【語り部:五味空気】(14)――夢に出てくる声の言っていることと推測が、次々に合致していく。

「――共犯者」

 ぽつりと、少女は呟いた。

 あまりに小さな声だったが、どうやら情報屋の耳にはしっかり届いたらしく、ああそっか、と相槌を打つ。

「そういやそういう報告もきてたっけ。まあみぃくん、良い捨て駒になるもんね」

「は?」

 捨て駒、なんて言いかたにカチンときて、思わず威嚇した。しかし情報屋にとってはどこ吹く風らしく、飄々と喋り続ける。

「みぃくんて回復型の四鬼なんでしょ? んで、程度は不明としても、能力を使うと記憶喪失になる可能性が高いとか。僕だったらこれ以上ない捨て駒だと思うけどね。『自身を顧みず確実に皆殺しにしろ』とかって上手いこと洗脳しておけば、みぃくんは死ぬまで命令通り動いてくれるわけでしょ。行動不能レベルの傷を負ったとしても、ちゃんとみぃくんを回収すれば、傷はすぐに完治するから前線に戻せるし。記憶がその度になくなるのなら、どうして自分は殺戮行為を繰り返すんだって疑問も抱きようがないし。完璧なサイクルじゃん。リサイクル可能な殺人兵器のできあがり」

「お前、本当に情報屋かよ……」

 思いつきで話しているようだが、そんな発想がつらつら出てくる時点で恐ろしい。

 しかし俺の苦言などどこ吹く風と言ったように、情報屋は言う。

「でも今回は、先に清っちが来て、みぃくんを宇田川社に連れて行ってしまった。共犯者ってのが居るとしたら、そいつは〈裏〉で相当顔を知られてるんじゃないかな。みぃくんみたいなのを間に挟まないと人殺しすらできない、そんな奴」

「そんなの居るのかよ」

 それこそ都合良過ぎる。予定調和も良いところだ。

「居るんだなあ、それが」

 にたりと笑い、情報屋は中央のディスプレイに一人の顔写真を映し出した。

「彼の名前は天神あまがみ絶途たつみち――暗殺者兼刃物専門の収集家だ」

 一目で人殺しの異常者とわかるような三白眼。色つきの眼鏡でそれを隠そうとしているのだろうが、却って逆効果になっている。さっぱりとした短髪に黒のスーツ姿の、三十代後半ほどの男だ。

「五、六年前まで〈裏〉じゃ名の知れた人物だったんだけど、その蒐集癖が迷惑過ぎて業界から干されたんだよ――〝刃物狂い〟ってね。んで最終的に、〈裏〉での活動の一切を禁じる血判状を書かされて追放されたみたい。破ったら大手各社から精鋭部隊を派遣して殺すぞっていう脅しつきでね。おお怖い怖い」

 ちなみに、と情報屋はつけ加える。

「なんで殺さずに追放だったかっていうと、天神絶途が所持していることで〈裏〉でバランスを保っている代物もあったからみたいだよ」

「五、六年前って――ねえ、闇中」

 不安と焦燥を隠しきれず、そう呼びかけた少女の声はひどく緊張味を帯びていた。一瞥すると、少女の頬にはつうっと冷や汗が一筋流れていた。

「うん、清っちの言いたいことはわかるよ。五年前のあの事件、天神絶途が起こしたんじゃないかって説も出たくらいだから。だけど確かな証拠はひとつも出ていない。あくまで推測の域を出ないことだけれど、容疑者候補には挙がってたみたいだね。それが間接的にだけど、追放される理由にもなってる。『死神』の死には、それほど影響力があったんだ」

 それでね、と少女を落ち着かせる為にか、いやにゆっくりと話す情報屋。

「『死神』清風美景――彼の代名詞とも言えるあの大鎌を、今現在、その娘である清っちが持ってるっていうのは、最近じゃあそこそこ噂になってきてるんだ。それこそ、〈裏〉から追放されたような人間の耳にも入っちゃうかもしれない程度には、ね」

「いやでも、どうしてそれが俺を使った業務妨害になるんだ?」

 仮に情報屋の推測が事実だったとして、そんなの、直接少女から強奪してしまえば、それで済む話だ。少女の所属する会社を巻き込む理由にはならない。

「それこそが、天神絶途を〈裏〉から追放した理由に繋がるからだよ。彼の蒐集には、ひとつ絶対的なルールがあった。それは、持ち主を殺してから自分のものにするってこと。例外は認めない。敵味方問わず、欲しいものは必ず蒐集してたって話だよ」

「私、仕事以外で大鎌を持ち出したりなんてしない……」

 視界の端で俺を捉えた少女の瞳は、恐怖の色に満ちていた。

 知らないうちに自分の存在を知られ、つけ狙われる。確かにそれは、喉元に刃物を押しつけられるのとは別の、もっと気色悪い類のものだ。まして少女ほどの年齢であれば、知らない人への警戒心はより高いはずである。

「だからこそだよ。いくら外に持ち出す機会を美景さんのときより限定していたって、仕事であれば清っちは大鎌を外に持ち出すだろう? しかしながら清っちは、新設末端雑用の〝K〟班所属で、そうそうお仕事を貰える立場にはない。みぃくんは犯行初期、〝K〟班に回る仕事ばかりを潰していたようだけど、〝K〟班は犯人捜しに駆り出されはしなかった。だから――」

「だから徹底的に妨害して、宇田川社を猫の手も借りたいくらいの状況に追い込んで、否応なしに清風ちゃんを犯人捜索に駆り出させるよう仕向けた……?」

 夢に出てくる声の言っていることと推測が、次々に合致していく。

 『誰か』に会いたい。

 その『誰か』とは〝K〟班に所属しているらしい。

 〈裏〉から追放された天神絶途では、少女と接触を図ることすら難しいだろう。だから五味空気という回復型の四鬼を使った。

 騒ぎを大きくし少女が姿を見せれば、そのまま大鎌の争奪戦。来ないのであれば、一旦五味空気を回収して次へと備えさせる。もし捕まったとしても記憶がないのだから、天神絶途の背負うリスクは少ない。正しく、使い捨てにはもってこいだ。

 俺の記憶がリセットされることを利用し、次々に人を殺させて、待つ。その繰り返し。

 会ってなにをするつもりかと思ったが、ようやく答えが見えた。

「天神絶途は俺に清風ちゃんを殺させて、俺と大鎌を回収したあと――俺を殺して、大鎌を手に入れるつもりだった……?」

 今度は俺が少女を見る番だった。

 記憶を失う前の俺が、こんないたいけな少女を殺す為に生きていたのかと思うと、心臓を握り潰されたような思いがした。

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