第9話 8、心配症?
アルフレッドとキュイを見ながら、カレンは考え事をしていた。
(キュイの水晶のような瞳と艶のある黒髪、そして美しく均整の取れたお顔って、まるでお人形さんみたいなのよね・・・)
再び、キュイへ視線を戻すと、干しブドウをたっぷりと乗せたスプーンを溢さないよう慎重に口へと運んでいるところだった。何とも愛らしいその仕草を見ていると、自然に微笑みを浮かべてしまう。
(ああ、可愛い!んんん!?ーーーあれっ?あー、んん?あっ、違うっ!!思い出した!!初めて会った時、キュイは正真正銘のお人形さんだったじゃない!!えっー?何故、そんな大事なことを忘れていたの?私!!)
キュイと半年間一緒に過ごしているうちに、こんな重要なことが頭の中からスッポリと抜け落ちてしまっていたことにカレンは気持ち悪さを感じた。単なる忘却なのか、はたまた意図的なのかは分からない。ちなみに意図的とはレダが関与しているということである。
(意図的・・・。その可能性は十分あるわね。私はレダさんのことを知らな過ぎるから)
先ほどアルフレッドの問いに対し、レダと連絡を取っていることをあっさり認めたキュイだったが、その後の質問には何も答えず、だんまりを決め込んでいた。黙々とシリアルを口へ運び、顔を上げようともしない。
(殿下も色々聞き出したいのか、かなりしつこく質問しているわね。それにしても、キュイはまだ他にも何か隠しているのかしら。きっと私が質問しても答えてくれないだろうけど・・・)
「なぁ、キュイ。レダどのから何か制約でも掛けられているのか?」
アルフレッドの問いをひたすら無視していたキュイだったが、今回はゆっくりと首を縦に振る。次の瞬間、キュイは突然小さくなり、スプーンと共に床へと転げ落ちた。
「なっ!?」
アルフレッドは驚きの声を上げる。しかし、直ぐに床へ跪くとうつ伏せで落ちていた人形(キュイ)を拾い上げた。そして、それを表にしたり裏にしたりして食い入るように観察している。
カレンはたった今、キュイの正体がお人形だったと思い出したばかりだったので、タイミングが良すぎて背筋がゾワッとしてしまう。
「――――カレン、キュイの正体は人形だったのか・・・」
人形(キュイ)を椅子に座らせ、アルフレッドは席に戻った。
「―――――はい、キュイは元々お人形でした。レダさんが魔法で動くようにしたのです。私のお世話係として・・・」
「と、言うことは、カレンのお世話係が居なくなったということか?キュイが人形に戻ってしまって、カレンは大丈夫なのか?」
「まぁ、仕事にも慣れましたから多分大丈夫でしょう。―――レダさんがいつ頃、帰って来るのかが分からないのは少し困りますけど・・・」
カレンの返答を聞いたアルフレッドは顎に手を置いて、少し考える。
「カレン、ヤドリギ横丁の治安はそんなに良くない。この場所で女性の一人暮らしは危険だ。この際、占いの館はしばらく休んで安全なところへ避難したらどうだ?」
「そんな勝手なことは出来ませんよ。ここにいるのは私(カレン)ではなく、占い師レダなのですから」
カレンはアルフレッドの提案を即却下した。
「―――――分かった。俺が何とかする」
「何とかって、殿下、何をするつもりですか?」
「そうだな。帰りにシュライダー侯爵家へ乗り込む。そして、レダどのに帰ってきてもらう」
「――――っ、何と無謀な!魔窟に無計画で乗り込むの?」
「レダどのに会えれば、何とかなるだろう」
「そのレダさんに対する信頼感は一体・・・。殿下はレダさんと面識もないのでしょう?」
「確かに一度も会ったことはない。だが、俺がここに来たとキュイがレダどのに報告しているのなら、この後、俺が乗り込んでくる可能性があることくらいお見通しだろう。寧ろ俺が来るのを待っていて、今まで大人しくしていたのかも知れないぞ」
アルフレッドが、愉快そうに話す姿を見て、カレンは頭が痛くなって来た。
(どうしたら、そんなに楽観的に捉えられるの・・・)
「私は殿下の前向き過ぎる思考に驚いています。我が邸にはあの義母が居るのですよ。お忘れですか?」
「ああ、分かっている。あの女を忘れるわけがないだろう」
アルフレッドは飄々とカレンに返事をした後、シリアルを口へと運んだ。ザクザクザクザクと良い音がする。
(あれ?殿下、もしかしてシリアルに牛乳を注いでいない?)
カレンはアルフレッドの深皿に視線を向けた。
(あー、やっぱり!!話に夢中でシリアルの食べ方を殿下に説明してなかったわ)
「殿下、シリアルは牛乳を掛けるともっと美味しくなりますよ」
カレンは自分の深皿を指差した。彼女の皿には深さの半分くらいまで牛乳が入っている。アルフレッドはカレンのアドバイス通り、牛乳の大瓶を手に取ると自分の深皿に注ぎ込んだ。
「カレン、何度も聞いて悪いが、俺が何と言おうとレダどのが戻ってくるまでは、身代わり占い師としてここに居るということだな?」
「はい、ここから離れる気はありません」
「そうか、やはり急いで連れ戻さないといけないな・・・」
アルフレッドはスプーンで牛乳と一緒にシリアルとドライフルーツも掬って口に入れた。噛みしめた時の表情が美味しさを物語っている。
(殿下、いい顔をしてる!!美味しくて感動したのね。私も最初はここの食事に驚いたけど庶民の食事って意外と美味しいのよ)
「殿下、お口に合いましたか?」
「ああ、ウマい。ザクザクも良かったがしっとりもいいと思う。これなら毎朝、食べたいくらいだ。―――――なぁ、カレン、やっぱり心配だから、俺が毎晩泊りに来ようか?」
(いや、何を言い出すのよ!?あなたは婚約者もいる皇子様なのよ?毎晩、皇城を抜けだしたりしたら、すぐに変な噂が流れてしまうわ)
「それは、困ります」
カレンはキッパリと断った。
「カレンに何かあったら、俺が耐えられない」
「いや、それをおっしゃるなら、例の賊に襲われたって話の時に・・・」
カレンは、ついアルフレッドを糾弾してしまうような言葉を吐きそうになり、途中で話すのを止めた。だが、カレンが何を言おうとしていたのかを、アルフレッドは話の流れで分かってしまった。
「そうだな。あの時カレンの元へ直ぐに駆け付けなかった俺が何を今更?と言われたら返す言葉もない。だが、今度こそ愛する君を守りたい。これは本心だ」
真っ直ぐに熱のこもった視線を向けられ、カレンは恥ずかしさから下を向いてしまう。そのまま互いに気の利いた話をすることもなく、ひたすらスプーンを口に運び続けて、朝食の時間は終わりを迎える。
帰り際、アルフレッドは意を決したようにカレンへ「今夜また来る」と言い残し去っていった。
(来ないでって、殿下に言えなかった・・・)
カレンはため息を吐き、店の開店準備に取り掛かったのだった。
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