マホウ・ザ・マギエンス

ぼっとじゃないん

転校

はじめまして、マホウ。

『ここは人間と魔族が共存する世界、アルカディア』

『五十年前の大戦が終わりを迎え、世界は平和へと向かっていた』

『だが終戦を迎えても、種族間の争いは各地で今も続いていた』


『この国は大戦時に一度滅んだ』

『滅んだ国は終戦後、当時の若き女王ドラコニアの手によってわずか十年という早さで復興を遂げた』

『そして、その復興とともにこの学園は創設された』

『この世界の未来を担う魔法使いを生み出すためにと』

『エンシャントアカデミー』

『ここは魔力適性の高いエリート魔法使い達が通う学園』

『世界で唯一魔法を専門に教えている』

『そんなエリート達が集うこの学園で男が一人、立ち尽くしていた』


男は戸惑っていた。

 突然告げられた転校の話。


「あ、そうだ。エル! 来週転校するからね」

「あ、ああ、わかっ…、え!? 来週!?」


 母親から聞かされた突然の報告に男は驚いていた。

 それがつい一週間前のこと。

 旧学期を終え、学園が春休みに突入していたこともあり、学友に別れを告げる間もなく男は転校してきた。

 このエリート魔法使い達が集まる、学園へ。

 だがそれはもういい。男は心のなかでそう呟いた。

 なぜならば……。


「俺、魔法つかえねええええ!!!!」


『この男、エルヴァ・グレンは魔法が全く使えなかったのだ』



 冬が終わり、まだ冷たい春風が吹く早朝のこと。エルヴァは学園へいち早く到着していた。

 鉄格子状の門の前で、エルヴァは学園の名前を初めて知ることになった。


 〝エンシャントアカデミー〟


 その名前はこの世界に住む者にとって、あまりにも有名だった。

 終戦から数年後、世界各地の優秀な魔法使いを種族を問わず集め創設されたのがこのエンシャントアカデミー。

 平和を迎えつつあるこの世界で、魔法を正しく扱うために、という理念の基、今では49年の歴史を迎えた名門校である。

 そして大国の復興と学園の創設。この二つの出来事は全世界においても大々的に報道され、今では歴史の教科書に書かれるほど誰もが知る出来事となっている。

 そんな学園にエルヴァは転校してきてしまったのだ。

 魔法が扱えないにも関わらず。

 そのため驚くのも無理はない。

 あまりのことについ大声をあげてしまったエルヴァは、周囲の注目を不必要に浴びてしまう。

「え……、あの子、魔法使えないとか叫んでなかった……?」

 朝早かったためか、部活動の朝練などで何人かの生徒も登校してきていた。

 そうなれば学園の前で見慣れない生徒が叫んでいれば、誰もが注目するのは必然だった。

 他の生徒から怪訝そうな目でみられ、気づけばみなエルヴァを避けるように歩いていた。

 大声をあげたエルヴァのせいではあるが、いたたまれない気持ちになっていた。

(って、そんなことはどうでもいい! 冗談だろ!?)

 ふと我に返り、自分の置かれている状況に気づき、焦りを感じる。

(なんで来るまでに気が付かなかったんだ俺……)

(それに親父たちもなんで言ってくれなかったんだ……。あ、いや気づいてないだけか……)

 親を恨むエルヴァだったが、身の回りのことで細かく気にしていなかった過去の自分に対しても恨み節が出ていた。

 普通の親子であれば転校の手続きをした段階で気が付いたことかもしれない。

 だがエルヴァの親が、誰もが認めるほどの〝ド天然〟であったことが災いした。

 魔力適性の無い息子がエンシャントアカデミーに転校することを疑問に思わなかったのだ。

 もしかすると学園が魔法使いのための学園だということに気がついていなかったのかもしれない。

 だが、そんな過去のことを悔やんでも仕方ないとエルヴァは気持ちを切り替え、両親へ電話をかけた。今ならまだ間に合うかもしれないという思いを込めて。

 しかしその思いも通じず、両親が電話にでることはなかった。

「どうすんだよ、これ……」

 連絡も取れず、困り果てていたエルヴァだったが、早くに到着していたことでまだ時間には余裕がある。

 流石に家に戻るほど時間に余裕はないが、学園内で関係者にかけあうだけの時間は残っていた。

 とはいえエルヴァにとって、この学園は未開の地。

 かけあうべき人物を探すだけでも一苦労なのは明白だった。

「とりあえず先生? に言えばいいのか?」

「ていうか校舎遠いな!」

 人を探すにもあまりの広さに一人でツッコんでしまうほど、学園は広かった。

 この学園は都市の中心に位置し、その周囲に人間や魔族が住む街が形成されていた。

 学園とはよく言ったもので、学園こそがこの国の象徴とも呼べるほど大きな存在だった。

 おそらくこの門から校舎まで、歩いていっても数十分はかかる。

 門から校舎まで一直線に道が続いているが、無事に一人で校舎までたどり着けるかも不安になるほどの距離だ。

 普通の人ならば周りに声をかけて、教えてもらうこともできただろう。

 だが先ほど大声を上げて注目を浴びたためか、エルヴァは周りの生徒から距離を置かれてしまっていた。

「と、とりあえず歩いてみるか……?」

 宛はないが、この場に留まっていても埒があかないと感じたエルヴァは、意を決し、歩みを進めようとした。

 だが不意に後ろから声をかけられ。その足を止めた。


「この学園で宛もなく歩くのはやめたほうがいいんじゃないか? 転校生」


 振り向くと、声の正体がそこにいた。

 綺麗な赤髪でスラッとした体型の男子生徒だった。

 背は高く、ルックスも良い。

 その見た目は、気がつけば周囲の女子生徒からの視線も自然と集めていた。

 先ほどのエルヴァの奇行がなかったかことのように。

 だがそれよりもエルヴァには気になることがあった。

「え? あんた俺が転校生って――」

 男は、エルヴァの問いを遮るように言葉を切り出した。

「この門はくぐらないで〝飛ぶ〟んだよ」

「は?」

 突拍子もないことを言われ、エルヴァは戸惑っていた。

「いやだから、この門はくぐらないで〝飛ぶ〟んだって、この学園に転校してきたならわかるだろ?」

 男は手を広げ当たり前のようにいった。

「いや、そう言われても……、わからんぞ」

 首を傾げるエルヴァ。

 簡単にそう言っていたが、エルヴァには全く理解ができないでいた。

 少し驚いた表情をした男は更に言葉を続けた。

「なんだ、経験ないのか? まあ、実際にやってみたらわかるか……。ついてきな」

 男は一人で納得し、ついてきなといい、門の前までエルヴァを誘導する。

 言葉の意味を理解できなかったエルヴァだったが、彼の言うことに従うことにした。

 そんな二人を横目に他の生徒たちは門をくぐって遠い校舎へと向かっている。

 突然のことに納得がいかないまま、エルヴァは男の横に立った。

 すると男はエルヴァに手を差し出してきた。

「転校生の男とお手々繋いで通学か……泣けてくるぜ」

 ふざけたこと言われ、エルヴァはまた戸惑っていた。

「おい、俺だって願い下げだ! 大体、手を繋いでどうするんだよ……」

 ことを理解できないエルヴァはそれを拒絶する。

 だがはやくしろと言われ、嫌そうな顔をしていたが埒が明かないと気がつき、仕方なく手を繋ぐ。

 他の生徒が登校する中、初めてあった男二人が門の前で手を繋ぐ姿はとても異様な光景だった。

 恥ずかしさを感じていたエルヴァに男は言う。

「まあみていな、多分退屈はしないぜ」

 男はにやりと笑いながら、手の繋いでいない方の手を門の縁に向けた。

 その行動にエルヴァは男の方を見やるが、すぐに周りで魔法が発動する。

 二人を中心に光の円が地面に現れる。

 これから何かが起ころうとする前兆のように、光の円が輝きを増す。

 見慣れない光景に、エルヴァは足元や自分の周りをキョロキョロと見回していた。

 直後、エルヴァは身体を強く上に引っ張られるような力を感じた。

 すると一瞬で景色が変わり、それはまるで高速で移動しているかのようだった。

 身体の引かれる方に視線をやると、先程遠くに見えていた校舎が目の前へと近づく。

 つまり〝飛ぶ〟とは瞬間移動のことだった。

 エルヴァは、それを〝飛ぶ〟ということかと移動をする中で悟っていた。。

 この世界で、普通の人ならば経験していた〝飛ぶ〟ということにエルヴァは今、初めて味わったのだ。

 あの門は学園への移動装置になっていた。

 この世界には未だ魔物なども多く存在する。

 そのため危険な生物から生徒と学園そのものを守るためにも、あのような特殊な門が存在していた。

 普通であれば、門をくぐり、そのまま校舎へと入れればいいのだが、意図しない存在が不正に入ることを防ぐため装置になっていた。

 魔法による移動が終わり、エルヴァ達は校舎の入口まで到着していた。

「おお……、これが魔法か……」

 初めて経験する魔法にエルヴァは驚きが隠せなかった。

 そんなエルヴァの様子に男は不思議そうにしていた。

「な、なんだ転校生、初めてみたいなリアクションだな……」

 そんな言葉にエルヴァは、頭を掻き照れくさそうにしていた。

 気恥ずかしさを隠すように視線をそらすと、先ほど、門を素通りしていた他の生徒たちが目の前を歩いていたことに気がついた。

「ん? あいつらはさっき門をくぐっていたように見えたんだが……?」

 エルヴァは目の前の生徒達に指を示しながら男に問いかけた。

「ああ、あの門の先に見えていた生徒達は全部魔法で作られた偽物なんだよ」

 平然とそう答える。

「知らないやつからしたらまるで歩いて通学しているようにみえるだろ?」

「そうやって、一見すると普通の学園に見えるように細工がされているんだ」

 いまいち理解が追いつかないエルヴァに対し、男は詳しく説明を始めた。

 あの門がこの学園の防犯対策であること。そしてその理由をエルヴァに伝える。

 それはつい最近までこの世界が戦争の真っ只中であったことが影響している。

 この国は戦後にできた新興国ということもあり比較的穏やかな国ではあったが、少し外れまでいけば魔物だけではなく、盗賊やならず者など危険な存在もいる。

 そんな存在から身を守る術をつけることも、この学園の本質だった。

 そのためには、この学園内が危険であってはいけないのだ。

「とまあそんなわけだ」

「なるほど……。ってそんな悠長に話している場合じゃねえ!」

 話を聞き、感心していたエルヴァだったが、問題は何一つ解決されていないことに改めて気づく。

「なんだ、慌ただしいな? 転校生」

 男はまたエルヴァのことを〝転校生〟と呼ぶ。

 焦っていたエルヴァだったがそれに違和感を覚えた。

「いやまあ……って、俺はまだ転校生だなんて言ってないぞ」

 エルヴァは「どうしてわかったんだ?」と問いただす。

「いやぁ、ま、まあなんつーか勘? ほら学園の入り方も知らなかったし」

 確かに周りから見れば初めて学園に来た生徒のように見えただろう。

 しかし転校してきたとはいえ、今日は一年の始まりでもあり、入学式も控えている。

 それだけの情報で転校生と予想するのは無理があった。

 男は明らかにはぐらかした素振りで答えていたが、一刻を争うエルヴァにとっては些細なことだった。

「まあいいよ、そういうことにしておく」

 何かを察してか、触れないでおくといった表情のエルヴァに男は笑顔で応えていた。

「その代わりに」とエルヴァは言葉を切り出した。

「連れてきてもらったところ悪いんだが職員室ってどこにあるんだ?」

 エルヴァは見た目よりも焦っていた。

 そんなエルヴァに男はすぐに答えてくれた。

「それなら……」

 男は電子端末を取り出し学園の地図をエルヴァに見せる。

「ここをこういってここでこうでだな……」

 マップを指でなぞり教える。

「文字にするとわけがわからんな……」

「? 何いってんだよ」

「いや、なんでもない……」

 わけのわからないことをいうエルヴァに男はキョトンとしていた。

 ある程度理解したエルヴァは、これまでのことの礼を言うと、示された地図の場所と実際に自分がいる場所を照らし合わせる。

「玄関を通って……」と言葉にしながら道のりイメージする。

 そんなエルヴァを見ていた男は心配そうにしていた。

「大丈夫なのか、そんなので」

 焦っていたエルヴァは「大丈夫、大丈夫」とまるで自分にも言い聞かせるように応えた。

 とにかく急いでいたエルヴァは改めてお礼をいい、その場をあとにした。

「同じクラスになれたらいいなー!!」

 後ろからそんな声が聞こえたが、エルヴァを振り向くことなく手を振って別れるのだった。

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