第十五話 龍を見た

 某出版社に長年勤めている、Sさんという男性編集者から聞いた話だ。

 Sさんはこれまでに、数多くのオカルト系のムック本を手がけてきた。そのためか一部には名が知れ渡っており、時々名指しで、読者から原稿や写真が送られてくることがあるという。

 なお、ここで言う写真とは、霊やUFOなどが写った、要するにものだ。Sさんもこういった投稿は喜んで受けつけており、すべてきちんと目を通し、使用の有無にかかわらず、直接本人に返事を出しているという。

 そんなSさんだが、これまでに何度か、投稿写真絡みで奇妙な体験をしている。今回聞いた話も、その一つだ。


 ある時のことだ。Sさんのもとに、こんな封書が送られてきた。

『龍を見ました。場所はN県の××山中で――』

 以下、詳しくその時の状況が書かれている。封筒の中には、手紙とは別に、一枚の写真が同封されていた。

 見ると、「龍」が写っていた。

 どこかの山の中腹から雨空に昇っていく姿を、捉えたものらしい。

 もっとも、本物ではない。荒い3Dモデルの龍を実景に合わせただけの、せつな合成写真である。

 もしかしたら、悪ふざけかもしれない。時々オカルト本だからと馬鹿にして、わざと使い物にならない写真を送りつけてくるやからがいるのは確かだ。

 ともあれ――Sさんはいつものように、断りの旨をしたためて、返事を出すことにした。

 封筒に書かれた住所を確かめると、『N県××山』となっていた。この投稿者が龍を見たという場所だ。町や市の名前はなく、山名の次は『カラチ様方××』となっている。

 奇妙な住所だな、と思いながら、Sさんはその宛先に返事を送った。

 相手から再び封書が送られてきたのは、それから一ヶ月ほど経った頃のことだ。

『先日はありがとうございました。また龍を見ましたので、写真を送ります。今度は採用されるといいのですが――』

 そして、やはり写真が同封されていた。

 龍が写っていた。

 前回のような稚拙な3Dモデルではない。ただ――CGには違いないのだろう。レベルこそ上がっているものの、一目でまがい物と分かる代物である。

 Sさんは、やはり今回も採用を見送ることにして、前と同じ宛先に返事を出した。

 それから、さらに一ヶ月が経った。

 また、同じ相手から封書が届いた。

『先日はありがとうございました。また龍を見ました。今度こそ採用されるといいのですが――』

 同封されている写真を見ると、そこにはまるで生きているかのような、リアルな動物然とした龍の姿が写り込んでいた。

 これは――確かによく出来ている。

 ただ、、というのが正直なところだ。

 ここまでリアルだと、かえって「偽物です」と言ってしまっているようなものだ。何とも加減の難しい話だが、採用は厳しい。

 Sさんは、また今回も断りの返事を出そうとした。

 そこで――ふと改めて、相手の住所が気になった。

 N県××山、カラチ様方××――。

 この奇妙な宛先は、いったいどこにあるのだろう。

 そう思い、ネットで調べてみた。

 だが、検索しただけでは、何も出てこなかった。

 そこで、実際には「カラチ様」という部分が当て字になっているのではないか、と考えて、いくつかのパターンを調べてみると、ようやくそれらしき場所が見つかった。

 ……しかし、山のど真ん中だ。辛うじて細い山道こそ通っているが、家など、どこにもない。

 ただ、どうやら神社があるらしい。ネット上の地図に、現地の写真も載っていたが、そこには無人の小さな社が写っていた。

 いや、何にしても、人が住んでいる場所ではないと思うが……。

 やはり投稿者の悪ふざけだったのだろうか。存在しない住所を封筒に書いて、作りものめいたわざとらしい写真を送ってきた、ということか。

 だが――仮にそうだとしても、分からないことがある。

 もし本当に出鱈目な住所なら、どうしてSさんの返事は、宛先不明で戻ってこなかったのだろう。

 それに先方は、どうやってSさんの返事を受け取ったのだろう。


 後で調べて分かったことだが、問題の山中の社は、どうやら龍を祀ったものだったらしい。これは一連の出来事と、何か関係があるのだろうか。

 何にしても薄気味が悪いので、Sさんはもう、先方に返事は出していないという。


  *


 『絵本百物語』に曰く、ホラ貝が山に千年、里に千年、海に千年を経ると竜になる。これが「しゅっほら」である。

 同書の著者はこの後、「ほらを吹く」という言葉と絡めた話を展開している。さて、Sさんのもとに送られてきた一連の写真は、ただの「ほら」だったのか、それとも……。

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