第20話 キョエエエエエ!?(剣を振る)

 泣き終わった少女から話を聞くと、祖父が死んでから売っている武器がすぐに壊れると噂が流れ始め、武器が売れなくなって生活が困窮。

 父の知り合いの人にお金を借りて、何とか生活をしていたが、借金が結構な額まで積み重なってから、急に金を返せと言われてしまい、生活するので手一杯の親子に返せる筈もなく、父は言われるがまま何処かへ連れて行かれて帰ってこない。


 う、うーん。聞けば聞くほど、僕に何が出来るんだ——と思う。

 お金を工面してあげられないし、そもそも何処に連れて行かれたんだ?

 行き先が分からないと、連れて帰ってくる事はできないわけで。

 そういえば夜に家の扉を壊そうとする人がいるって言ってたな。

 その人に話を聞けば分かりそうだけど、そんな危ない人の前に行くの怖すぎるぞ。

 いや、でも、やるしかないのか? やるしかないだろ!

 

「えっと、あ、お名前は?」

「マ……マイマイ」


 マイマイって、この店と同じ名前だな。

 

「マイマイちゃん、夜に人が来るんでしょ? 僕がその人と、お話ししてみるね」


 マイマイちゃんは、ゆっくりと頷く。


「ちょっと、荷物を取りに戻るから、待っててね」

「うん……」

 

 僕は一旦家を出て、宿にある荷物を回収しに向かった。


          * * *


「よしっ。行くか!」


 荷物を背負い、いざ出陣である。

 意気込みながら借りていた部屋を出ると、声を掛けられた。

  

「おやや、ソラくん、何処に行くんですか?」


 声を掛けてきたのは、僕をここまで連れて来てくれた、花売りのマルムットさん。

 不思議そうな顔をする彼に、僕は覚悟を決めた目で答える。


「男の戦い、です」

「——えぇっ⁉︎ も、もうそんな歳なんですねぇ⁉︎」

 

 ん? 何か勘違いしてないか?

 

「お母さんを探しの旅をしているそうですけどぉ、まあ男ですもんねぇ。避妊は——」


 はっ⁉︎ 何言ってんだ、この人!


「違いますよっ⁉︎」

「ま、まあまあ」

「だから、違うんですって!」


 かくかくしかじかで——と弁明を行い、誤解を解く。

 最初は疑いの目を向けていたマルムットさんは話を聞くと、だんだんと涙目になっていった。

 

「そう、だったんですねぇっ……」

「はいっ……」

「分かりました、私も出来るだけお手伝いしましょう!」

「え、良いんですかっ⁉︎」

「ええ。ここで見捨てたら畜生になってしまいますかねぇ!」


 マルムットさん! やっぱり、すごく良い人だ。

 大人の人がついて来てくれるのは、とても心強い。

 マイマイちゃんも、これで少しは安心してくれるはずだ。

            

 僕とマルムットさんは、荷をまとめて宿を出る。   

 二人は急いでマイマイちゃんの所へ向かった。

  

         * * *

 

「誰?」

「どうも、マルムットです」

「この人も協力してくれるって。頼もしいよね!」

「……ふーん」 


 反応が薄い。警戒されているのかもしれないな。


「で、さっき説明した通りなんですが。夜に来る人から話を聞いて、マイマイちゃんのお父さんの居場所を聞く。って作戦なんですが、どうしましょうか?」

「うーん。怖さはありますが、それしかなさそうなんですかねぇ。町の人は何か知らないんでしょうかねぇ?」

「助けは求めたそうなんですけど、厄介事と思われたのか、相手にされなかったそうです。多分知らなそうですよね」

「なるほどぉ……」


 僕とマルムットさんはお互いに考えを出し合い、結果的に夜に来る不審者と話す事になった。

 

 僕はその時が来るまで、家の中で待機。マルムットさんは外で様子を伺うらしい。

 僕はもしもの時用に、マイマイちゃんから許可を取って、店にあった短剣を一本拝借した。値札を見ると一本、六千ルーレン。壊せないなと思いつつ、腰に差しておく。


 

 皆が寝静まった——深夜二時。

 マイマイちゃんはもう寝てしまったが、僕は自分を抓りながら何とか起きていた。

 冷めてしまった白湯を飲み、その時を待つ。

 扉を叩いた時に誰か分かるように、合言葉を用意しておいた。

 ノックを三回し、鶏の真似をする……。これをしなかったら部外者ってことだ。

 

「お……?」


 コツ、コツと足音が聞こえる……。

 僕は固唾を飲み、その足音に集中する。 

 コツ、コツという足音は、この店の前で止まった。

 

 来た!

 

 扉の前で構えていると、ドンッ、と扉が蹴られた。

 それに僕は抜剣し、ゆっくりと扉を開ける——


「誰、ですか……?」


 扉を開けた瞬間、迫って来たのは——拳だった。

 僕は膝を畳み、その拳打を回避する。

 

「——っ! マルさんっ!」

「はいぃっ!」 


 明かりを灯し、こちらに向けるマルさん(マルムット)

 僕の目に映し出されたのは、皮の胸当てを着けた巨漢。

 男は避けた僕を見て、目を見開いていた。

 

「誰だっ、テメエ⁉︎」

「アンタが誰だよ!」

 

 誰だは、こっちのセリフだろ!

 

 扉の前から退いたのは、スキンヘッドの筋骨隆々の男。 見た感じ、一般人じゃない。もしかして冒険者か?

 

 僕は男が逃げても追いかけられるように、男と一定の距離を保つ。

 マルさんは僕がよく見えるよう、馬車に取り付けられていた照明の魔導具を男に向けており、そのおかげで僕は男の顔を見て取れた。  

 男は、抜剣した僕に怯えた顔を向け、僕の方は男のガタイにビビっている。

 

 お互いに膠着状態が続き、それを破ったのはマルさん。

 

「誰でなんですかねェェッ! こんな時間ニィぃぃっ!」


 か、金切り声で威嚇するマルさんに、男は驚いたように肩を震わせた。 

 

「お、俺は違うっ⁉︎」

「どういう意味だ!」


 男の意味不明な言い訳に、僕はツッコむ。

 男は、どうやら話し合いをしようとしているようだ。僕も荒い事はしたくない。

 怪我をしたくない男と、させたくない僕。利害の一致だ。

 男に乗り、僕が話を聞こうとした、その時——


「キョエエエエエエエエエエエエエエエッッッ⁉︎」


「「えっ⁉︎」」


 狂乱したマルさんが、持っていた照明で男を殴った。

 ドゴっと音が鳴り、町に奇声が響き渡る。


「グエッ——……」

「うわあああああああああああああああああ⁉︎」


 照明で頭を強打された男は、白目を剥いて倒れた。

 あまりの衝撃的な出来事に、僕は尻餅をつく。


「ヒャハハア、ヤりましたヨォーッ⁉︎」

 

 肩で息をするマルさんは、まるで——

 まるで、男を殺した殺人犯のようだった——……


 * * *


「よいしょ……と」


 倒れた男を縛り、水を絞った布を頭に当てる

 男の後頭部には、大きなタンコブができていた。


「キキッ、こんな男を介抱する必要なんてあるのですかねぇ。少女に危害を加えようとした極悪人ですヨォッ」  

 

 男を睨みながら、そんなことを言うマルさん。

 この男が危ない人なのは確かだが、何だかんだで一番危ないのは彼なのでは? と思う。多分だけど僕がマルさんを止めてなかったら、この人をヤっていたんじゃなかろうか? 恐ろしい……。 

 僕は、ヤバい人を仲間にしてしまったかもしれない。

 マルさんが人殺しにならないよう、細心の注意を払わないといけなそうだ。

   

「ま、まずは話を聞きましょうっ!」

「そうですかねぇ……」


 不服そうだな。目を話した隙に、何て事にならないよね? 

 一抹の不安を抱えながら、男が起きるのを待つ。


「う、ぅ……う」

「あ、起きましたね」

「キュオオオオオオオオオオ……」

「気合を入れないでください!」


 気絶させてから四十分程が経ち、男の意識が回復した。 男は頭が痛む素振りをし、状況の確認のため、辺りを見回す。

 男は目の前で殺意の波動を放つマルさんに気付き、その顔を真っ青にした。

 まるで言い訳をするように、男は言葉を捲し立てる。


「ち、違うんだ! 俺はただ、ガキを脅してこいって言われてただけなんだよ! 家にはガキしか居ないって言われてたのに、お前が出て来たから、物取りかと思って」


 男は起きて早々、僕達に言い訳を始めた。正直、信用できない。 


「キ、キキッ」

「ひぃいいいいいいいいいいいいいい⁉︎」

「マルさん落ち着いて!」


 指をパキパキ鳴らすマルさんに、男は悲鳴を上げた。ガリガリのマルさんに怯える、屈強な男。こういう状況じゃなかったら笑っているところだろう。

 笑えない、状況でなければね……。


「名前は何て言うんですか?」

「あ、ああ?」

「キキッキキ」

「おおおおお俺は、ド、ドッカリです!」

「ドドッカリィ?」

「ドッカリ。だと思いますよ、マルさん」

「なるほどぉねぇ」

  

 マルさん、睨みが凄いな。男がビビってるよ。横にいる僕もビビるわ。

  

「詳しく話してもらえますか?」

「い、言えない……」

「ハァアアアアアアアアアアアアアア‼︎」

「マルさんっ⁉︎ 早まるなァ!」

「ウアタァッッッ‼︎」

「ギャアアアアアアアアアア⁉︎」


 鬼の形相で放たれた正拳突きはドッカリの鼻先に、ちょんと当たり、それだけで彼の意識は刈り取られた。

 

「もおおおおおおおおおおおおおお‼︎」


 マルさんが居たら話が進まなそうだったので、何とか説得して外の見張りをしてもらった。今、店内にいるのは僕と気絶した男の二人だけ。

 マイマイちゃんは二階にいるけど、まあ大丈夫だろう。

 もう、ドッカリには逃げ出す気力は残ってないと思うし。

 もしもの時は僕が……怖っ。


 ドッカリが起きるのを待ち——二十分。目覚めた彼に僕は話しかけた。


「で、本当のことを話してください」

「いやいや、さっき言ったことが本当なんだって!」

「ええ? 信じられません」

「本当なんだって、俺はクレジーナ様に頼まれただけなんだよ! 信じてくれっ⁉︎ 殺さないでぇ……!」  


 クレジーナ? その人が、お父さん行方不明事件の元凶なのか? 

 

「クレジーナって、誰ですか?」

「し、知らねーのかよ、この辺じゃ有名だぞっ」 

「マル——」

「待て待て待て! 言うから、勘弁してくれヨォ!」


 ドッカリから、クレジーナという人物の話を聞く。

 何でも、彼女はハザマの国にある金鉱山の持ち主らしい。

 金採掘で財を成した一族の跡取り娘——『クレジーナ・ゴルゴン』。

 その人から依頼を受け、ここに夜な夜な来て金銭を受け取っていたとか。

 この話を聞いてたら、マルさん暴れていただろうな。

 だから喋りたくなかったのか、納得だ。


「で、ここのお店の人、知ってますか?」

「ああ、バケット——だったっけ?」


 バケット、って言うのか。そういえば名前は言ってなかったな、マイマイちゃん。


「バケットさんは、今どこにいますか?」

「あぁっと、借金して連れてかれたんだろ? だったら、金山に居そうだけどなぁ」


 回答があやふやだな。もしかして隠してるのか? 


「知らないんですか?」

「俺にも、分からん」

「何で、家の扉を蹴る依頼を受けてたんですか? 小さい女の子を怖がらせて、食べるご飯って味しますか?」

「悪かったヨォ! 俺、臆病でっ魔獣狩りとかできないからさ、冒険者としてやってけなくて、仕方なく……!」 

「だから、なに?」

「…………すみませんでしたぁ」

「それは僕に言うべきじゃないですね。起きてきたら彼女に直接言ってください」

「はぃ」


 涙するドッカリに温かい白湯を飲ませ、一夜が明けた。

       

          * * *

          

「スミマセンデシタァッ‼︎」

「……ふーん」

「腹切レェイッ⁉︎」

「まあまあまあまあ」


 朝、起きてきたマイマイちゃんに、ドッカリは勢いよく五体投地した。

 彼女の反応は薄く、マルさんに至っては自死を促している始末。

 僕は二人に、お父さん救出作戦にドッカリを加える旨の話をした。

 マルさんは反対したが、人手は多い方が良いと何とか説得できた。

 ドッカリに拒否権は無い、強制参加だ。

 彼には身を粉にして、できる限り力になってもらおう。

 これで男三人、マイマイ父さん救出隊の結成だ! 


「これからどうするか、みんなで考えましょう」

「ドドッカリ! 何か喋りなさいっ!」

「お、俺ぇ……?」

 

 僕達は三人で作戦会議をし、お父さんがいる可能性のある「ゴルゴン金山」に向かうことになった。

 

 結果的に、ゴルゴン金山にはマイマイちゃんも同行することになってしまった。

 彼女曰く、三人ともお父さんをよく知らないから見つけられないかも、ということらしい。

 確かに、と納得してしまった僕達は彼女を止められなかったという訳だ。

 今日は救出の準備をするために使い、明日の早朝にゴルゴン金山へ出発する段取りで、救出隊は一時解散した。


 ドッカリを信用してないマルさんは、彼の腰に縄を結びつけて、一日中監視するらしい。可哀想に——いや、仕方ないか。

 依頼を受けたのはドッカリだから、自己責任だよね。


 僕は短剣を使い慣れておくため、町の外にある森に移動した。

 斧と包丁以外、使い方がよく分からないからな。

 爺ちゃんのナイフも使い方を間違えたから壊れたのかもしれないし、剣を使い慣れておくのは、これから先必要になると思う。

 

 とりあえず、素振りだ! 僕は日が暮れるまで、短剣を振り続けた。

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