――せめて、高校時代に謳歌を――

つよし

第1話 忘却の果て

 雲一つもない晴天の空に一台の飛行機が尾から雲を作って、緩やかに通っていく。五月なのに汗ばむほどの気温、長閑で畑が目立つ永尾町に、昼間は通行している人が極力少ない場所。

 駅の方まで行くとタクシーが二台止まっている、ロータリーの奥に永尾駅という小ぢんまりとした駅がある。その近辺に永尾小学校、永尾中学校、そして永尾高等学校が並ぶように建ってある。

 他の地域からも通いやすいようにこの高校は作られた男女共学校である。かつてはこの辺に住宅街が盛んだったのだが、著しく人口の減少に伴い、いつしか農業が盛んになっていた。

 そんな静けさを漂わせていたこの場所だが、高等学校の音楽室の窓から楽器音が鳴り響いていた。それはこの場所の風景を乗せた音楽とは全く無縁の、エレキギターとドラム、そしてピアノが激しく弾く音が聞こえてくる。

 実際、四階の音楽室では三人の男子生徒が楽器を演奏しつつ歌っていた。

 ボーカルの森友知章は身長が低いが、目がクリッとしていて大きく、可愛い男子生徒に見える。髪を金髪に染め、第二ボタンまで開けてあるカッターシャツをズボンに入れずに、そのままシャツを出している。見かけとは裏腹に歌うと明らかに男性だとすぐに分かる。彼はエレキギターを肩にかけてぎこちなく演奏している。

 ピアノの井上拓也は背が高く丸メガネを掛けている。彼は、礼儀正しくシャツはズボンに入れているが、第二ボタンまで開けている。前髪をワックスで立ててキメている。髪の毛は染めていない。知的な印象だが、何か考えているのかが良く分からない人物でもある。

 そして、最後、ドラムの鳴尾恭一はセンター分けをした髪型に、パーマを掛けていて、暑いのか、カッターシャツのボタンを全て開けて中の、真ん中にプリントされている赤色のTシャツが丸出しだ。ズボンも改造していて、見るからに不良っぽく見える。

 三人とも高校二年生である。演奏の実力なのだが、残念なことにそれほどの物でもない。一番上手いのはダントツで子供の頃からドラムを演奏していた恭一だろうか。

 周りの生徒たちは二十人ほど見ている。ただ、この生徒たちは彼らのファンではなくて、ただ、ヒマだったから演奏を見に来ただけの人や、楽器を使いたいのに先に取られた生徒、昼から始める五限目が音楽の授業なので、早めに来ている生徒もいる。

 それを占拠しているのがこの三人だ。この三人は一年生の時軽音部に入り、それからバンドを組んだのだが、不定期に活動している上に、バンドに対してそれほど真剣に取り組んでいるわけではない。

 彼らはバンドのコピーを演奏していた。この休憩時間の日課のようなものだった。

 終わる間近に、恭一は何度もドラムのスティックを調子乗って回していた。だが、手つきがおかしくなってしまい、スティックを落としてしまった。

ドラムの演奏が聴こえなくなって、何事かと思い、二人とも演奏を中止して、恭一を見る。恭一は右手を自分の顔に持って行き、笑ながらゴメンというポーズを取った。そして慌ててスティックを取る。

「今日はここまでにするか!」恭一は立ち上がって、二人に向かって笑顔で言った。

「そうだな、もうすぐチャイムなるし……」ボーカル兼ギターの知章は後ろを振り返りながら、肩にかけていたギターのストラップを、頭をくぐって外して、ギターを壁に立てかけた。

聴いていた生徒たちからは拍手はなく、友達と別の談笑をしている。それもそのはず、この三人は無許可で勝手に演奏が始まるからだ。

 先生たちからも注意はされていたが、それでも止めることはなく、みんなを困らせていた。

「おい、お前ら拍手ないぞ。拍手!」恭一は自分で拍手をして、みんなに呼び掛けた。

 すると、面倒くさそうに、みんな徐にバラバラに拍手をしていた。

「あーあ、せっかくプロになるオレたちが演奏してやったのに……。サインもやんねえぞ」

 恭一はそう言って、ピアノを弾いていた拓也に親指を立てて、「良かったよ拓ちゃん。上手くなってるぜ」

「ありがと。お前に言われると嬉しいぜ」拓也は口角を上げ、恭一の肩を叩いた。

 恭一はその後、教室のドア付近に立っていた、女子高生二人のうちの一人、増谷香織に感想を求めた。

「どうだった? オレの演奏」

 恭一は目を輝かせて、香織の後ろに回り、肩を揉んでいる。

「え、あ、えっと……」女性にしては、恭一と背丈は一緒で、身長は高くモデル体型ではあるが、彼女は少しだけ腹が膨らんでいたことも気にしていた。

 恭一は大人しい香織に対して、彼女の腹部を触った。「おっと、最近ちょっと痩せて来たんじゃない。横がくびれてるんじゃん」

 あちこち彼女に触っている恭一だったが、隣にいたもう一人の女子高生、荻野葵が恭一の行動に許せなくなり、思い切り腹部を蹴った。

「うっ」

 恭一は思わず倒れた。「いてえ、何も靴を履いたまま蹴るのは良くないぜ」

「そう、良くないわよ。友達が嫌がってるのに見過ごすわけにはいかないでしょ。このセクハラ野郎!」葵は腕を組んで、恭一を見下して吐き捨てた。

「ったく」と、恭一はしかめっ面をしながら衝撃を打った腹部を右手で抑えながら、左手で尻を抑えて徐に立ち上がった。しかし、彼はパッと血相を変えた。

「もう、葵ちゃんも香織ちゃんに嫉妬してるんだったらそう言ったらいいじゃん。オレは葵ちゃんの発育中のおっぱいも見逃してないからね」

 と笑いながら、右人差し指で葵の腕を組んでいたその上から、彼女の胸をツンツンと触っていた。

「あー、気持ち悪いんですけど」

 うろたえた葵はまた、恭一の今度は局部に向けて蹴りを入れた。

「うっ」

 恭一は、今度は自分の局部を両手で押さえながら倒れ込んだ。他の生徒たちはその一部始終を見ていた。

 葵は恥ずかしくなって、香織の腕を引っ張って「行こう」と、強引に廊下を出た。

「大丈夫かな。鳴尾君……」香織は不安そうにあかねに言う。

「さあ、大丈夫なんじゃない。こっちは被害者なんだから、別に心配することないよ」葵は速足で廊下を歩いていく。

 葵は下唇を噛み、焦燥感でいっぱいだった。

 ……あんなキモい常習犯は悶え苦しんだらいいのよ。

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