スクールメイトの謀略 〜心理戦はスパイの武器である〜
有瀬明奈
第1話
◆ プロローグ
────スパイ(spy)
それは国家の利益、もしくは特定の組織の為に他の組織などに潜入するものである。巧みに情報収集、はたまた内部工作、様々な目的を遂行する為に水面下で行われている。
おそらく、俺たちがまだ知らないだけでスパイは潜んでいるのだろう。
今から語る話で一本の現代風刺画が完成するに違いない。昔さながら、ジョルジュ・ビゴーみたいに、だ。
──では、ここで振り返って見てくれ。
今まで生きてきて『嘘』をついたことがある奴がほとんどだと思う。十中八九そうだ。しかし、こう訊けば日本人は日本人らしく、世の体裁を気にかけては潔く手を挙げないのだろうけれど。
さすがに一度や二度はあるに違いない。
分類は問わないが。
少しだけ例を挙げてみよう。
──テストの点数。
例えば、相手の点数を聞く為には自分の点数を言わなければならない。そこで、嘘の点数を言って情報を得る。そして、それを横流しにして他の人に伝える。
──根も葉もない噂。
例えば、恋敵に対して「〜くん彼女いるんだよ。知ってた?」などの嘘の情報を伝えては有利な状況を生成する。はい、これで排除。あとはそこから自分で一本釣りをすればいいだけの話。
これらもミクロな視点から解釈すればスパイと同等であると言えるのではないだろうか。俺たちの過ごす日常でも──隠蔽、偽善、欺瞞。フェイクニュースに加えて、偽りを生業とする詐欺で溢れ返っている。
つまり、世の中はスパイだらけだ。
汚い物には目を瞑り、自分たちの追い求める煌めいた理想の世界しか見ないように、そして理想像に執着し、俺たちもまたその陰険な存在に気づいていても気づかないふりをして現実逃避を続けている。
誠実でまともな振りをして、メリットの為に自分を捨てる。あれほど純粋無垢だった子供の影が大人になるにつれて、社会に出るにつれて、それはまるで虚像だったかのように消え去ってしまうのだ。
情報情報情報情報情報情報情報情報情報。
利益利益利益利益利益利益利益利益利益。
利権利権利権利権利権利権利権利権利権。
心底くだらない。
でも、嘘をつかなければ生きていけない。
──そんなものに踊らされているこの世界は、ゴミ同然だ。
◇ ◆ ◇
突然、パッと光が消えた。
「はぁ、なんだよいきなり!」
「びっくりしたぁ……」
と、一切の予兆もなかった出来事に周りにいる生徒たちは目線をあちらこちらへと動かす。
けれど、見えるのは暗闇だけ。
見ればわかる、頭の上に『困惑』の二文字が揺らいでいるのが窺える。早々に派手な入学式が俺たちを歓迎してくれるらしい。正直なところ、自分も今の状況を呑み込めずにいるのだが。
もしかすると、この学校の吹奏楽部による演奏が出迎えてくれるのだろうか。もしくは、チア部によるダンスが見れるのだろうか、様々な憶測を立ててみる。入学式となると先述した愉しげな感じでさながらパーティのようなものを連想させるようなイメージがあった。
──がしかし、そんな俺の淡い期待はすぐに打ち砕かれた。
隠しきられた赤い舞台幕が徐々に開かれてゆく。まもなくして、前には真っ赤な教壇が現れた。赤の中でも真紅だ。
なんだか、如何せん趣味が悪いな……普通はただの木製づくりで茶色じゃないのか?
気味が悪い、そんな感想を抱く。
どんよりとした鉛の重々しい空気を皮膚感覚で感じとる。人間はなぜ、こんなにも繊細で敏感なのかと細胞に問うてみたいのだけれどもっとも、どうせ論拠に基づく医学的解説があるのだろう。しかし、専門的知識もない一般人がそれを聞いても馬の耳に念仏、犬に論語であり、聞いて、聞いてないようなものである。『そういうもの』として片付けてしまうのがオチだ。
なんてことを考えたが今はどうでもいいか。
世間で言う入学式とは大きくかけ離れた威圧感のようなものに俺も含め、生徒たちは皆気圧されていた。
舞台の上にいたのはチアガール、吹奏楽部などの華々しい学校生活を連想させるものではなく、ぼんやりとした光に照らされた校長のシルエットだった。よく見ると、右目から顎にかけて縦一文字に大きな切り傷が刻まれていて、おそらく失明している。あれじゃ二度と右目で視界を捉えることは出来ないだろう。
そして、真っ赤な教壇に立つ校長の後方には6人ほどの怪しげな男が並んでいた。
「みなさん、ご入学おめでとうございます」
俺は目線を校長に戻し、低い声に耳を傾けた。
「そして、ようこそ。我が校──
拍手ひとつ起こらない無音の講堂。
依然として変わらない低い声に新入生は固唾を飲む。
──明石諜報高等学校。
簡単に言うと、国家公認のスパイ養成学校という訳だ。明治時代から続いているこの学校には名前の通り、毎年多数のスパイを志望する卵が入学してくるのだ。もちろん、例に漏れず俺もそうなのだが。
今の世界はネットワークが発達し、昔に比べIT(Information Technology)産業の台頭は目に見えている。そして、情報戦の種類も多くなっているからか最近では大分力を入れているらしい。
「新入生のキミたちは当然のように知っているだろうが、私は明石元二郎の子孫に当たる──つまり、私も元はと言えばスパイという訳だ。歳も歳で引退しているがしかし、今でも当時の知識はホルマリン漬けされているように腐っていない」
人差し指でトントンと側頭部を小突く。
ほぅ、噂では聞いていたが……明石元二郎。この学校の創設者であり、明治時代に存在したスパイだ。当時、世界最強だったロシアの内政を崩壊させ──日露戦争を諜報によって勝利に導いた"天才"。
彼一人で『日本軍20万に匹敵する男』と呼ばれるほどの活躍だったとどこかで耳にした。
スパイの子孫はスパイ。
やはり、血は争えないようだ。
「ここで培った能力は決して腐ることはない。心理戦、認知戦、情報戦……これらすべてはスパイ活動以外にも大いに役立つことだろう。知識は宝だ、逆も然り、人間の宝は知識である。祖先は火を起こし、武器を作りその後産業革命の歴史を辿った──歴史とは知識の連続に他ならない」
明石博正はコップを手に取ると、口に水を含んで唇を潤わせた。
「ひとまず、お喋りはここまでにしておこう。では最後に、この言葉を知っているだろうか? 知らなかったならば、学校で過ごす上で肝に銘じておいてほしい」
『謀略は誠なり』
「誠の精神を持て。情報を使って騙れ──そして、惑わされるな」
最後に力強くそう告げると、何事も無かったかのように舞台幕が閉じられた。新入生代表挨拶もなければ、祝辞すらない。
残されたのは新入生の──困惑に満ちた表情だけだった。
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