第7話 6、占い師レダと皇家
ヤドリギ横丁に占い師レダがやって来たのは百年ほど前と言われている。彼女は、表向きは占い師だが、実は世界に数人しかいないと言われる大魔女なのだ。
この世界には大魔女と人間は不可侵を貫くという不文律がある。それは互いに害となすことはしないし、協力することもないということだ。ということから、人々の暮らしている皇都へ住みつく、占い師レダのような大魔女はかなり珍しい。
大体の大魔女は計りえない魔力を自在に操り、人と関わらない為、ルールに縛られることも無く自由に生きて行く。それ故、大魔女のルーツ・生態・寿命などは謎に包まれている。そして、この世界に何人の大魔女がいるのかということも分かってはいない。
だが、寿命に関していうなら、少なくともレダは百年以上生きている。ということは大魔女の寿命はそれ以上あるということだ。人々は目に触れる場所にいるレダを大魔女の代名詞として捉えている。それは皇家も同じだった。
ーーーーーーニコラス(現皇帝でアルフレッドの父)は幼いころ頃、子ぎつね姿になってしまうと、人の姿へなかなか自分の意思で戻れなくなるという時期があり、レダの元へ相談に行った。
常ならば、これは皇家にとって難しい案件になるはずだった。何故なら皇族に銀狐の血が入っているということ自体が最高機密だからである。しかもそれを外部へ相談するなど異例中の異例。当然、怪しい相手にそんな機密を漏らすわけにはいかない。
そこで白羽の矢が立ったのは占い師レダだった。彼女は他の大魔女と違い、人間の住む帝都で長年暮らしており、皇家と良好な信頼関係も築いていたのである。そのため、ニコラスはレダの元へ相談に行くことになった。
結果、レダが作った成長ホルモンを整える薬を服用し、ニコラスは子ぎつねの姿から人の姿へスムーズに変化出来るようになったのである。騒ぎにならず、無事に解決し皇家の皆が安堵したというのは言うまでもない。
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アルフレッドは、幼少期に占い師レダの治療を受けたことがあるという話を父から聞いたことを思い出し、今回の媚薬の事件を乗り切るためにこの“占いの館”へ足を運んだ。
大魔女レダは高齢で媚薬の対象にはならない。その上、彼女は高い魔力を持っておりアルフレッドが媚薬の影響で暴れても上手く止めてくれるだろうと安易に考えていたのだ。
ところがこれは大誤算だった。
その頼りにしていた占い師レダが、何故かアルフレッドが会いたくて堪らなかった最愛のカレンに入れ替っていたのだ。これでは媚薬を盛られなくても襲いかかってしまいそうである。
半年ぶりに会った元婚約者のカレンは、アルフレッドの脳裏にいるカレンよりも、さらに美しく大輪の花が咲き誇っているような華やかさを感じた。今すぐ抱きしめて、何処かに隠していまいたいと思うほどに・・・。
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瞼を持ち上げると、窓から差し込む月明りが部屋の中を幻想的な雰囲気にしている。夜明けはまだ遠いらしい。
手足、そして腹部は白い鎖で拘束されていて動けない。アルフレッドは昨夜の拘束された時のことが頭を過ぎった。『媚薬とはあんなに強烈なものなのか』と。そこで、ふと気配を感じて左のほうへ顔を向ける。
僅か二十センチほど先に、今も愛おしくて堪らない元婚約者カレンが眠っていた。閉じられた瞼を金色の睫毛が縁取る。ああ綺麗だなと、つい眺めてしまう。彼女は両手を組んで、その上に顎を乗せていた。こちらを向いて眠っているのは、もしかして“俺を眺めていたのか?”と、都合の良い想像をしてしまう自分に呆れてしまい思わず苦笑いを浮かべる。
シュライダー侯爵夫人から現婚約者エマの手前、元婚約者のカレンに見舞いになど来ないでいただきたいと言われた。『何故、俺はカレンに会いに行かなかったのだろう?』と今更、後悔している。しかし、いつもの自分なら、義母レベッカ如きの言い分で侯爵邸に行くのを止めるだろうか?あの時の判断を思い返すと、何か頭に靄が掛かっていたような気分になる。確証もない話で、ただの言い訳にしかならないかも知れないが・・・。
またカレンの話だと、半年前には占い師レダと彼女は入れ替っていたということになる。やけに大人しくしているカレン(レダ)が少し不気味だ。義母レベッカへの借りがあるという話も気になる。夜が明けたら、侯爵邸がどういう状況になっているのか、この目で確認しに行こうとアルフレッドは心に決めた。
――――――――――
外が白んで来たころ、カレンは目を開けた。
(あ、ベッドにうつ伏せたままで眠っていたわ。ええっと、殿下は・・・)
アルフレッドの首筋にそっと指先をあてると脈は落ち着いていた。アルフレッドは反対側を向いて眠っていたため、顔色を見るため覗き込んだ。
(あ、顔色も悪くないわ。もう大丈夫そうね。良かった!そういえば、可愛いケモ耳も消えてるわ!フフフ)
「カレン?何を笑っているんだ」
カレンが笑っている間にアルフレッドは目を開けていた。
「あ、起こしてしまいましたね。いえ、大したことではないので、お気になさらず。殿下、体調は如何ですか?」
「ああ、もう落ち着いている。ありがとう。お陰で無事に乗り切れた」
「あの、もしよろしければ聞かせてもらえませんか?何故、こんな罠に自ら掛かろうとしたのかを・・・」
カレンはずっと気になっていた。わざわざ媚薬を仕組まれた食事をせずとも悪事を働くことを事前に把握していたのなら、さっさと捕まえれば良いのではないかと。
「そうだな。俺たちは一度、互いの情報を出し合って、情報のすり合わせをした方が良いだろう。順を追って話す。カレン、拘束を解いてくれないか?」
カレンはアルフレッドの提案に頷き、拘束を解いた。
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