第46話 火巫女の平原と『謎の警戒心』

 トウキ君と別れた後、真夜中まで町の北側へと歩いて移動し、そのまま見つけた宿屋で一泊することにした。

 借りた部屋は広い相部屋ではなく、窮屈な一人部屋だ。

 僕はハザマの国に来てから初めて『一人ぼっち』になってしまったような気がする。 

 この国に足を踏み入れてから、マルさんやエナ、ドッカリにトウキ君と寝食を共にしていたから、何と言うか『とうとう一人になってしまったな』という漠然とした寂しさを感じてしまっている。

 僕が借りた部屋は一人部屋だから当然のように狭いんだけど、周りに誰も居ないせいで——誰の声も聞こえないせいで、どこまでも『広い空間』のような気がしてならない。

 誰かと話をしたい気持ちにもなって、このまま眠らずに外を散歩しようかとも思った。 

 

 けど、我慢した。

 

 フカフカの枕で頭を包み、見知らぬ天井から視線を切る。

 横を向いた僕は夜の闇に満ちる部屋の隅を——何も無い場所を——ただ、じっと見つめた。

 無音が響く部屋に一人で居る僕は、まるで僕一人だけが世界から切り離されてしまったかのような、孤独感故の不安に襲われた。

 村を旅立った時にも、エリオラさん達と別れた時にも、薄らと胸の内に広がっていた無視できない『孤独感』が、色んな人達と『出会いと別れ』を繰り返す度に大きく膨らんでいっている。

 

 いや『膨らんでいっている』というのは間違いだな。

 この孤独感は『母さんが帰ってこなくなった』日に、僕の心の中で生まれたものだ。

 寂しくて寂しくて寂しくて——だから必死に蓋をして、心の奥底に押さえ込んだ気持ちだ。

 それが、度重なる『出会いと別れ』を経て、僕が用意した蓋をこじ開けて顔を覗かせているのだろう。 

 

「・・・・・・・・・・・・」


 僕は部屋の隅に溜まる闇から視線を切り、再び何も無い、見知らぬ天井を見上げた。 

「すぅー・・・・・・はぁー」ゆっくりと深く息を吸い——吐く。

 胸の内に蟠る孤独感を『グッ』と肺と心臓で抑えながら、目を瞑って眠りに落ちた——そして夜が明けた。


 日が登り切る前の早朝に目を覚まし。宿で刻が過ぎるのを待つことなく、走って町の北大門から町を出て、門の外——壁外で『客待ちの準備』をしていた馬車群の内の一台に話し掛けた。


「北の関所までお願いできますか?」

「お? 早いねーお客さん。関所から少し遠いんだが、その山村までならいいよ」

「ここから、どれくらいかかりますかね?」

「あ〜、その山村までなら、ざっと『二十日』くらいだね」


 二十日か・・・・・・菊の町に来ようとした時と同じくらいか。

 運賃は大体四、五千ルーレンくらいになりそうだな。 

 ま、ギルドの依頼報酬のおかげでしばらくの間は路銀の心配は必要ないし、ここは『パァー』っといこう。

 

「じゃあ、その『山村』までお願いします」

「はいよ、二十日で四千ルーレンね。他の客が来るまで待っててくれな」  

「分かりました」


 ふっ、たった四千ルーレンか——全然、余裕じゃないな。

 余裕振ろうと思ったけど、普通に手痛い出費じゃないか。

 だがしかし。

 僕が母さん探しの旅を続けていくのなら、こういう出費は母さんが見つかるまで『半永久的』に払っていかねばならないものだろう。

 僕は誰も見ていないところで『うんうん』と勝手に納得し、御者に四千ルーレンを支払った。

 誰も居ない広めな荷台に座った僕は、御者の言う通りに僕以外の客が馬車に乗るのを待つ。

 

 それから三時間ほどが経ち、僕の他に四人の乗客と、魔獣対策の護衛冒険者を二人を乗せ、馬車は菊の町から出発した。 

 僕が目指すのは北にある、歌の国『オルカストラ』との国境線を守る『関所』だ。


          * * *


 ガタガタと馬車が揺れ動き、北へ北へと進んでいく。

 僕達を乗せた馬車が走る道の左右には米作をする田畑が視界一面に広がっており、その田畑を耕す馬鍬を引く黒毛牛と道で何度もすれ違った。

 荷車や鍬を『モーモー』と文句も言わずに引く牛達をぼーっと見ながら、この国は馬車より牛車の方が多いのかなぁ——と思ったり。

 

 そんな感じで流れていく景色を眺めていた僕は、視線を馬車の荷台に動かした。 


 僕以外の乗客は、護衛ではなく乗客として馬車に乗った武装した冒険者らしき男性が一人と、先の彼とは知人ではなさそうな武装した女性が二人。 

 それに浮浪者っぽい男性が一人と、馬車の御者台と荷台の最後尾に乗っているのが護衛として雇われた冒険者の男女——僕と御者を含めて計七人だ。

 そんな彼等彼女等は誰一人として一言も喋ることなく、ただただ時間だけが過ぎていった。 

 

 途中で馬を一度休ませつつ、それから三時間ほど馬車を走らせていると、僕の視界の先には新緑の山に囲まれているこの国では珍しい『大平原』が広がっていた。

 

「お客さん方! あの平原の真ん中には彼の『火巫女の伝説』に出てくる『火巫女の墓標』が建っているんだぜ?」

「えっ——火巫女⁉︎ こ、ここにですか⁉︎」 

「おうとも!」


 《火巫女の伝説》

 火神の巫女である火国の姫君が、その身に授けられた火神の力を使って空に開いた穴を閉ざしに行く。

 しかし、火神を身に宿した姫君の力を持ってしても、空に開いた穴を閉ざすことができず、空の穴に呑み込まれた姫君は、その若い生涯を終えた——と言う話だ。

 

 加護のことを知った今この昔話を思い出してみると、火神の巫女である『火国の姫君』は、話を推測するに『火の加護』を持っていたということなのだろう。

 そんな火神の力を持った彼女であっても『空の穴』を閉ざすことが出来なかったと考えると、その『空の穴』の異常さが窺える。

 

「可哀想にな。若いっていう話なのに、死んじまってさ」


 そう眉尻を下げて言う御者に、僕は話しかける。

 

「ここに『火巫女の墓標』が建っているってことは、ちょうど僕達がいる真上の空に『穴が開いていた』ってことになるんですかね?」

「そうなんじゃねえかなぁ? 今見ても空に穴なんか無いけどな」

  

 ここが、僕は幼少の時から読んでいた絵本に描かれていた『彼の伝説の地』なのかと感慨深く思いながら、ふと空を見上げた。

 ちょうど僕の真上にある空が伝説の姫君を呑み込んだ穴の開いていた場所なのかと思い、妙な不安を胸の内で波紋させながら、僕は平原に吹く風を肌で感じた。

 

          * * *


 そんなこんなで僕は約二十日間の移動を続け、ハザマの国の北の山間にある、小さな山村に到着した。

 なんでも、ここは僕を乗せてきてくれた御者の生まれ故郷らしく、久々に村の人達に顔を出したかったのだそうだ。

 そんな彼は「悪いな兄ちゃん」と言って、僕が支払った運賃を少額だが返金してくれた。

 五百ルーレンも返金されてしまった僕は「気にしないで下さい!」と言って返金された運賃を御者に返そうとしたが、そんな僕を見た彼は「いやいや! 兄ちゃんみたいな善人から、そんな金は受け取れねえ! 俺のためを思って、それは受け取ってくれよ」と熱く説得されてしまう。

 そんな彼の熱意に押し負けた僕は「分かりました」と言って、ありがたく返金分を受け取った。 

 その後、僕は馬車の荷台から「よっ!」と言って飛び降り、北の山村の地面を踏み締めた。 

 そして両腕をググッと広げ、深く息を吸って——吐く。


「・・・・・・・・・・・・んん?」 


 山間の澄んだ空気を感じ取るように深呼吸をした僕は、村に漂っている『濁り淀んだ空気』を敏感に感じ取り、怪訝に思う表情で首を傾げた。  

 

 山村なのに『空気が悪い』ような感じがするな。

 

 この村は風通しが悪い場所にあるのかな——と疑問に思っていると、僕をここまで連れてきてくれた御者が「おーい! 宿まで案内するよ!」と声を大にして言ってきた。

 そんな彼に「ありがとうございます!」と返事をし、僕に向かって手を振っていた彼のもとまで走って向かう。

 

「俺の実家には妹夫婦が暮らしているから、俺は帰郷しても宿に泊まんなきゃいけねえんだよなぁ」と、愚痴を溢す彼がする話を聞くに、この村から関所までは少し距離があるが、距離が遠過ぎるってわけでもないそうだ。

 その話を聞いた僕は、今日ここで一泊してから徒歩で関所まで向かうことに決めた。

 

 道中ずーっと話をしていた御者に案内されて到着した村の宿屋は、宿にしては随分と小ぢんまりとした外観をしており、内装は外観通りで部屋数はメチャクチャ少なく、僕と御者が借りた部屋を含めて貸し部屋は三つしかなかった。

 もし他の客が居たら野宿だったなぁ——と思い、僕は宿に泊まれたことに安心して胸を撫で下ろしたのだが。

 この宿屋の女将と娘さんは、僕が宿のカウンターで部屋代を支払った時や部屋の鍵を受け取った時に『ギッ!』とした半端じゃない目力で『睨んで』きたから、今でも心臓がバクバクと暴れている。

 彼女等の目の奥には妙な『怯え』の感情があった気がしたし、もしかしたらここは余所者に対して『当たりがキツイ』村なのかも——と失礼ながらも疑ってしまう。

 

 あ——もしかして僕が腰に差していた『鏡面剣』に怯えていたのだろうか? 

 これは立派な武器だし、それに怯えていたなら納得だな。 

 いやでも、村唯一だと言うこの宿屋には『冒険者』がよく泊まりに来るんじゃないのだろうか?

 そんな彼等彼女等は例外なく武装していると思うし、だから一々『武器』に怯える必要は——無い気がするんだけどなぁ。

 もしかして、あれか? 

 なんか辛い過去がある的な・・・・・・。

 もしそれなら、彼女達を脅かさないように隠し気味に持ち歩かないといけなそうだ。

 よく分かんないけど、彼女達を『怯え』させてしまっているのなら、原因になっているのだろう僕の方が気をつけなきゃいけないのだろう。      

 

 そんなことを考えながら、僕は彼女達を怯えさせぬように『鏡面剣』を部屋に置いて、村を散策するために部屋から出る。

 武装を解いて『安全だよ!』と、露骨にアピールする僕が「行ってきます!」と和かに笑いながら言う。

 そんな僕を、床を雑巾掛けをしていた女将達は相変わらず『ギッ!』とした目力を睨んできて、その目の奥には怯えの感情を覗かせていた。

 無言の時が流れるフロントで冷や汗を流していた僕は「それじゃあ・・・・・・」と言って、そそくさと宿を出る。

 

 女将達は結局、僕の言葉に返事をしてくれなかった——

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