第4話 3、カレンの事情

 半年ほど前、カレン(カレン・マーレ・シュライダー侯爵令嬢)は、この占い館へ抱えきれない悩みを相談するために足を運んだ。そして、その時に本物・・のレダと初めて出会った。レダは、カレンの顔を見るなり、相談内容も聞かず、自分の弟子にならないかと唐突に提案して来たのである。


 理由を問うと、カレンの未来を円滑にするためだとレダは言った。だが、その今一つ真意の分からない話にカレンは困惑する。


(レダさんは、私に聞かせてはいけない重要な話を避けているのか、あまり詳しく説明してくれないけど、弟子ならないかってことは私が占い師になるってこと?)


 すると、レダは更にカレンへ畳みかける。


「あんたの置かれている状況を、あたしは知っている。あたしは、これからあんたが幸せになるための準備をする。だから、入れ替わろうじゃないか」


「入れ替わる?」


(占い師の弟子になって修行するのではなく、入れ替わる?それって・・・)


「ああ、あたしがあんたの悩みを解決してやるよ。いや、この提案はあたしにも十分な利があるんだ。遠慮はいらない」


 こんな無茶な提案、普通のご令嬢なら間違いなく断るだろう。だが、カレンはレダの提案を真剣に受け止め、どうすべきかを考えた。


(正直なところ、あの人たちがいる屋敷にはもう戻りたくないわ。レダさんが、私の代わりに屋敷へ戻って、あの人たちをどうにかしてくれるのなら任せてみる?だって、私にはこの状況を打破する気力も体力も、もう残っていないもの)


 この時、カレンはもう限界だった。何が原因かと言えば、父であるシュライダー侯爵が、一年前に後妻として迎えたレベッカとその連れ子エマからの激しい嫌がらせである。持ち物を奪われたり、罵られたりすることは日常茶飯事となっていた。


 また、義妹エマはカレンの友達の茶会へ勝手に参加し、その高飛車な態度から、揉め事を度々起こす。その度、エマは素知らぬ顔で反省などしない。そして、先方へお詫びはカレンに押し付けるということの繰り返し・・・。


(お前(カレン)の母親以外と結婚をすることは絶対ないって、あんなに頑なだったお父様が、急に再婚するって言い出しただけでも驚いたのに・・・。まさか、あんな人たちがやって来るなんて思わなかったわ。それでも、最初は彼女らが貴族生活に慣れていないだけだと思っていたのよ。だけど、流石にあの一連の事件は許せないわ!!あー、もう無理。顔も見たくないし同じ空間にいるだけでも嫌だわ)


 カレンが“あの一連の事件”という出来事は、突然、半年前にカレンとその婚約者であるこの国の第一皇子アルフレッドの婚約が問答無用で白紙に戻されるという事件に絡む騒動のことである。


 一般的に、貴族同志の婚約は政略的なものが多く、当人たちの気持ちも冷め切っているということも少なくない。しかし、カレンと婚約者である第一皇子アルフレッドは、わずか五歳で婚約を結んだ後、長い時間を一緒に過ごす中で小さな恋が芽生え、それを大切に育んで来たのである。


 だが、それをしたたかな義母レベッカは見逃さなかった。


 彼女は、“屋敷に侵入した賊にカレンが辱めを受けた為、皇家には嫁げなくなってしまった”と、義理の娘を想って涙を流す母親役を見事に演じ、その自ら作り上げたデマを皇都の貴族たちへと流していったのである。この醜聞を知った皇家は、カレンへ事実の確認することもなく婚約破棄を伝えて来た。


 カレンはアルフレッドへ真実を話す為、何度も登城したが、結局、一度も取り次いでもらうことは出来なかった。今まで、仲良くしてくれていた皇宮の護衛達は手のひらを返したように、カレンを注意人物として扱うようになっていたのである。


 また、カレンは貴族の友人たちに助けを求めようともした。だが、辱めを受けたご令嬢とは付き合わせたくないという親の意向で、彼女たちとも面会することは叶わなかった。


 そして、更に追い打ちをかける発表が皇家から出された。それは第一皇子アルフレッドの新しい婚約者にカレンの異父妹エマが内定したというものだった。


 この一連の事件によって、義母レベッカと義妹エマに何もかもを奪われ、傷心に耐えかねたカレンは家を飛び出し、この占いの館へと辿り着いたのである。


「レダさん、私はもうこれからどうしたら良いのかも分からないの。入れ替わりでも何でも受け入れます」


「ああ、心配はいらない。私はあの女に少しばかりお見舞いしてやりたくてね。あんたの純粋な恋心の仕返しも一緒にしてやるよ。楽しみにしておいてくれ」


 レダは指をパチンと一度鳴らし、目深に被っていたフードを取った。


「レダさん、その姿・・・」


「ああ、あんたにそっくりの姿になっただろう?ああ、そうだ!」


 レダは棚の上に座らせている黒髪で茶色の目をした女の子の人形を、人差し指でトンと弾いた。白い煙が立ちのぼり人形は十歳くらいの少女になった。


「ほら、この子はあたしの助手でキュイって言うんだ。困ったことがあれば、キュイに聞いておくれ。じゃあ、あたしはこのままシュライダー侯爵邸へ向かうからね。あとは宜しく頼むよ」


 レダは、迷うことなく入口のドアを開き、外へ出て行った。


(入れ替わるとは言っても、まさか今、直ぐにレダさんが出かけてしまうとは思わなかったわ。それに、助手のキュイ?今の今まで人形だったみたいだけど・・・)


「キュイ・・・?やっぱり、これってお人形さんが大きくなっただけなのかしら?」


 カレンはキュイをじーっと眺める。


「大丈夫です。わたしがレダ様のお仕事をカレン様へお伝えします」


 キュイは無表情ではあるが、とても優しい口調でカレンに語り掛けた。


(わっ、驚いたわ!キュイは喋れるのね!)


「カレン様、レダ様の声をマネ出来ますか?」


「あ、えっ、ええっと魔法を使えば、レダさんの声色を真似るくらいは出来ると思うわ、多分・・・」


「では声を変えて、レダ様の黒いローブをしっかり被り、その金髪が見えないようにして下さい」


「分かった。やってみます」


 こうして、キュイにレダの真似をするコツを色々と習い、カレンは今日までレダの身代わりをしていたのである。

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