第6話 5、媚薬 下

 アルフレッドの話によると、この半年の間、カレン(レダ)は表舞台へ出ていないらしい。そして、そのカレンが、今どうしているのかという話として(誰が流したのかを察するのも馬鹿馬鹿しいくらいであるが)、“あの賊に襲われた事件以来、体調が優れず、邸宅内で療養している”と巷では噂されているそうだ。


 それを知ったアルフレッドは、直ぐ様、シュライダー侯爵家へカレンを見舞いに行きたいと打診した。ところが“エマの手前、紛らわしい行動は控えて欲しい”と侯爵夫人が不快感をあらわにして拒否したため、アルフレッドは侯爵邸に近づくことも叶わなかったというのである。


「療養ですか・・・」


(お義母さまったら、相変わらず私のことを好き勝手に吹聴しているのね。これ以上何を企んでいるのかしら。義理の娘が死んじゃいましたって、涙を流しながら言い出すのも時間の問題かも知れないわね)


 カレンが考え事をしているとアルフレッドが指先で彼女のくちびるをなぞった。ゾクっとして伏せていた瞼を上げる。


「殿下、何をなさるのです!」


「カレン、おれが此処に来ることになった理由を思い出してくれ」


「媚薬を盛られたから、占い師レダのところで効果が切れるまで過ごすということですよね」


「おれの提案を飲めないなら早く拘束した方がいいぞ。そろそろ我慢も限界だからな」


(えっ、えっ!?は?我慢も限界って・・・・。まさか私、相手に!?)


「わっ、分かりました。拘束します!」


「即答されるのは、嬉しくないが・・・。はぁー、頼む」


(話している途中で、急に色っぽい声を出すのは止めてー!!)


 カレンは、アルフレッドの両手を掴んで詠唱を始める。白い鎖が現れ、グルグルと両手首に巻き付いた。


(足も拘束した方が良いわよね)


「殿下、まだ動けますよね?」


「ああ、はぁー、あ、うっ、だ、大丈夫だ・・・」


 急に俯いて苦しそうな声を出す、アルフレッド。


(えっ、媚薬って、こんな急に効いて来るものなの!?それともずっと我慢していたの???)


 アルフレッドの呼吸が、一息ごとに荒くなっていく。カレンは急いで彼の手を引き廊下の先にある階段から二階へ上った。そして、自室のドアを開くと窓辺に置かれたベッドへアルフレッドを連れて行き「横になって下さい」と促す。


「殿下、足も拘束します」


 仰向きにしたアルフレッドの足首を揃え、再び白い鎖を魔法で作り出しグルグル巻きにした。その時、アルフレッドが少し身体をねじる仕草をしたので、お腹の辺りも魔法の鎖でベッドに括りつける。


(よし、これで安心ね!でも、何だか苦しそう。媚薬ってこんなに辛いものなの?可哀そうだわ)


 アルフレッドはベッドに横になると瞼を閉じたまま顔を歪めて、苦しそうにしている。彼の額に汗が滲んでいることに気が付き、カレンはタオルを冷水で絞って来て優しくふき取った。


「殿下、かなり辛いですか?」


「カ.カレン。あっ、ん、んー、俺に、はぁ、余り話し掛けるな、ううっ」


「だ、大丈夫ですか!!どうしよう!こんなに苦しむなんて・・・」


 声も掠れ、眉間に力が入り苦しそうな様子を見ていると、カレンまで息苦しくなってくる。


(どうして、殿下がこんな目に合わされないといけないのよ。あの記憶の中にいた貴族たち絶対、許さないわ!)


 少しでも苦しみを和らげてあげたいと、カレンはアルフレッドの拘束された手を右手で握って、左手で彼の腕を優しく撫で続けた。ところが、アルフレッドの苦しみは増していくばかりで・・・。この時、カレンはすっかり忘れていたのだ、媚薬と言うのはどういうものなのかと言うことを。


 一方、アルフレットは湧き上がる欲情と戦い続けていた。だが、長年想いを寄せていたカレンが横にいて、しかも自分の身体に躊躇なく触れて来るのである。この状況では、理性が本能に負けるのは時間の問題だった。


 しかし、アルフレッドは薬の力に屈して、ここでカレンを無理やり押し倒したくない。苦しみながらも、回避する方法を必死に考えていた。


「カ、カレン、ああ、んーっ、おれを・・・眠らせることは、出来・・な・い・・か?はぁあっ、あ」


 熱情を帯びた声で、アルフレッドが尋ねる。


(殿下、凄い色気!声だけでドキドキしてしまうわ)


「出来ると思います」


「たの・・むっ」


 カレンは、アルフレッドの胸に左の掌を置き、眠りに落ちる魔法の呪文を唱えた。すると、息苦しそうにしていたアルフレッドの呼吸が目に見えて、穏やかになっていく。


(良かった!上手くいったわ。殿下がこんなに苦しむなんて思わなかったから、私まで動揺してしまったけど、これで大丈夫ね!)


 ふと、ベッドサイドの時計で時刻を確認すると日付が変わりそうになっている。カレンは店の片づけを忘れていたと思い出した。だが、今はアルフレッドの傍から離れたくないという気持ちが彼女の足を引き留める。


(もう、今夜はイレギュラーだから、仕方ないわよね。・・・片づけは明日にしよう)


 カレンはクッションを二つ、アルフレッドの眠るベッドの横に並べるとそこへ寄り掛かった。


(真夜中に魔法が切れて起きる可能性も無くはないから。念のため、今夜はここで眠ろう)


「どうぞ、これ以上殿下が苦しみませんように・・・」


 乱れたアルフレッドの前髪を右手の指先で整えた後、カレンはベッドに頭を乗せたまま、瞳を閉じた。


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