第六話 心中トンネル

 今からもう数十年以上前のことになる。T県某山を走るハイウェイの中ほどに、「心中トンネル」と呼ばれるトンネルがあった。

 過去に心中事件の舞台になったのか。それとも、男女の自殺が絶えない、いわゆる「自殺の名所」の一つなのか――。ついそんな想像をしてしまうが、実際はそれ以上に薄気味の悪い、忌み地とも言える奇怪な場所だったようだ。

 まず、確かにトンネル内での人死には、多かったという。

 主な死因は事故で、次いで自殺が多い。逆に他殺は稀だが、一方で走行中の病死というレアケースも何度か起きている。

 しかし、何より不可解なことがある。

 このトンネルで人が亡くなる時は、、というのだ。

 ただし、彼らが同じ車に乗っているわけではない。

 ……別々の車。いや、もっと言えば、である男女が、同じタイミングでトンネル内で亡くなる――という事態が相次いだのだという。

 例えば、七十年代のこと。二台の乗用車が、それぞれ別の入り口からトンネル内に入り、中で衝突するという事故があった。

 この時亡くなったのが、Nさんという男性と、Yさんという女性だ。

 Nさんは既婚者で、一方の車に奥さんと二人で乗っていた。ハンドルを握っていたのは、Nさん自身だった。

 片やYさんはまだ中学生で、もう一方の車に、ご両親と三人で乗っていた。Yさんは後部座席に座っていたという。

 このNさんとYさんが、帰らぬ人となった。

 奇妙なのは、二人の心肺停止時間だ。

 ……、だったそうだ。

 Nさんの奥さんは、車がトンネルに入った直後、突然Nさんがぐったりとうなれる様を、助手席から見ている。

 Yさんの方も、車がトンネルに入ったタイミングで、突然意識を失ったかのように、後部座席で崩れ落ちたのだという。運転していたYさんの父親が動揺し、結果、衝突事故に繋がったわけだ。

 もちろん、ただの偶然という可能性もある。しかしその「偶然」が、この心中トンネルでは、年に数回は起きていたようだ。

 例えば、こんなこともあった。平成になって間もない頃、某高校の修学旅行のバスが、このトンネルを通った。

 バスはクラスごとに一台ずつ、計四台があった。

 その一台目と三台目から、死者が出た。

 一台目に乗っていた男子生徒が一人。それと、三台目に乗っていたバスガイドの女性が一人。まったく同じタイミングで突然倒れ、そのまま息を引き取ったそうだ。

 また、こんな話もある。

 ある大学生のグループが、肝試しのために、このトンネルを訪れた。

 男女のペアごとに一台のバイクに跨り、計四台でトンネルに入った。

 だが、トンネルを抜けたのは、三台だけだった。最後尾にいた一台が、いつまで経っても出てこない。

 まさか事故にでも遭ったか。そう思った残りのメンバーが、もう一度トンネルに入ってみると、当の最後尾のバイクに乗っていた女子だけが、暗闇の奥から真っ青な顔で、こちらにふらふらと歩いてきた。

 一緒にいた男子の姿はない。バイクも見当たらない。

「おい、どうした? 大丈夫か?」

 メンバー達がバイクを停めて、そう尋ねた瞬間――。

 不意に背後から一台のトラックが突っ込んできて、全員をねた。

 ……結果、女子が一人亡くなった。バイクを降りていたのとは別の女子だった。

 またトラックを運転していた男性も、弾みで頭を強打したようで、運転席で亡くなっていたという。

 男女一人ずつ、という法則は、ここでも守られた。

 なお、最後尾のバイクに乗っていた男子の方は、そのまま忽然と消え失せ、今でも見つかっていない。同乗していた女子も、何があったのか語らぬまま、しばらくして行方が知れなくなったそうだ。


 現在、トンネルは廃道になっている。


  *


 『絵本百物語』に曰く、悪心をもって死んだ者の気は、新たな死を招く。これを「死神しにがみ」と呼ぶ。そのため、人死にのあった地を清めないでいると、また同じ場所で同じ死に方をする者が出るという。心中トンネルもまた、「死神」に魅入られた場所なのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る