【語り部:闔�豕瑚「�遨コ豌�」】(5)――悪口の類じゃないのか、それ。
「さて、どうしたものかなあ」
狼女はそう言いながら、右のポケットからなにかを取り出す。その手には透明なビニールの小袋がふたつ握られていて、中にはそれぞれカード状のものが入っているようだった。
「さっきの現場の掃除が終わったんだけど、これだけ持ち主不明だったんだよね。殺人鬼くんのものだろうから、ちょっと話を聞こうと思って持ってきたんだけど」
それをそのまま少女に渡しつつ、狼女は問う。
「ちなみに、どこからどこまでの記憶が抜けてんの?」
「……あの路地裏で目が覚める前の記憶は、全くない」
「じゃあ、このポイントカードを作った経緯も聞けないわけか」
と、狼女は少女の手元に目をやる。
そのポイントカードを持っている少女はというと、眉に皺をよせ、なにやら思案顔だ。そうしてカードと俺とを見比べ、躊躇いがちに出た言葉は、
「……ごみ? くうき?」
という、なんとも失礼極まりない暴言であった。
いくら相手が業務妨害の最有力犯人候補であろうと、言って良いことと悪いことがある。
「あー違う違う。合ってるけど違う。ほら、もう片方見てみなって」
笑いを堪える狼女にそう促され、少女は真顔でもう一枚のカードを見た。
「いつつみ、えあ?」
「そうそう。たぶんそれが、殺人鬼くんの名前なんだと思うよ。ねえ殺人鬼くん、ちょっと紙に書いてみて。片仮名と漢字でね」
少女に紙とペンを用意させ、狼女はそう言った。
いつつみえあ。
イツツミエア。
「漢字でどう書くの?」
「さっき言った通り、『ごみ』と『くうき』」
「……」
訝しみつつ、片仮名と、当てはまりそうな漢字を書いていく。『ごみ』は……五味か? 『くうき』は、空気としか変換できない。
書き終わるや否や狼女はそれをひったくり、二枚のカードと照らし合わせた。
「……やっぱり同じ筆跡か」
ほら、と見せられたポイントカードと紙に書かれた文字は、確かに筆跡が一致していた。走り書きの汚い字だが、癖は完全に同一なそれである。適当にあてた漢字も、見事的中。
それがカードに書かれた名前だった。
「じゃあ当座の間、殺人鬼くんの呼び名は『五味空気』ってことで。情報屋にもこの名前で調べさせよう。詳しいことがわかるまで、殺人鬼くんの身元はウチ預かり。それ以外は明日だね」
狼女はとんとん拍子に段取りを決め、カードと紙を一緒くたにポケットに突っ込むと、くるりと身を翻す。
「はい、今日も一日ご苦労さまでしたー。さあて今日の夕飯はなににしよっかなー。清風はなにが良い?」
陽気な足取りで、さっさと歩いていく狼女。その声は一気に遠のいていく。
「あ、あのっ、俺のメシは……?」
「はあ? あるわけないじゃん」
「ですよねー……」
その背中に縋りつくように投げた問いは、見事ミンチになって返ってきた。
なんとなくわかってはいたが、やはりまともな食事なんて、ここに拘束されている限りは夢のまた夢か。
「……うん?」
絶望に打ちひしがれる俺へ向けられている視線に気がつき、顔を上げる。すると、少女と目が合った。
「あ、えっと……」
なにか言いたげに視線を泳がせる少女であったが、結局なにをするでも言うでもない。
「清風ぇー? なにしてんの、行くよー」
少し遠くからの狼女の呼び掛けに少女は、すぐ行きます、と短く返事をする。
そうしてほんの一瞬、俺に目だけで申し訳なさそうに謝り、制服のスカートをひらりとはためかせ、狼女の元へと小走りに駆けて行ったのであった。
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