第二十一話 バーサ

 E県に在住のTさんという男性から聞いた話だ。

 Tさんには、小学生の息子さんがいる。この子が、を頻りに怖がるという。

 お化けの名は、「バーサ」という。

 どうやら学校で、同じクラスの子から聞かされたものらしい。詳細はこうだ。

 ……バーサは夜になると、子供がいる家を訪ねてくる。そして玄関のドアを叩き、「バーサ、バーサ、バーサ」と、しわがれた声で三度繰り返す。

 この時ドアを開けると、子供はさらわれてしまう。

 ドアを開けないでいると、バーサは子供が寝ている部屋の外に回り、窓ガラスを叩いて、「バーサ、バーサ、バーサ」とまた繰り返す。

 この時絶対に、目を開けてはいけない。もし開けたら、バーサに目玉をくり抜かれるからだ――という。

 ……なるほど、どうやらバーサとは、「ババサレ」と呼ばれる怪異の類のようだ。昔から子供達の間で語られている怪談の一種である。

 しかしTさんは、このバーサに関連して、少し不可解な体験をしたという。


 昨年の暮れのことだ。

 その日、忘年会で帰りが遅くなったTさんが家の前に着くと、すでに家族は眠っていると見えて、どの窓も真っ暗だった。

 ちょうど酒が入っていたTさんは、つい悪ふざけがしたくなった。

 庭へ回り、子供が寝ている寝室の、窓の前に立った。

 そして、カーテンの閉ざされた窓ガラスを手でコツコツと鳴らし、大声で叫んだ。

「バーサ! バーサ! バーサ!」

 途端に寝室から、子供の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。

 ただ驚かすだけのつもりが、泣かせてしまったようだ。Tさんは我に返り、急いで玄関から家に飛び込んだ。子供と、おそらくこの騒ぎで目を覚ましたであろう奥さんに、わけを話して宥めるためだ。

 案の定、奥さんからはこっ酷く叱られた。

 しかし子供に謝ると、妙なことを言われた。

「窓から、真っ黒な顔が覗いていた」

 それは目と口が仄かに光り、老婆のようでもあり、動物のようでもあったという。

 ……だが、おかしい。Tさんが窓の外にいた時、寝室のカーテンは閉まっていた。

 だから――誰かが覗いていたはずがないのだ。

 しかし子供は、確かにを見て、目を真っ赤に泣き腫らしていた。

 腫れは、三日の間、引かなかったそうだ。

 

  *


 『絵本百物語』に曰く、深いやぶには「さん」という、大きな鶏のような化け物が生じて、子供を脅す。波山は夜更けに山家の門口をばさばさと叩くが、戸を開けても何もいないという。俗に「婆娑婆娑ばさばさ」とも呼ばれる。

 「波山」と現代怪異の一つである「ババサレ」に似通ったところがあるのは偶然かもしれないが、Tさんの体験談を「波山」の話と見なすのも一興ではないだろうか。

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