第14話 事件
誰かが近付く気配に目覚める。
……もう朝。というか、寝すぎたかな。建物の中には、もう多くの人が動く気配がある。
ニアの目はまだ覚めないみたい。昨日は疲れたよね、そりゃ。
気配の主は、頭からかぶったニアの毛布をそっとめくり、そのまましばらく、ニアの顔を優しい表情で見ていた。受付のお姉さんだ。
「……ニアちゃん? 起きられる?」
「…………にゅう…………」
ニアは目を覚ますと、顔をくしゅっとしながら、むくりと起き上がった。
その拍子に、ボクはニアの服の中で太ももの間に頭からずり落ちた。
ニアはまだ眠そうな顔でお姉さんの方を見る。
「…………ん」
「朝からごめんなさいね。ちょっと事件が起きちゃって、支部長がニアちゃんの話を聞きたいって」
「…………うゆ、なに?」
「ガフベデの事を聞きたいんだけど……大丈夫かな?」
「……ん、大丈夫。あることないこと話す」
「じゃあ、支度が出来たら受付に来てね」
「あい」
お姉さんが去ると。
「フェイ、そこはダメ」
◇ ◇ ◇
昨日半分残しておいたパンを二人で平らげ、裏庭で顔を洗い、受付へ。
そのまま支部長室に連れて行かれ、ニアだけが残る。
ボクもニアの懐にいるけど。
「おはよう、ニア。よく寝られたか?」
「寝すぎた」
「そうか、よかった。まあ掛けてくれ」
ソファーでまたダンデと対面する。
「さて、聞きたいのはガフベデの屋敷の中のことだ。ニアが逃げ出してきたのは、昨日の話か?」
ニアが頷く。
「ニアの他に違法に買われた奴隷はいたか?」
ふるふる。
ニアが首を振る。
「檻はたくさんあったけど、私だけだった」
「ニアは何日前に買われてきた?」
「……ん、ん、んー……7日?」
指折り数えて、答える。
「…………すまん、辛いことを思い出させたか」
「大丈夫。痛いだけだから、買われる前よりはだいぶマシ」
「…………」
ダンデは悲痛に表情を歪めた。
「実はな。今朝早く、冒険者が3人、殺害されて打ち捨てられてるのが発見された。あいつらは森に入って素材を狩るハンターパーティだった」
んん? もしや、あの3人?
「門番の話では、一昨日街に帰ってきて、何やらレア素材を獲ったと言っていたらしいんだが、組合には持ち込まれていない。裏ルートに流そうとしてトラブった線が濃厚だ」
うん、その通り。
「それならガフベデだろう、ってくらいには奴が怪しいんだ。遺体の持ち物から、獲物の血が付いた捕獲袋が見つかってる。魔力持ちの血だ。奴のところでその獲物が見つかれば、魔力から断定する方法がある。ニア、そこで何か見なかったか?」
「…………」
黙り込むニア。嘘つけないんだなあ。……まあ、このおっちゃんなら大丈夫でしょ。
「そのパーティって、アルとサンと……あとひとりは何て言ったっけ?そいつらのこと?」
ボクは、ニアの胸元から這い出し、肩に乗ってダンデに向き合う。
ダンデは顎が落ちたようにポカンと口を開けて固まっていた。
「ボクはフェイ。泉のフェイじゃないけどね。森でそのハンターに捕まって、豚貴族に売られて、ニアと逃げてきた」
ダンデは固まったままだ。返事がない。ただのしかばねの……
「な…………」
「な?」
「なあああああ!!!???」
・ ・ ・
「は、ははは、そりゃあ激レアどころか伝説級だ……あいつら、なんてバカな事を……」
「豚の部下に3千とか交渉してたら殺されちゃったよ。ボクもグルグル巻きに縛られて、そこにいたけどね」
「妖精が3千ゴルとは安売りされたもんだな。人が死ぬには十分な額だが」
「3千ゴルってどのくらい? お金わかんないや」
「100ブロが1シル、100シルが1ゴルだ。パンひとつが5ブロくらいだな」
パンが50円とすると、1シルが千円、1ゴルが10万円、3千ゴルは……3おくえん? ややや、安い?
「ガフベデはその場にいたのか?」
「……えっ? あ、いや、いなかったよ。何だっけ、部下の……」
「ゲイル?」
「そうそう、そいつだけ。でも実際に手を下したのは、また別の手練れな感じのヤツだった」
「そうか……あいつら……しかし、二人とも逃げてきちまったんじゃ、踏み込んでも決定的証拠が見つかるかどうかわからんな。子供の証言だけじゃ、ヘタすりゃ知らぬ存ぜぬで言い逃れできちまう」
「じゃあ、私がまた捕まってればいい?」
ニアが口を挟む。
「囮か。子供にそんな役目をやらせたくはないが……最悪それしかなければ……あとは殺しの証拠だな」
「そっちはボクが証言すればいい?」
「はは、妖精の証言は魅力的だが、センセーショナル過ぎる」
ダンデが笑って言う。そして真顔になった。
「フェイ、お前は自分が伝説のレア素材だって事を自覚しろ。公の場に出たりなんかしたら、世界中から命を狙われるぞ」
「ええ、そうかな……」
「現にあっさり3人死んでるだろう。そのくらいの存在だ」
「ボクのせい……?」
「ああ、いや、それがフェイのせいって意味じゃないんだ、すまん。それくらいお前の存在は危ういんだ。無駄に姿を見せない方がいい。俺にだって知られない方がよかった」
「でも……ボクもこれ取って欲しくてさ」
首を指差す。
「……妖精サイズの魔封首輪は初めて見たぞ」
ダンデは笑いながら、ボクの首に指を当てた。
「…………うん、行けそうだ…………」
パキンと音をたてて首輪が開いた。
「あ――っ、取れたあああ!やったあああ!」
ボクは、久々に魔力をまとう。光の粒が周りを舞い、服に吸い込まれる。ふわっと光ったかと思うと、ズタズタだったワンピースが元通りのふわふわに戻った。
上から巻き付けていた布切れを脱ぎ捨て、背に半透明の魔力の羽を伸ばし、クルクルと舞うように舞い上がる。二人の頭上に輪を描き、ふわりとまたニアの肩に着地した。
んー、やっぱ飛べるって気持ちいいよなあ。
「フェイ……すごい、ホントに妖精さんなんだ…………」
ニアが感心したように、嬉しそうに言う。
何を今さら……そっか、ニアの前では最初からずっと飛べないでいたもんね。飛べない妖精はやっぱり妖精らしくなかったのか。
「…………はぁーっ、マジもんだこりゃ…………」
ダンデも感極まったように、そんなボクに見惚れていた。
・ ・ ・
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