第29話 実験とその結果(上)

 「衛星に攻撃能力を持たせるっていうのは、普通にあるわね」


 セフィアは空中に表示された画像をスワイプする。さっと画面が切り替わる。


 「小型の人工衛星を複数組み合わせて、鉄壁のレーザー防御網を作るタイプ。ミサイルをたくさん乗せて、とにかく迎撃するタイプ。あと変わり種としては、主星のどこかに強力なビーム砲を設置しておいて、反射フィールドを載せた衛星でビームを曲げて敵を攻撃するタイプ」

 「ふむ」

 「ただ、どれも地球防衛には使えないわ」

 「なんで?」


 ぱっ、とモニターが消えた。


 「センサー程度ならともかく、人工衛星の設置なんて条約違反だもの。地球に攻撃兵器を置くこともね。認められているのは艦隊による迎撃行動と、それに付帯する物資の設置だけ」

 「色々決まりがあるんだね」

 「そうなの。色々と面倒な中頑張ってるんだから、もっと褒めて褒めて」


 僕は黙ってセフィアの頭を撫でてやる。ここが教室だということを、たぶん彼女は全く問題にしていないだろう。


 「結局のところ、常にこちらが性能的優位にいるから勝っているわけでね。新兵器に新素材の開発は、とても重要なわけ。もっと撫でて」

 「それと、優秀な指揮官もだろ?」

 「んふふ、判って来たじゃないのレイジ。艦隊を生かすも殺すも、指揮官次第」


 最近、やたらとセフィアが人前でベタベタしてくる。僕は多少の違和感を覚えてはいるけれど、原因が判らないのでは何もできない。



 「それはどうかしら」



 はっ、と顔を上げる。周囲がざわつく。


 そこには、もう一人のセフィアがいた。腕を組み、自信に溢れた眼差しで辺りを見回すと、僕の隣にいるセフィアに向けてふふん、と嗤った。


 顔だけ見れば、まるで鏡のようだ。宇宙連合軍の軍服をぴっちりと着込み、不敵に笑う。僕の記憶の中のセフィアがそんな顔をしたことは、ない。


 「軍と言う組織にとって、本当に大事なものって何かしらね?」


 軍にとって、その構成員である兵士の生命は、とても大事だ。


 だからその損耗を押さえるための新装備研究は常に進めているし、政治から戦闘を回避する努力もされている。だけどやはり軍隊である以上は、戦うことを前提として考える必要がある。


 危険な場所を機械に任せて人員の命を守る。自律稼働可能な兵器、人工知能による制御、そして遠隔操作。テクノロジーで人命の代わりを務めさせようと言う発想。


 「つまりあなたは」

 「そう、私はあなたの遺伝子情報から作られたクローン。より戦闘向きに構成される予定の艦隊を指揮するために作られた、生体部品」

 「オリジナルが存在している場合、クローンは稼働を禁止されていると思ったけど」

 「私は特例で承認されているの。政府の要請で」


 見れば見るほどそっくりだ……って、当たり前か。ただ笑顔であったなら、見分けることはたぶん無理だろう。


 「ふーん……なら人格は代替AIによる合成で、記憶データの充当はなしと」

 「そう。あくまでこの遺伝子パターンによる炭素素体カーボンユニットの性能試験というわけ。人格と知識は、連合軍高等士官の必要最低ラインに設定されているわ」


 ふっふっふっ、と左右のセフィアがそれぞれ相手に対抗心を燃やしている。


 「禁忌スレスレまで接近しての実験とは、穏やかじゃないわね?」

 「実験の背景までは私の関知するところではないわ。ただ、政府はこの実験にとてもご執心でね。後手に回るわけにはいかないらしくて。そして私にも、新世代人工知能による合成人格としてのプライドがある」


 後手、という言葉が何を指すのか。僕に判ろうはずもない。


 「で、勝負の方法は?」

 「シミュレーターでの一騎打ち。駒はβのデータを使う」

 「今から?」

 「今から。と言いたいところだけど、こちらにも色々とスケジュールがあってね。明日でお願いするわ」

 「スケジュール?」


 そのセフィアはふっと笑って、髪を掻き上げた。


 「政府から色々と、今回の計画についてオプションの提案と指示があるの。それもある程度はやっておかないといけなくてね」

 「ふうん?つまり宿題持ちか。いいわよ、最強βの意味を教えてあげる」

 「ふふふ、だといいわね?どこの星系の迎撃艦隊も、私の敵じゃなかったから」

 「なんですって?」


 笑みが、闇を帯びる。


 「貴女でテストは最後なの。迎撃艦隊、ここまで総舐めにさせてもらったわ」





 勉強中につき声掛け禁止、と張り紙をしてセフィアは自室に引っ込んでしまった。

 晩御飯は食べるだろうと思って用意はしたのだけれど、いくら呼んでも出てこない。今夜はハヤシライスなので、鍋は冷蔵庫に入れておこう。


 僕は一人、夜のリビングでソファに座って腕を組む。僕の知る限り、連合軍内での再生復活には、遺伝情報からの肉体再生と、事前にコピーしておいた精神データの転写と言う二つの手順が必要だ。


 オリジナルの人格が稼働している場合、クローニングされた肉体への精神転写は禁止されていると聞いた。つまり、あのセフィアの中身は彼女の精神コピーではなく、肉体を一時的に制御するための仮想人格なんだろう。


 遺伝情報からのクローニングや人体再生は、何もキツネ座人の専売特許というわけではない。遺伝子が二重螺旋のかたちを取る限り、文明の進歩によってそれは解読されて利用される。



 キツネ座人独自のテクノロジー、それは『人格の電子化』である。



 彼らは自らの精神構造を電気のパターンとして記録すること、そしてそれを保存し必要な場合に書き戻すことに成功した。俗にいう『狐憑き』を科学的に再現したというそれは、しかし彼らの保守的な思想により秘匿され、運用は限定的とされた。


 同一人物が同時に複数存在することを許さない、というルール。


 だから、あの偽セフィア……ニセフィアとでも言うべきか?彼女の器は完全にセフィアそのものだけれど、中身の人格と記憶は違う。AIによる合成人格と、軍人としての基礎知識に基づく仮想記憶がその正体らしい。


 しかしだとして、クローンがこれまでの各迎撃艦隊司令官に対して、シミュレータとは言え全勝というのは、いったいどういうことだろう?


 セフィアの、指揮官としての経験や知識を持たないクローンセフィアが果たして、これまでそれなりに実戦を経験しているはずの、よその迎撃艦隊司令官を打ち破れるものなんだろうか?


 考えれば考えるほどに判らない。僕はひとつ、ため息をついた。


 ひゅん。



 転移音がして、人影が現れた。あのクローン、もう一人のセフィア。



 「こんばんは」

 「……やあ」

 「あら、警戒しているの?」

 「そりゃあね」


 僕が警戒した所で何があるわけでもないと判っている彼女は、少し離れてソファに腰掛けた。


 「怖がらなくてもいいのよ。この体、あなたの婚約者のものと寸分違わない」

 「中身が違えば別人だよ。僕らは体に恋をするわけじゃない」


 指輪のエネルギーチャージは済んでいる。防御シールドはいつでも展開可能だ。


 「そんなもの?ヒトはまず視覚情報から入るはずなんでけどな。だから写真や動画などでの性的なサービスが成り立つ、と思うんだけど」

 「性衝動と愛情ってのは、似てるけど違うと思うぞ。エロ本に愛情を持つってのはたぶん、違う」

 「だけど私は肉体を持っている。疑似だけど人格も備えている」


 ふふん、とクローンは嗤う。セフィアがしない表情。僕は見下されている。この顔で、この声でなら御せると見くびられている。


 「あの娘がしてくれないようなことを、してあげましょうか?」

 「余計なお世話だ。僕は僕の意思で手を出していないだけだ」

 「ふふん、冗談よ。本気にしちゃった?」


 クローンはやはりクローンだ。僕の知るあの子と同じ顔で、僕の知るあの子と全く違うかおをする。


 「それにしても、この素体ユニットの演算能力は素晴らしいわ。炭素素体カーボンユニットの個体差なんて誤差程度かと思っていたけれど、そうでもないのね?おかげでいいデータが取れている」

 「炭素素体カーボンユニット?」

 「遺伝情報から構築された肉体のことよ。人類に遺伝情報の揺らぎが必要な理由っていうのは、きっとこういうことなのね」

 「データを取って、どうしようというんだ」

 「最適化よ」


 歌うようにクローンは言う。


 「人には向き不向きがある、当然のことだわ。だから効率の良い軍隊を作るためにデータを取っているのよ。司令官に向いた素体ユニット、計算に向いた素体ユニット、命令を受けることに向いた素体ユニット。そうやって選別したクローンで構成された艦隊を作るための第一歩、それが私」


 歪んでいる、と僕は直感する。最後の外交手段である戦い、全力で避けるべきではあるが、突入したら全力で勝たなければならない戦い。そこでは意見と立場の代弁として砲弾が飛び交い、命が消費される。


 それが忌むべきことだから、避けるべきだからこそ、守らなければならない節度と尊厳があるんじゃないだろうか。そして、クローン兵士の投入は、命に対する冒涜でしかないと僕は思ったのだ。



 そしてもう一つ。こいつは何故、僕にそんな話を聞かせるのだ?



 「成る程ね。で、君はここに、何をしに来たんだい?」


 彼女は薄く笑った。


 「私の最後の標的、セフィアリシス大佐が最も大事にしているという相手の地球人。その顔を一度見ておきたくてね?例えばあなたがここで消滅した場合、あの人の能力がどの程度落ちるかのデータも欲しいわ」


 クローンの目が妖しく光った。僕は右手の親指で、そっと指輪に触れる。耐衝撃フィールドの展開方法はマスターしている。じり、と空気が焦れる。



 「させませんよ」



 ソファの向こうから冷たい声がした。誰もいないと思っていた所に、誰かいる。


 「このエリアは警護対象外となっていたけれど……まさか軍人が非公式に動いているとはね?」

 「これは小官独自の判断ですから」

 「ふふふ、給料も出ないのによくやるわ」

 「これが迎撃艦隊βです」


 声の主を僕は知っている。その姿は何回かしか見たことはないけれど。光学迷彩で身を隠し、セフィアを護衛しているチームの隊長。


 「成る程。襲撃計画は失敗というわけか」

 「連合軍の一員が、護衛対象惑星の住民を傷つけようという発言。これは看過できません」

 「残念ながら全て政府から許可が出ている。嘘だと思ったら報告してご覧?」

 「……音声データ含め報告されて頂きます」

 「ふ、まあいいわ。非効率なオリジナル偏重の時代は終わる。これからは我々クローンとAIが戦場の鍵となるのよ」

 「どうだろうね」


 僕の声は少し掠れていた。


 「ん?貴方に何か判るとでも?」

 「リップル中尉がどうしてここにいるのかを理解できないなら、きっと君に勝ち目はない」

 「背のきみ……」


 ちっ、と舌打ちをする彼女。薄明りの中の顔はセフィアそのもので、でもセフィアではない。


 「まあいい、すぐに結果は出るでしょう。お互いが信じる未来に辿り着けるよう、祈りましょうか」



 ひゅん。クローンが転移で消えた。次いで、するっ、と音がして、リップル中尉が光学迷彩を解く。



 「申し訳ありません、大佐の背の君、あやつの侵入を防げませんでした」

 「だって、あれでも味方扱いなんだろ?仕方ないよ」

 「それはそうですが……それと」

 「ん?」

 「しっ、小官などの名前を憶えていて下さって、ありがとうございます」


 リップル中尉が赤面して下を向くので、僕は慌てて周囲を見回す。こんなところを見られていたら大変だ。だけど、キッチンにも階段の方にも、人の気配はない。


 「小官は報告のために一度帰還します」

 「あ、ああ、よろしくね」


 敬礼をして転移するリップル中尉を見送ってから、僕はキッチンに行っておにぎりを三つ作った。梅干し、昆布、おかかと中身も全部変えた。普通ならここで沢庵の数切れも添えるところだけど、セフィアはあまりお漬物を好まないので省略した。


 おにぎりを乗せた皿には軽くラップをかける。


 照明を全て消してから二階に上がり、セフィアの部屋のドアを軽くノックする。当然のよう反応はないので、ドアの前におにぎりを置き、僕は自室に戻った。



 クローンとAIの時代、か。






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