第47話 変な村と、猫人『ニア』くん
空が朱に染まる時間帯に宿を出て、村を散策し始めた僕は、できる限り肩を窄めて、声を発さないようにしていた。
何故僕が『目立たないように行動』をしているのか——というのには理由がある。
僕なりの『目立たない』ようにしている行動は、逆に周りから浮いて悪目立ちをしてしまっているわけなのだが、そんな状況でも僕が挙動不審気に『怪しい行動』をしている理由は、僕とすれ違う村人全員が、僕が近くを歩いて通る時に『グルン』と急に首を回転させて『キッ!』と半端じゃない目力で睨んでくるからだ。
しかも皆、同じように目の奥に『怯え』を滲ませている。
正直、メチャクチャ・・・・・・怖い。
「一体、僕が何をしたんですか⁉︎ 許してくれーっ!」って叫び出したい気分になってしまうくらい怖いのだ。
これが話に聞く『村八分』というやつなのか——と、的外れな考えを巡らせていた僕は小高い丘まで歩いて行き、そこから村全体を見渡した。
山間にある村は全体的に小ぢんまりとしており、僕と御者以外に他所から来た人間はいないような感じがする。
というか、御者は「ここで生まれ育った」って言っていたから、実質この村を『ウロウロ』している余所者は僕一人なわけなのだが・・・・・・。
村人達の『僕を見る反応』を考えるに、この村には他所から来る人が他の村よりも極端に少ないのではないだろうか?
他所の村に対して、こう言うのは悪いかもしれないけど、村の立地の影響で『閉塞的』になり過ぎているが故に、他所の人間に対する『コミュニケーション能力』が十分に身に付けられていないというか、拙いというか、慣れていないというか——何というか。
うん。この村の人達は『人に慣れていない』って言った方が正しいような気がするな。
何故かは分からないけれど、身内以外の人間——僕に対して『怯えの感情』を目の奥で見え隠れさせていた理由の答えはそれなのではないだろうか?
「んんー・・・・・・?」
でも、僕をここまで乗せてきてくれた御者は僕と普通に会話ができていたし、彼はこの村特有の『空気』の事とかは何も言っていなかったんだよなぁ。
そりゃあ御者は菊の町の所で人運びをしている人なわけだし、乗客との会話や接客は慣れているのだろうけど、こういう排他的とも取れる感じの村なら「気を付けてな」くらい言ってほしかったな。
「・・・・・・帰るか」
僕は一頻り村を見渡した後、丘から駆け降りて借りた宿へと向かった。
すると——村の真ん中辺りを歩いている途中に、背後から子供のような高い声音で「ね、ねえ・・・・・・お兄ちゃん」と、いきなり声を掛けられた。
予想だにしていなかった『まさかの声掛け』に、ビクッと肩を跳ねさせた僕は緊張した面持ちで、ゆっくりと後ろを振り向く。
「えっと、あの・・・・・・」
僕の背後にいたのは、猫のような『耳と尾』を身体から生やした、黒髪黒目で目鼻立ちの整った・・・・・・少女? がいた。
美少女と言えるだろう容姿の整った彼女は僕に何か言いたげな様子なのだが、何か『言いづらい』ことなのか、口を開けたり閉じたりを繰り返し、僕を下目遣いで見ながらモジモジしている。
僕は何か言いたげな様子の彼女からの言葉を目を合わせながら待っていると、彼女は意を決したように瞼をグッと閉じて、僕に言った。
「ボクが住んでるこの村が、悪い『魔族』に乗っ取られちゃうかもしれないんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「ぼ、ボクは『ニア』。えっと、お兄ちゃんは・・・・・・?」
これまた予想だにしていなかった衝撃的すぎる冗談を言われて僕が硬直していると、ニアと名乗った少女が僕の名を問うてきた。
突然のことに頭を真っ白にしていた僕は、何とか深呼吸を行い、頭の中に充満していた深い霧を吐き出した。
そして、名乗る。
「えっと、僕はソラ。ニア、ちゃん——だよね? 魔族に村が乗っ取られるって一体どういうことなのかな?」
「ぼ、ボク『男』だよ? えっと、村の近くで魔族を見たんだ!」
「え・・・・・・?」
ニア『くん』が男の子だと聞いて三度目の衝撃を受けていた僕は「ど、どういうこと?」と、ニアくんから「村の近くで魔族を見た」という言葉の詳細を聞いた。
緊張しているのか、額に汗を滲ませながら挙動不審気に視線を『キョロキョロ』と動かしていたニアくんが言うには、村の近くの森で見た魔族は童話に出てくる『人を食べて、その人に化ける』という特性を持った魔族にソックリだったのだそうだ。
何でも、その魔族の姿は『イカ人間』と言えるらしい。
人に化ける『イカ魔族』が出る童話って何なんだ? と気になりつつも、僕は真剣な目で話をしていた彼に「何故、余所者の僕にそんな話をしたのか」と疑問に思っていたことを問うと、彼は村人達には何度も「童話に出てくる魔族がいた」と言っていたそうなのだが、その話をする度に馬鹿にしたように笑われて、全く信じてくれなかったらしい。
そんな『誰も信じてくれず、誰も力になってくれない』絶望的な状況なのだと、真剣な眼差しで『ニアくん』から告げられた僕は「う、うーん・・・・・・」と悩まし気に腕を組んだ。
正直な話『人に化ける魔族』がこの世界にいるというのが信じられないというか——何とも言えないんだよな。
僕が今まで見てきた、戦ってきた魔獣なんかは『野生的な本能』は持ち得ていたように感じたけれど、そこまで知能が高いようには思えなかった。
それこそ普通の『野生動物』のような感じだったと言える。
エリオラさん達が言っていた『魔人』っていう魔族のことはよく分かっていないけど、魔人は「人間と遜色ないから見分けがつかない」って、リップさんが言っていたから、ニアくんの言う『人形のイカ魔族』は、魔人とは違うってことで合っていると思う。
そもそも、そのイカ魔族が『人間に化けて』一体どうするというのか。
仮に人間に化けて出ても「うがああああああ‼︎」って襲い掛かってくれば、一発で偽物と分かってしまうだろう。
側だけ取り繕っても、結局『中身は魔族』じゃないか。
童話に出てくる魔族って言っていたし、誇張創作された架空の魔族っていう可能性が高いのではないだろうか?
——という僕の考えを読み取ってしまったのか、ニアくんは諦めたような暗い顔で俯いてしまった。
そんな、絶望したように影を身に纏う、幼き猫の獣人の少年を見た僕は、眉尻を下げて俯くニアくんの肩を叩く。
「その、イカ魔族を僕に探してほしいってことだよね?」
「う、うん・・・・・・!」
希望の光を見出したかのように顔を上げたニアくんを正面から見た僕は、二十日前に別れた『友』のことを思い出していた。
トウキ君はエナを助けるためだけに、自分の目的を放置してまで僕達に尽力してくれていた。
心の内で燃え盛っていただろう恨みを、その優しさと力強さで抑え込んでいた彼は、僕が一番理想にしている人だ。
僕は、そんな『カッコいい友』のようになりたいのだ。
「僕は全然弱っちいけど、全力で頑張ってみるよ」
「・・・・・・ありがとう、お兄ちゃん!」
僕は曇り空のような表情をしていたニアくんの晴れた笑みを見て、心の底から嬉しくなった。
これが、僕とニアくんとの『出会い』だった。
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