第二十九話 そっくり

 怪談の蒐集しゅうしゅうをしていると、時々怪異絡みの相談を受けることがある。

 もちろん僕には解決などできないので、そういう場合は、お寺や神社などに行くことをお勧めしている。餅は餅屋というやつだ。

 それはともかく、だいぶ前のことになるが、こんな相談があった。


 Yさんは関東に在住の、三十代の男性である。

 何でも、薄気味の悪い出来事にさいなまれているので、誰でもいいから相談に乗ってほしいという。

「実は、二年前に妻が亡くなりましてねぇ」

 Yさんは、当時を思い出すように明後日を見つめながら、僕にそう言った。

「それはそれは……。お辛かったでしょう」

「ええ、まあ」

 実際のところ、あまりしんみりしている様子にも見えなかったが、僕の言葉にYさんは軽く頷いてみせた。

「それで――再婚したんですよ」

「おや、そうでしたか」

「去年、子どもが生まれたんです」

「はあ」

「その子がね、死んだ前の妻にそっくりだったんです」

「……え?」

 いや待て、どういう話なんだ、これは。

 僕は目をしばたたかせて、Yさんの顔を見た。

 Yさんの視線は、相変わらず明後日を向いている。

「変でしょ。私に似るなら分かるけど、前の妻に似るって。遺伝子どうなってんだよって話になる」

「他人の空似……みたいなものじゃないですか?」

「それにしたって似すぎてましたよ。まあ、ともあれ――」

 ……その子も先月亡くなったんですけどね。

 Yさんは明後日を見たまま、そう告げた。

 しんみりとは、まったくしていない。

「あの……ご愁傷様です」

「いやいや、まあ、それより――」

 それより、とYさんは言った。それより、と。

「おかしなことに、今度は今の妻がね。前の妻に似てきまして」

「……どういうことですか?」

「いやもう顔がね。そっくりで」

 こんな顔なんですよ、とYさんはスマホを取り出し、僕に一枚の画像を見せた。

 ……顔が写っていた。

 ……いびつで、でこぼことして、大人とも子供ともつかない。素直な感想など、到底口にできない。

 ……そういう顔だった。

「これは……やっぱり呪いなんですかね?」

 Yさんが、僕に尋ねた。

「呪われるような心当たりが、あるんですか?」

 僕が尋ね返した。

 Yさんの目が、すぅっ、と僕を見た。

「いいえ、べつに」

 Yさんは、にっこりと微笑んだ。


 その後僕はYさんに、例によって寺に行くことを勧め、この話は終わりになった。

 前の奥さんと、子供――。二人の死因は、結局聞きそびれた。

 ただ、聞かなくて正解だった、という気もしている。……何となく。


  *


 『絵本百物語』に曰く、下総しもうさの国・羽生はにゅう村の右エもんの妻は、本名はおつわというが、淫乱でよこしまだったために過去九度も離縁され、そのため「かさね」と呼ばれるようになった。後に井戸に身を投げて死に、与エ衛門の後妻・お菊に取り憑いて悩ませたという。

 この「累」はよく知られた幽霊で、顔の醜さゆえに家族(父・夫)にうとまれて殺されるも、そのたびに次の子に生まれ変わるなどして、自分を殺した相手の前に戻ってきた――という話が有名である。

 Yさんの一件も、まるで……。

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