勇者になろう ~元魔王と文学少年~

@kanozi

第1話 契約だ

 その少年は勇者になるのが夢だった。


 少年が好む古代の伝承、光輝なる伝説ライトノベルに登場する英雄。時には剣を振り、人に仇をなす魔物を打ち倒すものであり、時には機械で構成された巨大なからだで悪を払うものである。姿形すがたかたちは違えど、勇ましく力をふるい、人々の平和のために戦うものを勇者と総称される。物語に限らず、現代の世にも存在するだろう。


 それにしてもまあ、物好きなものだ。


 少年の名はチアキといった。勇者になることを目指してはいるが、これといった能力は持ち合わせていない。剣の才能はからっきしダメで、齢17歳にして近所の6歳児に敗北する。


 魔法に関しては論外。何もないところから火の玉を繰り出したり、常温下で物を凍らせたりと、物理的現象では手が届かない面で人々を支えるのが魔法である。常人は魔法を行使するための魔力エネルギーを生まれながらに身に付けているが、チアキは持ち合わせていなかった。


 そんな彼に命の危機が迫っていた。


 「ぐひょ……こんなっ……辺鄙へんぴなところに……魔物の軍隊が……!?」


 チアキが住まう森林地帯に魔王の手下がやってきた。魔王とは、光輝なる伝説ライトノベル風にいえば勇者とは対極にあるもの。魔物の頂点に君臨し、己がままに力をふるい、世界を揺るがす存在だ。


 薪や食料を求めて森の奥まで来た少年は、その魔王の軍とばったり出会ってしまったわけだ。


 よほど人間に見られたくないものでもあるだろう。甲冑を身にまとった人型のトカゲリザードマン達は、剣やら火の玉やらを用いてチアキを排除しようとしていた。


 「くそっ、俺より上手く扱うとは……!」


 猛攻から走り逃げ、身に付けている黒縁メガネと顔を曇らせる。どうやらトカゲ達が剣と魔法を使いこなしているさまに悔しがっているらしい。


 が、やはりズレている。しかし愉快なやつだ。


 もう少し優秀な者を従えたかったが、このままでは私が魔王軍うらぎりものあばかれてしまう。


 ──重要なのは気概と意欲だ。


 彼を私のもとへ導くことにした。


 『死にたくなければ私の指示に従え』


 (女の声……?)


 頭に響く声に一瞬戸惑いの表情を見せたが、このまま逃げ続けてもらちが明かないと考えたのか、軽く頷いた。


 『およそ10秒先、左方向』


 (了解した、左折)


 『およそ35秒後、右方向』


 (右折)


 『直進』


 (カーナビ……?)


 走りやすい地面を選択しつつ、最短で着くように指示アナウンスを出した。──私が封印されている大樹へと。


 森にそびえ立つ巨木。その根本には大きな穴が開いている。


 『駆け込め!』


 迫りくる魔の手をかすめ、封印の内に──入ることが出来た。


 正直、賭けだった。今の私には、長い年月を経た封印がどこまで弱まっているかを調べるすべはなかった。見たところ、トカゲ達や火の玉は入ってこれないらしい。だが、それもいつまでたもつか分からない。


 現状で分かるのは、が通れてしまうぐらいには脆くなっているということだ。


 少年の瞳には金色こんじきの長い髪を携えた女人がうつっていた。


 『──契約だ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る