東場第一局二巡目
豪放磊落。との形容に値する大きな朗らかさにおいてキヨは脱糞した。大猫は脱糞するキヨの瞳孔を真顔で見据えている。トボけているのか精査しているのだ。キヨは大猫と花藤に均等に目配せしながら丁寧に脱糞を終了した。
この麻雀に通しはない。あるとすれば身体的表出ではなく、言語的表現でしか不可能である。
大便の
ソラ ? この園児的文学的修辞において一同沈黙。キヨにテンパイ気配はなかったはずだ。だがこの文学的通しによって異様なモノが大便とともに濃密に香りたった。ここでイーシャンテンを騙るキヨはかなり危うい。オリジナルが提出されたことで賭けられているモノがちがうのだという気迫がキヨからほのかに香る。が、それもブラフであろうか。キヨ、シーソウ切り。
そういう圧か。そういうコトをする男だったのか。花藤は糞尿のにじむカーペットをながめてからキヨと天を仰いだ。
大便は特に問題ではなかった。こういう沙汰には慣れている。問題は大便ではなく、本質がドコにあるかということだ。
ありと見て手にはとられず見ればまたゆくへもしらず消えしかげろふ
源氏物語 蜻蛉
花藤は手中のハクをながめた。全てはただ移ろっていくのだ。この白い鏡面のように。抽象画のような物体は、偉大なあの文学作品を想起させる。かなりの危険牌だ。ここで自身が即興連弾として精液でも放出すればコイツラは満足するのか ? 早漏花藤には児戯に等しい
大猫が透明な鼻汁を両鼻孔より滴らせている。
そうきたか。
花藤、本日二度目の古典。これは完全に上家大猫に対する攻撃である。文学的高揚により大猫からなんらかの体液を絞りださんとした試みはある意味で成功した。
ハクは通る。大猫の鼻汁が保証した。
花藤、ハク切り。
O palmes ! diamant ! -Amour, force !
(おお 棕櫚よ! ダイヤモンドよ! 愛よ、力よ!)
アルチュール・ランボー『苦悩』
大猫は鼻汁を滴らせながら冷静に詠ったが、うろたえてもいた。最も警戒するべきキヨではなく、自身に執拗にからみついてくる下家花藤について。既に体液は零された。正当に正道で行くしかない。大猫は花藤の道徳に賭けた。
無論、Amour前に置かれた - については10万字は書ける。が、あえて黙す。
花藤は「ナニイッテンダコイツ」という顔で大猫を観察している。
その実、大猫には分かっていた。
名詞の連投、感情が極まると、ランボーは他の品詞を切り出し捨ててしまう。
私の訳文についても相当に疑義があるだろう。全ては計略済みである。
花藤の無言の顫動が伝わってきた。
成功。大猫は自身の白きマン毛ぬきとると、「
マン毛しろし と ひと問ふか
問はれなぐさみ ひと問ふか
大猫はここでもまた愛する「
もはや定型なのかという禁忌には大猫は触れたが、座の全員は納得した。さらに確実に花藤に打撃を与えた。その上、隠微に決定的であるのは彼女は既にダマテン。よってランボーでも吠えて紛れようだ。パーソウツモれば場は終わる。
ツモれない。
クッキーが焼けた大きく月が出た
茨城県 吉田 梓 32歳
タカハシが吟じた際、場にいたメンツはとうとう気がふれたかと思案。だがあらゆる文学的苦渋をなめつくしたタカハシのアタマがこの程度のことで弾けることなどない。となると隠喩か。じゃあなんの?
クッキーは焼けたのである。大きな月も出たのである。だからなんだ。両者の相似性か。タカハシ以外の三者は強靭な文学的アナライズを開始駆使したが、手がかりはない。アナライズ? anal-ize.
いや違う。糞尿といった導線はあったがタカハシはここまでひねた打ち筋をみせない。根っからの正直者なのだ。となると本当にどうでもよくなってしまったのか?
タカハシ、イーソウ切り。
海山に稼ぎ かなしき身のかなし
我にたくらん しももたくらん
大猫、ここでようやくオリジナルとともにチー。
難解である、と花藤は怯えた。この形式は内容ともに贈答ではない。花藤は贈答をゆるさない形式を故意に選んだが大猫は果敢に仕掛けてきた。
企んであろうか。托卵であろうか。言語の重層性が花藤を縦横に襲う。シモが企んでいるのであれば自分は大猫に男根をつっこめばよいのか。待て、と花藤ここで停止。大猫のタダの言葉遊びならどうする? 大猫の言語能力を侮ってはいけない。言語的皇帝として配下のメンツを閲兵睥睨しているのか。捨て牌は?
ローソウ。
オウンゴールかも知れないこの酷暑
茨城県 星子 恵巳 62歳
ここでまた鳴き。キヨであった。あくまで伊藤園にこだわることでナニカの一徹をみせようと苦闘したのか。しかし面前は崩れた。ここから這い上がるのは相当に厳しい。そうまでして謡いたかったか。だがオウンゴールとは? 文飾としては字余りもヘッタクレもないムチャクチャをやってしまっている。面前を崩す自殺点? 大猫にはわからなかった。自分の朗詠をメンツに鑑賞して頂く時間を害されたことでただただわき起こるキヨへの殺意の消化に忙しかった。タカハシは両手でキンタマを保護しつつ、キヨを観じていた。
キンタマの 永訣ならん かなしとて なにがさばかり ゆく
果ては
いつみきてとか さばかりの マンズかなしと さばかりの
変形長歌である。キヨの捨て牌に鳴いたタカハシ。
大猫から放射された液体がタカハシの顔面に直撃した。出元は明らかに鼠径部である。大猫はタカハシの実直さに感心した。無骨さにあやしくも実朝をおもった。「お前、どれだけマンズほしいんだ」と。「お前、マンズ切りながらなに詠ってんだ」と。単純な文飾ではこの分量の液体を大猫から射出することはできなかったろう。大猫はタカハシが試みた「意図的な拙さ」に感心したのである。五音で停止し意余って、言葉云々。しかしやはり意図は意図であり、その人為は鼠径部というバルカンをタカハシに向ける猶予を大猫に与えていた。
タカハシは無言で液体を浴びると大猫をみつめた。これは小便ではない。とするとウレションではなく潮? 大猫ついに吹いてしまったのかワンコ愛好家たるタカハシは特になんの感興もなくイーピン切り。
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