第10話 9、本日のお客様 上
一人で開店準備を終えたカレンは、ドアの外にOPENと書いてあるプレートを吊るした。時刻は朝の九時を少し過ぎたばかり。この時間帯にやって来るお客様は商売人が多い。
お客様が来るまでの間、カチコチと時間を刻む時計の音を聞きながら、読書をするのがカレンの日課だ。この占いの館の地下には書庫があり、多くの書物が置かれている。全体的に魔導書が多いのはレダが魔法使いだからだろう。
本日の一冊は、魔法倫理学の本。カレンは魔力が作り出す空間についてのページを捲る。魔法で作り出す空間はこの世界とは別物であると一般的に言われているが、果たしてそうなのであろうかという疑問を検証した結果が載っていた。
(私が作り出した空間が誰かのおうちのお部屋の中だったとか、そういうことよね?それは確かにマズいわね・・・)
その時、コンコンとドアをノックする音がした。
「おはようさん!レダ(カレン)。今日もお願い!!」
「おはようございます。マーガレットさん、それで今日は?」
「ええっと、朝市で出来のいいジャガイモと水揚げされたばかりの鱈を仕入れて来たよ。さて、何がいいかね?昨日のパプリカチキンは好評だったよ!」
「鱈って、どんな調理法が・・・?」
「そうだね、鱈はフライにしたら美味しいよ。ザクザクの衣とふわふわの身が最高でね。エールが進むよ」
「あー、いいですね。美味しそうです」
「じゃあ、占っておくれ。今日のランチメニューは何がいいかい?」
ヤドリギ横丁で、ビストロを経営しているマーガレットはこの占いの館一番の常連客だ。彼女は“本日のランチメニュー”を占ってもらうため、毎朝ここに来る。その前に朝市で材料を仕入れている時点で、ほぼほぼメニューは完成していると思われるのだが、要は後押しして欲しいだけなのだろうとカレンは捉えている。
――――――レダはそれらしく、水晶をテーブルの下から取り出して、じーっと見詰める。
「お皿に鱈フライが見えます。ジャガイモは・・・」
「ああ、ジャガイモもフライにしてフィッシュ&チップスかい?最高だね。今日のメニューはそれに決定だ!さあ帰って、タルタルソースでも作ろうかね」
「とても美味しそうですね」
「ああ、そりゃ美味しいだろうよ!あんたもたまには食べにおいで!!」
「はい、いつもありがとうございます。お気持ちだけいただきます」
「まあ、つれないねー。ハハハ、いつもありがとね。はい、コレはお代だよ」
マーガレットはテーブルに十ピールコインを置き、颯爽と去っていった。カレンはコインを手に取って、じーっと眺める。
(マーガレットさんに毎日お金をもらっているけど、私、全然占いなんかしていないのに・・・。本当にこんな感じでいいのかしら???)
指で掴んだコインを机の下にある引き出しの中へ大切にしまう。コインだらけの引き出しの中を眺めながら、カレンは首を捻る。本物のレダが出て行った後、カレンはキュイの指示でずっとここにお金を入れ続けていた。当然、お金は貯まっていく。実際、引き出しの開け閉めも重くて大変だった。
(コインだけとはいえ、この量・・・。このまま入れ続けて強盗にでもあったら、今の私では弁償しきれないかも)
一方、食事の材料などは倉庫にすべて用意されており、この半年間お金を払うようなことは一切無かった。
(よくよく考えると倉庫の品物が切れないというのは不自然なのよね。牛乳なんて、そんなに日持ちするものでもないでしょう?何故、今まで気づかなかったのかしら。昨日から、そういうことが多い気がする・・・)
また、カレンは昨夜入浴する際に鏡に映った自分の姿を見て驚いた。余りに肌が青白くなっていたからだ。思い返せばこの半年の間、陽の光を直接浴びていない。
(ここに籠りっぱなしは良くないって分かっているのよ。殿下が言うように、一時的にお店を休んでどこかへ違う場所に行くのも悪くはないと思うけど、その宛も無いし、マーガレットさんは毎日ここに占いをしに来るだろうし・・・。やっぱり、レダさんと一度話し合った方が良いかもしれないわね)
アルフレッドは今日シュライダー侯爵邸へ行くと言っていた。本当にカレン(レダ)と面会が叶うのかは分からないが今夜、ここへ来るならその時にシュライダー侯爵邸の現状くらいは聞けるだろう。
カレンは、無意識に鼻歌を歌っていた。
―――――次のお客様は、貿易商のシューマンだった。
シューマンは買い付けの旅の前に必ずこの占いの館へやって来る。今回は南方航路の船に乗るらしい。
「レダ(カレン)、南方には色とりどりのフルーツや香辛料、そして薬草があるらしくてね。どれに注目すべきだと思う?」
こげ茶のスリーピースに縦じまの入った白ワイシャツ、黄金色の蝶ネクタイ。いかにも羽振りの良さそうな出で立ちのシューマンは身を乗り出してレダに尋ねる。
「運びやすいのはどれですか?」
「そうだね、フルーツは傷みやすいかもしれないね。香辛料は粒のままか粉末にしてある物が多いかもしれない。薬草は乾燥しただけで加工していない状態だろうから、かさばる可能性があるだろうね」
「では、占います」
カレンは机下から恭しく水晶を取り出し、シューマンの顔を映した。別に何も見えては来ないので、先ほどの会話をヒントにして答えを導く。
「香辛料ですね」
「そうか!分かった。今回は香辛料を多く買い付けて来るよ」
「どうぞ、お気をつけて」
「いつもありがとう」
シューマンはテーブルの上にコインを置いた。
「また、戻って来たらお土産を持ってくる。レダ(カレン)も元気でね」
シューマンはひらひらと手を振りながら、ドアを出て行った。カレンは置かれた百ピールコインをじっーと見詰める。
(貿易商って儲かるのね。こんな簡単な占いで百ピールは多過ぎでしょー!?)
そしてそのコインを引き出しに入れた。
(一体この引き出しにはいくら入っているのかしら。今までキュイが居たから何となく数えるのは気が引けたけど、今なら・・・数えてみよう!!)
ほんの出来心から、カレンは引き出しの中にあるコインを数えてみることにした。早速、大きくて四角い缶を倉庫から取って来て、引き出しの中のコインを缶に移し替えながら数え始める。
時刻は正午を回りいつもなら昼食の時間だった。しかし、それを知らせる者はもういない。カレンはお金を数えることに没頭する・・・。
―――――数え続けること数時間。とうとう合計金額が出た!
(――――噓でしょ!?百四十五万七千六百三十三ピール!!これだけあったら、当分というか、庶民の生活では使い切れない金額なのでは???)
ニルス帝国では庶民の月給が千四百ピールくらいなのである。この引き出しにはその約千倍の金額が入っていたということである。急に怖くなって来たカレンは引き出しの中にさっさとお金を戻した。
一段落して、遅くなってしまったが、昼食を取るためキッチンへ行こうとしたところで・・・。
ガチャ!!
背後のドアがノックも無しに開かれた。カレンが咄嗟に振り返ると。そこに立っていたのはアルフレッドを超えるやんごとなき御仁だったのである。
「レダ(カレン)!久しいな。息災か?」
そう言いながら、超やんごとなき御仁はカレンの元へと笑顔で歩み寄って来るのだった。
(何で!?ここに陛下が・・・・)
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