことだから。


そう、信じていたのに……な


 なぜ彼と二人きりになったのか理由が思い出せない。でも、ある時二人きりで会っていたんだ。

演劇部の部室、3年生専用の三人掛けのソファの中央に先輩は腰を下ろしていた、前かがみで膝の上に肘をのせて両手を組んでいる。と、その前にソファへ向かって列になって並ぶ教室にあるような三つの机。机の手前に椅子はあるけれど、俺は立っていたよ、当然のように。

どことなく無口で怒ってるようにも見えた先輩は、息を止めているみたいな声で話しだす。

「前に話したの嘘だったの?」

先輩らしくない、唐突すぎる質問だ。

声が異常に冷たく聞こえるのは、俺の顔も見ずに抑揚なく話すからだろう。なんのことかさっぱり分からず、黙っている俺。

「親のことだよ。お前が嘘をついてるって、顧問から話があった」

俺はただただ黙って状況を整理するしかなかった。

なにを言ってるんだろう先輩は、なぜ顧問のせいでこんな話をしなきゃならないんだ、ってね。

「同情ひいて休みの理由にしてるんだって。授業もそうやって休んでるから担任からもマークされてるって。両親の記録はしっかりしてる、普通の家庭だって。どうなの? 担任や顧問が嘘をついているのか?」

責めるように聞こえる声、それでも途切れ途切れになっているのは冷静を保とうとしているからだろうな。

先輩は本当に事実が分からないといった風だったけれど、俺がなかなか答えないことが、彼を苛つかせていることは伝わってきた。

「なんのことかわかりません」

俺はなるべく声を抑えて、喉の奥を広げるように答えた、わざとよそよそしく。

「んあ? なんだよその返事」

俺の態度は彼を完全に怒らせたみたいだ。

オオツ先輩は勢いよく立ち上がって、机を避けもせず俺に近づいて来た。綺麗に並んでいた机が騒がしく散った。

「お前な!」

先輩はそう言ったきり少し黙って拳を握っている。

「そう思いたければ、それでイイです」

俺は、抗議でもするみたいに言い放った。

彼はとうとう我慢できなかったみたいだ。俺は肩を指が食い込むほど掴まれ、彼の空いた手は反対の腕を掴んできた。

その時。

痛いはずの肩より、掴まれた腕に眼が離せなくなった。おかしな感覚が次から次から沸いてくる、腹のソコあたりが熱くなってくる。

それは……これは、興奮だ。

俺の左腕だけが別の生き物みたいだ。

忘れられない感覚、これは二度目の……興奮だ。

一気に蘇る情景、そう、あのとき、抱き締められたとき、俺はあのとき、どんな眼で彼のことを見たのだろう。先輩は、俺のことをどんな風に見たのだろう。

彼は俺から眼を逸らし手を緩め、少しだけ下がって何か言った。声のトーンが低すぎて小さすぎて上手く聞き取れない。が、好きという言葉は聞き逃さなかった。

俺はもう何も考えることも答えることもできず、先輩のことを振り切って部室を飛び出した。いつまでも掴まれた腕がズクズクと痛んだ。


 あの頃は俺を生んだ母親がよく突然現れたり、気まぐれに電話をよこしてきた。

俺は正直、彼女のことが恋しくてね。だけど、憎くもあって、だからいつも……いつも彼女には心を乱されていたんだよ。

憎いと思うこともあるのに、弱い俺は彼女と会うことを拒めないでいた、その日にどんなビッグイベントがあったとしてもだ。俺の生活の全てを彼女のために、突然キャンセルしなきゃならないことが多かった。大事な日でも部活を休んだり学校を早退したり、を繰り返していたんだ。

そして、彼女と会えば会う度に俺は、とんでもなく精神状態を悪くした。

彼女と会うことがバレると父親からは暴言でなぶられたからね。普段から帰りが遅いというだけで暴力を受けていた俺。一緒に暮らした記憶のない母親への思慕は、甘ったるく温く、思春期の俺には何よりも崇高で尊い感覚だった。

事情を知らない担任や顧問には、俺がふざけた生活を送っているように、そんな風に見えたのかもしれないが、俺の体の痣には気づいていたはずだ。だが、想像力を欠いた私立校の先生には、見え隠れする痣の正体を、持ち主に問うのは愚問だったのだろうな、結果、家庭への面談要請の手紙を数回渡されだけで状況確認は行われなかった。そもそも誰に手紙を渡せって話だよ、もちろん誰も俺のために学校へ来ることなんてなかったのだから、確認のしようもないこれは実質放置案件。俺は、闇を抱えた問題児だったわけだ。

だからオオツ先輩へ言いつけたのかもな、そう思った。人気者の彼を、俺に近づかせたくなかったのだろうって。

俺はさ、先輩に尋ねられたことが悔しかったんだ。そして、嘘つきだと少しでも疑いをもたれたことには、激しい怒りを感じた。いくら好きな人でもね。

好きな……人……?


俺はグチャグチャになった。


俺は何も言わず先輩の元から去り、その足で顧問のところへ行き話をつけようとした。問い詰めると顧問は少し慌てて言い訳を繰り返し、挙句逆切れ、退部を申し出た俺のことを、なぜか奴はぶった。


なんだこれ


喪失感。

すべてが、剥がれ落ちてしまったような。

それから俺は居場所を失くしてしまった。

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