ボクがお願いしたんス
幸いにして、記歴が営業トークをした人物は全員まだ近くにいた。
一人目は、色白でスラリとしたスタイルの妙齢の女性だ。髪は長く、やや片目にかかった髪はどこかミステリアスな雰囲気を醸し出している。名は黒川美鈴。
二人目は、黒縁眼鏡をかけたおとなしそうな青年。近隣に住んでいるのか、部屋着にも見えるラフなスウェット姿である。名前は塩見霊太というらしい。
あとは彗梨と尾鷲、そして記歴が襲われる瞬間を目撃した女性――火口明那を加えた五人。それがが今日記歴の営業トークを聞いた人物、すなわち容疑者だ。
「では、順番にお話を聞かせてください」
彗梨が言うと、それに待ったをかけるように声を発した人物がいた。
「一応確認しておくけれど、あなたたちに警察の真似事をする権限があるわけではないわよね?」
ミステリアスな雰囲気の女性、黒川だ。
「どうして通報しないのかしら。一般人に容疑者扱いで疑われるというのは、正直なところ気分が悪いのだけど」
「それは……」
反論しようのない正論に、彗梨は思わず言葉に詰まる。
だが、彗梨とて何の事情もなくこんなことをしているわけではなかった。
「ボクがお願いしたんス」
記歴暦が言った。
そう。警察への通報を拒んだのは、ほかでもない被害者である彼だった。
「ボクの仕事柄、知ってはいけないコトを知る機会がそこそこあるもんで。端的に言えば苦手なんス、警察が」
「ふぅん……それは、面白そうな話ね」
黒川は口端をつりあげた。
「ご依頼いただければお話しますよ、相応のお代はいただきますが」
「考えておくわ。あなたには別の依頼もしたいと思っているから」
「それはありがたい。リピーターは大歓迎ッス」
そのようなやり取りのあと、黒川はほかの二人に視線をやった。
「私は今ので納得したけど、あなたたちはどう? 警察は呼ばなくていと思う?」
尋ねられた二人――目撃者である火口と黒縁眼鏡の青年、塩見は迷うように視線をさまよわせた。
「わ、私はどっちでも……」
「僕もどちらでもいいです。別に、呼ばなくてもいいんじゃないかと……」
その答えに記暦は「おおー」と喜びの声をあげた。
「ありがたいッス。それじゃ、呼ばない方向で決まりにしましょ」
確かにありがたいといえばありがたいのだが、彗梨としては少々気になる反応だった。
二人が答えるまでに見せた逡巡。他の人の意見にあわせようとしただけかもしれないが、そうではないかもしれない。積極的に警察を呼びたくないというのは、何か後ろ暗い事情があるように思えてしまう。
(そういえば……サナさんも警察は苦手と言っていたような……)
詳しい事情は聞けなかったが、異能絡みの過去に起因するというようなことは言っていた気がする。そして記暦も自らの異能が理由で警察が苦手だという。
もしかしたら異能者はその特異な人生経験上、警察を苦手に思うケースが多いのかもしれない。無論それは傾向の話で、そのまま個人にあてはめて考えらえるものではないのだが……
彗梨が考えていると、塩見が「あの……」と控えめに声を発した。
「記暦さんは、異能で人の過去を知れるんですよね。それなら、今この場で異能を使えば、この中に犯人がいるかわかるんじゃないですか……?」
その提案に、他の容疑者二人がハッとした反応をみせた。
確かに彼の提案はもっともだ。実際彗梨も同じことを考え、ついさきほど記歴に提案した。もしもそれが可能なら、容疑者たちをこの場に集める必要すらない。
しかし、
「いやぁ、それが実は、今すぐは無理なんス」
記歴は、彗梨に返したのと同じ答えを口にした。
「それは、どうして……?」
「単純に時間がかかるんス」
記歴は言う。
「ボクの異能による過去の調査は、情報を丸ごと自分の脳に叩き込むようなものなんス。だからそれを整理する時間がいる。わかりやすく言えば、ページがバラバラになった歴史書を並べ直すようなものッスね。情報の整理が終わるまでは検索もままなりません」
「具体的には、どのくらいかかるんですか?」
「その人物によりますが、一人を調べるのに最低三日は欲しいところッス」
そしてそれ故に記暦の異能で犯人を調べるのは、あまり現実的な方法ではない。
その三日の間に記暦が殺害される可能性を否定できないからだ。
「改めて、本題に入りましょう。誰が記暦さんを襲ったのか」
その場の皆が息を呑む気配を感じながら、彗梨は切り出した。
「私は犯人の動機と犯行手段を、どちらも異能に関するものだと考えています」
「どうしてかしら?」
「まず動機は、記歴さんの異能です。記歴さんは過去を知る異能を持っている。つまり、知られたくない過去があったから殺したという可能性が考えられます。逆に、初対面の記歴さんを殺そうとする理由はほかに思い当たりません」
それから、と彗梨は続ける。
「犯行手段についてですが、こちらは犯人の有する異能だと思います。そちらの火口さんの証言によれば、記歴さんを襲った鉄の棒は飛んできたのではなく、そこに透明人間がいたかのように振り下ろされたとのこと。これは異能でもなければ不可能な芸当です」
「なるほどね……そういうことなら、私は犯人じゃないわ。私は異能者じゃないから」
「わ、私も違います」
黒川の発言に、火口が続いた。
残るは黒縁眼鏡の青年――塩見だけ。そして塩見はどういうわけか、しきりに視線を泳がせていた。
「ぼ、僕は……その……」
明らかに動揺している。
そんな塩見に、黒川が「落ち着いて」と声をかける。
「そんなに挙動不審だと怪しまれちゃうわよ」
「えっ、あの……」
「別に異能者だからすぐ犯人ということにはならないから、正直に話した方がいいと思う。――そうよね?」
黒川が視線を向けてきたので、彗梨ははっきりと首肯した。そして補足するように付け足す。
「記歴さんには申し訳ありませんが、どうしても犯人がわからなければ、警察に通報することになるかもしれません。警察は異能者の登録状況は調べられますから、下手に嘘はつかない方が良いかと」
それから青年が声を発するまで、しばらくの間があった。
ふいに夜の海を照らしていた火の玉が消えて、辺りが一気に暗くなった。
「ぼ、ボク……異能者です」
青年の言葉に驚く者はいなかった。皆、それまでの彼の様子からその答えを察していた。
「どのような異能ですか?」
彗梨が尋ねた。
「……み、見せたほうが、はやいと思います」
青年は右の手のひらを上に向けて皆に見せた。
――さらさら、と。
広げた手のひらの上に、小さな粒が渦巻いている。夜の闇の中から集められ徐々にその大きさを増していく渦。その粒子は、街灯のあかりを受けて煌めいていた。
「塩、です」
青年は言う。
「こうして塩を自由自在に動かせるのが、僕の異能です……」
物体を自在に動かす異能――念動力やテレキネシスと呼ばれるそれは、異能者の存在が公になるより前から散々語りつくされた超能力の代表例だ。古くは手品、そして現代では種も仕掛けもない異能としてその力を操る者がいるのはよく知られている。
だが、青年の異能にはその中でもやや珍しい特性があるようだった。
「操れるのは、塩だけですか?」
「は、はい。ほかには何も。もちろん鉄の棒を宙に浮かすなんて、僕にはできません」
「この塩はどこから?」
「えと……その、ここは海なので……」
その答えにはさすがの彗梨も驚いた。
「……まさか、この自然の中に溢れた塩のすべてが異能の対象ということですか?」
青年はこくりと頷いた。
「変わった異能……ですよね。よく言われるんです。たぶん、子供の頃にナメクジに塩をかけるのが好きだったのが影響してると思うんですけど……」
異能の発現にはその人物の心のはたらきが強く影響するという。精神の成熟しきっていない子供の頃の体験がその後の異能の発現にまで影響するというのはよく聞く話だった。
だが彗梨は思考の端で何か引っかかるものを感じていた。
一見すると、塩だけを操るという極めて限定的な範囲の異能だ。
しかしよくよく考えてみると……見かけ以上に応用の幅が広くはないだろうか。
彗梨がそう思い至ったのとほぼ同じタイミングで、火口が遠慮ぎみに口を開いた。
「もしかして……なんだけどさ。鉄の棒に塩を詰めれば、その異能で振り回せるんじゃない……?」
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