第38話 繋がる世界

 街中と地下牢、二箇所にて攻撃を受けた王都カピターレ。

 この国を統治する人間の王は、選択を迫られていた。


 


「——陛下! 偵察隊より報告が!」

 



 重厚な扉を押しのけ、一人の男が息を切らして入ってきた。王宮の最奥、国王の玉座の前にて、彼は肩を上下させながら息を整える。


 鎮座する国王エヴァンジェリスタの頬に、一筋の汗が伝った。



「落ち着いて答えなさい。何事かね?」


「それが……憲兵隊の管轄する地下牢にて、魔族による襲撃があったとのことで……! 目撃情報によれば、侵入者は〈十三魁厄〉のエストリエだと……!」


「! 地下牢への襲撃か……戦況は?」


「いえ、詳しくはまだ……。ただ、迎撃にあたった憲兵数名が死傷したとの報告がきています! あの地下牢には魔族の捕虜が留置されておりますので、おそらくはその奪還が目的かと……!」


「……」



 国王は肘掛けに腕を置き、瞼を閉じる。

 眉間には深い皺が刻まれており、その表情はいつになく厳しいものになっていた。突如として停戦協定を破った魔族側に対し、彼は今、早急な決断を迫られている。



(魔王ルシフェルが死んだ今……魔族側に彼らの暴挙を止められる者はいない。話し合いに応じる意思がない以上、開戦に踏み切る他ないのだろうか……)



 五年続いた、仮初の平和。

 それはもはや、破られたも同然であった。



(ルシフェル、君とはよい対話ができると信じていたのだが……無念だな)



 かつて停戦に応じてくれた魔王の姿を想起し、彼は改めてその死を悼んだ。魔族としては異質といえるほどの人徳を持っていた彼の死は、歯止めの効かない争いの始まりを意味している。


 

「陛下、迎撃のみでの対応はこれ以上は……」


「ああ。彼らは我々に時間を与えるつもりはないようだ。今すぐにでも、皆を集めて対応の協議を——」



 国王はそこまで言いかけて、言葉を止めた。

 

 

 否——



「……陛下?」



 伝達役の男が尋ね返す。

 しかしすぐに、彼もそれを感じ取った。


 音もなく押し寄せてきた衝撃の波に、彼らは——いや、次々に呑まれていく。それはまるで時が止まったかのように、万物の体は魂の脈動を止め、瞳から色を失う。


 静謐に、そして唐突に——それは起こった。

 

 他でもない、〈魔王〉の手によって。




 

        ◇◇◇



 


 五分前、地下牢にて。

 


「五年振りだね——“ユスティ”」



 旧友との思いがけない再会に、魔王は狂気を孕んだ笑みで歓喜する。しかしそれと対峙するユースティアは銃口を向けたまま、真っ直ぐに「宿敵」を睨んでいた。


 二人の間の因縁が、紐解かれていく。



「まさか、こんなところで会うことになるとは思ってなかったな。せっかくの再会だ——ハグでもするかい?」


「……」



 ユースティアは銃身を下げることなく、静かにエストリエの様子をうかがった。フィオーレを殺すために発動された魔術は解除されており、攻撃の意思は感じられない。


 一方、彼女の後ろで座り込んだフィオーレは、



「どうして、あなたがここに……」



 目の前にいるのは、自らの言葉で拒絶した相手。

 自分を庇う義理などない。そのはずだった。



「わたしなんかを助けて、あなたは……!」


「——うるさい。黙っててフィオーレ」


「……!」



 ユースティアが振り返りもせず言い放った一言に、フィオーレは咄嗟に口を噤んだ。長銃を構える白い背中を、彼女は不思議そうに呆然と見つめる。



「諸々の話は後だ。どういうつもりだか知らないけど、とりあえず君は生きてて」



 ユースティアは一方的に言い切ると、再びその蒼の視線を目の前の宿敵に向けた。エストリエ自身に防御する意思はないが、隣のカタリーナが代わりに糸を張って彼女の動向に目を光らせている。


 事態が膠着するなか、エストリエが口を開く。



「お仲間と内緒話かい、ユスティ? ずるいなぁ、どうせならボクともお話ししてほしいんだけど……」

 

「黙ってろアストレア。今さらお前と話すことなんて何もない」


「ハハッ、まだそんな名前で呼んでくれるのかい? 嬉しいなぁ、まったく……」



 薄ら笑いを浮かべるエストリエに、ユースティアは依然として刃物のように鋭利な視線を向ける。引き金に指を掛けたまま、彼女は問うた。



「アストレア……お前は今、何を考えてる? 戦争をふっかけるような真似をして、お前は——」


「何って……ボクはただ、『元通り』にしたいだけさ。魔族と人間を、今まで通り、争い奪い合うだけの関係に戻すんだ」


「理解できない……せっかく築き上げられた平和を、どうしてお前は壊そうとする……!」

 

「そんなの簡単な話だよ、ユスティ……」




「——だって、平和なんて退屈じゃないか」




 悪びれもせず、エストリエは言ってのける。それを挑発と受け取ったユースティアは指を折り曲げ、ついにその引き金を完全に引き切った。


 銀の銃弾が飛翔し、空を裂く。

 弾丸はエストリエの額を貫く——はずだった。


 



「——【心域接続コネクシオーネ】」



 


 魔王が、そう唱えるまでは。





 

————————————————————————



 

 


 瞼を開く。眼前の景色が視界に広がる。

 ユースティアはそこに、世界を見た。


 

 果てなき地平の続く、虚無の世界を。



(ここは……?)



 ユースティアは周囲を見渡す。

 しかし、そこには建物はおろか木々や生物の気配すらなく、白く平らな地面がどこまでも広がっている。限りなく虚無に近い世界の上に、彼女は立っていた。


 すると次第に、彼女の周囲に人影が現れ始める。

 彼らは同じように、広がる地平の上で茫洋としていた。


 広大な地平に転移した、無数の人々。

 何者かの意図によって集められた彼らは、やがてその声を——「声明」を、聞くことになる。




『やあ。よくぞ集まってくれたね、諸君』




 澄んだ声色が、辺り一帯に響いた。声のみが彼らの意識に訴えかけるが、肝心の声の主はどこにも見当たらない。純白の世界に、何者かの声が反響する。


 尤も、一部の人々はその声に察しがついていたが。



『さて——だいぶ混乱を招いているだろうし、ずは自己紹介からするとしようか』



 悠々と、声は一方的に情報を与え続ける。

 ユースティアも口を開くことなく、その声に耳を傾けた。



『ボクの名はエストリエ。またの名を……十三魁厄序列第一位、【煌血】のエストリエ』



 


『そして今は———新しい〈魔王〉だ』


 

 


 

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ユースティアと魔法なきセカイ〜魔法の消えた世界で無職になった大魔法使い、スローライフ満喫中になぜか王国に再スカウトされる〜 水母すい @sui_sui95724671

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