転校生は幼なじみでフィアンセで、義理の妹で宇宙人な艦隊司令官!?

小日向葵

第一章 迎撃艦隊β、登場

第1話 あおい星にて

 僕の名はレイジ。地球は狙われている。



 「おっし、お前ら席につけー」


 担任の木下女史が、いつも通りにシャキシャキ教室に入り出席簿で教卓をぺしぺし叩くので、教室内にいる生徒たちは慌てて自席に戻る。


 木下女史はさっぱりとした姉御肌で、生徒からも教職員からも人気のある教師だ。その統率力で、有象無象へんなやつら跳梁跋扈うろうろする私立櫻井学園高等部二年C組を見事に手なづけている。


 「じゃあ出席取るぞー。休んでる者がいたら、手を上げろ」


 これは毎朝女史が言うギャグだ。休んでたら手を上げられないだろ、というツッコミが欲しいらしいが、あえて誰も言わない。


 「よし、全員出席だな」


 口ではそう言いつつも、盗み見た出席簿にはきちんと出欠が記録されていたとクラス委員が言っていたので、そのへんは誰もがもうスルーしている。



 「それじゃ、今日はみんなに新しいお友達を紹介するぞ」



 えっ転校生かよ、マジかよ、イケメンかな美少女かな、とクラス中の視線が教室の前側入口に集中する。


 もじもじしながら入って来たのは、超絶美少女だった。


 ……だったんだけどなんか変だ。


 頭の上に三角形の耳がふたつある。あれはネコ耳?キツネ耳?その髪の毛は輝く銀色で、大きな瞳は茶色。


 日本人ではない。というか、あんな耳をした地球人類は存在しない。


 その子はチョークを手に取ると、何やら幾何学図形みたいなものを黒板にかりかりと書き始めた。黒板の左上から右端まで行って折り返し、二段目の真ん中までを書き終えてから、その子はようやくクラスメイトたちの方に向き直って、にっこりと輝く笑顔を作った。



 「キツネ座S17番太陽系4番惑星から来ました、セフィアリシス・メルテリアラウス・コムスククレス・マハリマ・デ・長戸です。みなさんどうぞよろしく」



 名前長い!キツネ座ってどこ!?たぶんクラス中の意識はその瞬間重なったと思う。というか、長戸って?僕の苗字と同じ言葉が入っていることに違和感を覚える。


 「あー、セフィアリシスさんはうちのクラスの長戸零士の、幼なじみでフィアンセで、義理の妹さんだそうだぞ。みんな仲良くしてあげなさいねっ」


 「違います」


 僕は手を挙げて、【ねっ】と語尾を可愛らしく言った担任教師に抗議した。


 「やっほーレイジ、来たよー!」

 「誰だお前は、僕はお前なんか知らない」

 「んもーレイジったら。恥ずかしがらなくてもいいじゃない」

 「先生なんですかこれは。説明を要求します」

 「なんだお前ら仲良しだな、良かった良かった」


 説明を求める僕を完全に無視して、話が進んでいく。なんだこれは……クラスメイト達の視線が痛い。なんなんだこれドッキリか?誰か説明してくれよっ!


 「名前は長いので、セフィアって呼んでくださいね」

 「おーし、じゃあセフィアさんの席は長戸の隣な」

 「いや、そこ五十嵐の席でしょ」


 僕の右隣の席には、始業式から五月中旬の今に至るまでずっと、文芸少女の五十嵐まゆみが座っている。


 って、五十嵐の奴、荷物まとめて一番後ろの空き席にトンズラを始めている。おいこら、変に空気読むな!


 「あー、んー、まあなんだ。みんな協力的で先生嬉しいぞ。それから長戸」

 「はい」

 「はい」


 隣の席にちゃっかり座った謎の宇宙人まで返事してるぞ、おい。


 「うん。二人とも、この後校長室まで来なさい」





 普通、高校生の独り暮らしなんてほぼありえない。それが学校の寮でなく、ワンルームマンションだったりすればなおさらだ。


 一軒家だったりマンションだったりアパートだったりの差はあるだろうけれど、基本的には家族と同居しているのが大多数のはずだ。まあもちろん、事情があってマンションで一人生活している高校生もいるとは思うが、少数派だと思ってくれ。


 幼なじみとの甘酸っぱいイベントも、転校生とのドラマチックな出会いも、部活のセンパイとのときめく時間も、まあだいたいフィクションだろう。そういうのは、需要に対して供給が圧倒的に少ないから支持されるんだ。いいなーうらやましいなーオレにもそんなことないかなー。


 多少非現実的なストーリーであっても、その非現実性がハマらせてくれることもよくある話で、宇宙人やら妖怪やらの押しかけ彼女とか親の再婚で血の繋がらない姉や妹が突然できるとか、マンガもアニメも小説もそんな話で溢れてる。あーゴメン、女子向けはどんなのかよく知らないので割愛する。


 とにかくまあ、そういう話が世界にはあふれている。誰もが望んでいる。誰もって言い切っていいのかちょっと不安になるけれど、まあ大多数はそう思ってることに決めた。今決めた。反論は受け付けるけれどたぶん放置する。


 だけどまあそれは【ありえないことだ】と判っているからで、実際に自分の身に降りかかってきたらどう思うだろうか。


 どう思います?





 校長室のソファに座るなんて経験、したことある?少なくとも僕はなかった。そもそも校長室なんかに用がないので入ったことだってなかった。


 正面に立派な机、壁には歴代校長の額縁入り写真がずらり。ガラスのケースにはスポーツ大会の盾が並び、そして黒い革製のソファには校長ともう一人、どこかで見た老人が座っていた。


 「ああ来たか、座りなさい」


 校長が中腰になって、僕とセフィアと名乗る女にソファへ座るよう促す。こいつはさっきから僕のシャツを掴んでいる。馴れ馴れしい、なんだこれは。


 僕と女は促されるままにソファへ座る。座面がやたら低くて座り心地が悪い。僕は部屋の奥側に、セフィアはその右側に座った。


 「さて、とりあえず説明が必要だな」


 校長がやれやれといった風に口を開いた。隣の老人はただニコニコしている。やっぱりどこかで見た気がする顔だ。


 「ざっくり言うと、地球は今大ピンチだ」



 は?



 なんていうか、アニメや漫画にはよく出てくるセリフなんだけれども、これが六十過ぎた教育関係者の口から出てくるとなると、またひとつ違った味わいが出てくる。


 僕が唖然としているので、校長はひとつ咳払いをする。


 「つまりだな、異星からの侵略を受けつつある、ということだ」


 僕は目線を隣に座る女、セフィアに移す。


 「あ、いや彼女ではない」


 僕の視線がセフィアに向いたことを敏感に察知した校長は。慌ててそう言った。


 「これはまだ、公表はされていないんだがね」


 ニコニコしていた老人が、その笑顔のまま重い声で言う。


 「世界各国の戦力が、宇宙からの侵略者によってかなりの被害を受けた」

 「えっ?だってテレビじゃ紛争のニュースも」

 「無論全滅はしていない。軍隊だけではない、私設の武装勢力からテロ組織に至るまで、等しく攻撃を受けた。だから紛争にしろテロにしろ、規模は小さくなった。だがまだ戦いを続けている場所もある。相手もやられたならチャンスと見たんだろうね、実に愚かな事だ」


 ああ、これが俗にいう【目が笑ってない】って奴なんだなと僕は思う。そしてこの老人が、与党政治家で裏ボスみたいな扱いを受けてる人間だということに、ようやく気付いた。


 「宇宙人の要求は単純でね。地球には自分たちが住むから出ていけ、って言うんだ。でもそんなことできるわけがない。宇宙ステーションだってまだ実験段階なんだしね」


 それはそうだ、フィクションじゃあるまいし。スペースコロニーも移住用の巨大宇宙船も、実用化の目途どころかずっと想像上の建造物だ。


 「とまあそこにだね、この地球人類に手を貸してもいいよっ、味方をするよっていうメッセージが届いた」


 なんだか展開が読めて来た気がするぞ。でもここは一応黙っておくか。


 「つまりなんだね、要求を飲みさえすれば、侵略者を追い払ってやろうと。まあそういうね、取引の申し入れだったわけなんだ」


 僕はゆっくり隣のセフィアに顔を向けた。わざとらしく「きゃっ」とか照れている。銀髪が揺れる。


 「どうして」

 「どうして君なのか。それはまあ、追々彼女から聞くといい。ただ君がこの状況を受け入れてくれないと、地球が。世界が。日本が。君のご両親が。困っちゃうんだよね」



 あ、圧力がひどい。



 「もちろんここにいる校長先生だって困るし、君の担任の先生だって困る。君だって、地球を出ていけ!なんて言われたら困るだろう?」


 外堀を埋められたどころか、今僕がいるのはどう考えても俎板まないたの上じゃあないか。


 「まあそういうことなんだね。急な話で済まないけれど、よく考えてくれないかな?それと申し訳ないんだが、私は他に用事もあるのでね。このへんで失礼させて貰うよ」


 老人はそれだけ言うと校長室を出て行った。なんか偉い人らしいから他にも仕事があるんだろうな、言いたいことだけ言って行った。




 「まあそういうことよ」


 セフィアが口を開いた。可愛らしい声だけれど、今はそれを楽しんでいる余裕なんてない。


 「レイジがあたしを受け止めてくれるんなら、地球のみんなも守っちゃうぞ」

 「えっとね、色々と説明が足りてないと思うんだ」

 「うんうん判るよー、突然すぎるもんね」


 彼女はもうニッコニコしてぼくの右腕にくっついてくる。なんだかいい匂いがする。こんなに女子に接近されるのはほぼ初めてに近いので、なんだかドキドキしてくる。


 落ち着け僕、こいつは正体も目的も定かじゃない宇宙人なんだぞ。


 「とりあえず一つづつ説明してもらってもいいかな」

 「うんうん、レイジのお願いなら、なんでも聞いちゃうぞ」

 「まず、なんでそんなに距離が近いの!?」


 声が少し大きくなってしまったけれど、いつの間にかセフィアは腕だけでなく僕にべったりとくっつく恰好になっていた。まるで親密なカップルみたいじゃないか。


 「それはホラ、お兄ちゃん大好きな妹として当然?て感じ」

 「どこでそんな知識仕入れてんだ」

 「主に本屋さんとネットかな?この地球の創作って面白いよねー」


 なんということでしょう。どんな形でも地球の文化が宇宙で評価されるってのは嬉しい事なのかも知れないけれど、なんか微妙に誤解されてないか?なんだか海外製のへんてこ和風ファンタジー的な解釈をされてる気がするぞ。


 「で、何がどうしてこうなったのかを詳しく聞きたい」

 「いいよー。まずね」


 話があちこちに脱線するので要約すると、ここで言う侵略者であるダグラモナス星雲人は宇宙をあちこち侵略して回っている凶悪な連中で、失った母星の代わりとなりそうな惑星を探して放浪しているらしい。


 だが侵略した星の資源をあっと言う間に使い果たすと、また次の惑星を探して放浪するという非常に迷惑な侵略者なのだそうだ。


 セフィアが所属している宇宙連合政府では、持ち回りで連中の侵略を妨害していて、今回セフィアの星がその当番なのだという。


 「それで、なんで長ったらしい変な設定で転校してくる必要があるんだ」

 「この地球の文献を調べてね。転校生は属性モリモリで来るのがオーソドックスらしいというのが、連合政府の中央大コンピュータの分析結果だったから」


 いったい何を分析したんだ、こいつらの政府は。


 「で、なんで僕なんだ」

 「えっとね、迎撃艦隊の司令官は、防衛対象惑星の政府に対して好きな要求を出してもいいことになってるの。あんまり無茶じゃなければ、だけど」

 「ほう」

 「でねでね、あたしもお年頃だし、素敵な地球人の彼氏が欲しいなって」


 なんなんだそれ。


 「で、この星にいる適齢期でお相手の確定してない男の子をリストアップしてね、その中から選ばれたのが!じゃじゃーん、レイジ・ナガト、君だったんだよ~」

 「……ちなみに選考基準って?」

 「それはヒミツ!言わせないでよ恥ずかしい!」


 ああ、なんか流されつつある僕。なにこのテンション。なにこの流れ。校長先生ずっと固まってるし。



 「とにかくね、レイジはあたしと結婚前提でお付き合いするの。それが、誰もが幸せになる唯一の選択肢なんだよっ」



 僕の腕にしがみついてめっちゃいい笑顔で【なんだよっ】、とか可愛く言われても、肝心の僕の気持ちとかは完全に置き去りだ!



 とその時、ピピピピッという電子アラームが響いた。


 「状況を」


 急にシリアスな声を出すセフィア。


 「大佐、月軌道上に敵艦隊ワープアウトを確認しました。艦数十五、威力偵察艦隊と推測」


 どこからか女の声がする。敵艦隊って言った!?


 「衛星軌道上の分艦隊は展開可能か」

 「はっ、ゴーゼロで可能です」

 「了解した、旗艦はプレゲヌスとする。これより転移、以降の指示を待て」

 「ラジャ」


 な、なにこれ。とセフィアが僕の腕を掴む。


 「さ、行くよ」

 「えっ、どこに」

 「宇宙」



 次の瞬間、僕は宇宙戦艦のブリッジにいた。



 なんで判るかって?そりゃまあ、今までの人生で色々見て来た映画だのマンガだのアニメだの、そういったものに出てくるそれと……見た目はそんなに似てはいなかったけれど、やってることがそれっぽかったからだ。


 「展開状況を知らせい」

 「分艦隊左翼の展開が5パーセント遅延、それ以外は順調です」

 「敵艦隊の動きは」

 「依然月軌道上から動きなし」


 セフィアはなんか三段ほど高い席に座って、なんかてきぱき指示を出し始めた。そもそもなんで日本語なんだろう……


 「威力偵察なら機動兵器も使ってくるぞ、こちらのアサルトアーマーは準備出来ているか!?」

 「あとゼロゴで準備完了」

 「全艦全速、敵をこれ以上近づけるな!」

 「ラジャ。全艦全速!」


 あちこちからビシバシ小気味いい返事が飛んでいる。アサルトアーマーってなんだろう。機動兵器ってなんだろう。なんとなく予想はできる気がするけれど、現実感がなさ過ぎてもう何がなにやら。


 「およそ五分で敵艦隊が射程圏内に入ります」

 「射程に入り次第ミサイル発射、その後アサルトアーマー隊順次発進!」

 「ラジャ。射程に入り次第ミサイル発射」

 「ミサイル発射確認後にアサルトアーマー隊全機発進します」

 「敵機動兵器展開確認」

 「アサルトアーマー隊と敵機動兵器の交戦確認後、全艦砲撃戦に移る。主砲チャージ忘れるな」

 「各アサルトアーマーに告ぐ。各機敵を攻撃しつつ、主砲の軸線上から退避せよ」


 なんかもうすごいことになってる。なってるけど僕には見ていることしかできない。ただちょっと周囲を見る余裕が出て来た気がするのでとりあえずきょろきょろしてみた。ブリッジクルーは全員狐の耳つきの美女だ……


 「敵艦の発砲を確認。着弾までゼロサン」

 「バリヤー展開、各艦回避運動を取れ」

 「ラジャ、バリヤー展開。回避運動はAIにて自動展開開始」


 ビームが窓の外をびゅんびゅん輝いて飛んで行く。近くに来たやつがビシャーンと派手に炸裂したけれど、あれがバリヤーの効果なのかな。


 「敵機動部隊の残存率二十五パーセント、撤退していきます」

 「アサルトアーマー隊に帰還命令を出せ。艦隊はそのまま砲撃、敵ワープまで叩けるだけ叩け」


 撤退に帰還。あっさり始まってあっさり終わるのは、たぶん威力偵察だからなんだろう。本腰を入れて攻撃してきたわけではないから、敵もさっさと切り上げるんだよねきっと。


 「ラジャ。アサルトアーマー隊は砲撃の射線を回避しつつ帰還して下さい」

 「アサルトアーマー隊を回収しつつ艦隊集結。戦闘区域からの敵艦離脱を確認次第、本艦隊も戦線を離脱する」

 「ラジャ」


 目の前で宇宙戦争が始まって、そして終わった。僕はただ茫然と見ているしかなかった。あれが敵、そしてこれが味方。たぶんこの戦場にいる地球人は、僕一人。




 「えへへ、どうだった?ビックリした?」


 いつの間にかセフィアが僕の横に立っていた。愛らしい笑顔でこっちを見ている。


 「今回は相手も様子見だったろうからすぐ終わったし、被害もあんまり出なかったけど。こうやってね、地球を守るんだよ」


 セフィアは僕の首に両手を回して目を閉じる。


 「ご褒美、欲しいな?」

 「えっ!?」


 僕はドギマギして辺りを見回す。ブリッジクルーの視線が集中している……!


 「いやその、みんな見てる」


 セフィアは目を開けた。そしてさっきまでの、ドスの利いた声で一喝する。



 「モニターから目を離すな!」



 「は、はいっ!」


 ばたばたと慌てるブリッジクルーたち。


 「はい、ご褒美っ」


 変わり身はえー……もうどうにでもなれ。


 でも僕は。僕は、意気地なしなんだっ!


 目を閉じるセフィアのおデコに軽くキスをして、体をかがめて腕の輪から抜け出る。


 「んもう、照れ屋さんっ」



 今朝までは、ただの呑気な普通の高校二年生だったのになぁ。ああ、これから地球と僕の運命はどうなってしまうんだろうか。



 宇宙に輝く星々は、何も言わない……



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