理外の理~死せる魔王の思い出

zenzen

プロローグ 魔王の死

 我が主、魔王さまが薨去されたのは、夢見るように穏やかな晩秋の朝だった。


 主は重い病の床にあって、自身の病名や病状の公表を堅く拒んでいたため、王族であっても死病であることを知るものはお后さまと姫君だけだった。

 家臣のうちでは、知らされていたのは、魔王領の開闢以来永きにわたって付き従ってきた股肱の宰相ただ一人。

 すなわち私である。


 魔王さまの死がおおやけになると、主の縁に連なる王族や盟友たち、はては出入りの商人まで一斉に子細を問い合わせて来た。

 私は自らすべての問い合わせに対応し、明らかにすべき点は明らかにし、これまで口をつぐんでいたことは丁重に詫びたが、それでもおさまらない相手は多数いた。

 それはある意味当然で、やはり主本人の遺志により墓は造られず、公葬はおろか一般の規模の葬儀すら執り行われなかったからだ。

 古い世代の人間にとって君主たる者の最期にあるまじき事態であり、「これでは線香の一つも手向けようがないではないか!」「おぬしがついていながら、何ということだ。なげかわしい!」と各方面から強くなじられた。

 私はそれでも主人の遺志だからと、頭を下げつつも節を曲げなかった。

 だが、心中では「ほらね、こうなると思っていましたよ、魔王さま」と今は亡き主君を少し恨んだ。


 家族のみで催された小さな密葬に、臣下からは私だけが招かれた。

 その時、主の亡骸を初めて目にした。


 実は私は主の臨終には立ち会っていない。

 というのも、折あしく世間に感染症が蔓延しており、医師に面会を止められたからだ。

 それでも押して、と談判に及んだが、主より別途連絡をつかわすとの伝言があり、お后さまからも「あなたとは必ずや話さなくてはならないと王も何度も言っていた。いずれ折を見て機会を造るから、今しばらく耐えて欲しい」となだめられた。

 主の腹の奥に悪い腫物が巣くっていて、もはや助かることないことは聞き及んでいた。だからこそ、引き継ぎの意味も含めて主とは言葉を交わす必要があり、いずれ声がかかるのは当然でもあった。

 主からの思し召しがあればいつでも馳せ参じるべく、王城で執務を終えた後は一室に詰めて夜通し待機を続けたが、待てど暮らせど呼ばれることはなく、やがて王妃から聞かされたのは「すっかり衰弱してしまい、会話もままならなくなった」という絶望的な言葉だけだった。


 主の亡骸に対面して、その小ささに胸を衝かれた。

 世評こそ“剛毅な魔王”であれど、もとより大兵ではなく、体格的には華奢な主だったが、いつも凛として理知的だった。

 だが、魂の去った肉体は、ただ病み衰え、縮んだのがあからさまだった。

 いつもともにあったあの主がもうこの世にいないことを実感した瞬間、乾いていた私の双眸に涙があふれた。


 葬儀を終えて、室外へ出た瞬間、主の幻を見た。

 皮肉気で、それでいて優しい笑みが眼前に拡がり、やがて溶けて消えて行った。


 泣き疲れた目で紅く染まった遠い山並みを呆然と見渡す。

 魔王領に遠からず冬が来る、そう思った。

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