現代の御伽噺

オズワルド

曼珠沙華の重みで僕たちは空から堕ちて行く

蟹藤篤歩(かにとうあつほ)

八奈見 華珠沙(やなみ かずさ)

 空自身は満たされない方が幸せだ。それでも満たされないと生きていけない人たちはエゴで空を満たそうとする。色を欲張って混ぜると汚い色になる。それはどんなものも混ざり合うと瀟洒でなくなる、純粋主義の証明の様に。空を満たそうとすればするほど空は濁っていく。青い空(から)が一番綺麗だ。人は何もないことに魅力を感じるのかもしれない。自分以外の存在に疲れた結果そうなるのかもしれない。

 そんな空には天使と神が住む。そして一部の天使は地に堕ちる。空にいる天使は六人。空五倍子の天使、媚茶の天使、灰緑の天使、燕子花の天使、淡緑の天使。そして瓶覗の神様と錆の神様。そして双柱は堕天使から名前を奪った。名前と言う存在の形容を、輪郭を、容れ物を奪った。その代わり両翼は奪わなかった。それは――。

 そして僕と華珠沙は淡緑の天使と契約した。どんな契約か。それは「斉ヶ崎集落の人間が僕たちが背負っているものを忘れること」。僕たちが背負っているもの、それは何か。その前にこの集落が継いで来た因習について話さなくてはならない。

 この集落ではうあん様と言う存在が中心になって存在している。最初にうあん様の鎮座の地として人が住んでいなかったこの地が選ばれ、そしてうあん様にゆかりのおる斉崎と言うある人の名前がこの地に冠された。うあん様を祀る宗教施設が出来、その施設を管理するために何百がこの地に来た。そしてこの地は集落となった。

 やがてうあん様への信仰はこの集落のある村へと広がっていった。そして集落が歴史を重ねるにつれうあん様に由縁のない人も斉ヶ崎集落に住むようになった。しかし、うあん様に直接関わる役職の人、ゆかりのある人、関係のない人の順に立ち位置は自然と決まっていった。やがてこの流れは斉ヶ崎集落のある銘盛村にも伝わっていった。それに異を唱える者もいたが絶対的な存在への不敬として裁かれた。

 みんな信仰に酔っていた。信仰は酒の様だ。不安や恐怖を見なくて済む様なものだ。だけど信仰する者の信仰のなき者に対する行動は酒に酔って延々と殴る様だ。別に篤信を否定する訳ではない。ただ何かが麻痺した者の行動にはただただ恐怖を感じる。それは底が見えることのない海や水中によく似た恐怖。底を、孕まざるを得なかったものを想像すると恐怖の周波数で精神の柔らかいところが震えてしまう、そんな感覚。

 やがて村は外と隔絶されていった。村の外の人たちは村の狂信に恐れてしまい、村の人たちは外の人たちがうあん様を敬わないことに憤りを覚えるようになっていった。やがて村の人たちは外の不敬なる者を忌み嫌うようになった。父兄を忌み嫌うこととうあん様への信仰心はどんどん等価になっていった。そして外から隔絶されていく度信仰と言う酔いはひどいものになっていった。トンネルの中では音が響いていく様にトンネルの様に隔絶されて閉鎖的な場所はどんどん信仰が響いていった。トンネルは音が大きくならないがこの世界では響けば響く程信仰は深くなっていく。閉鎖的な空間ではおかしいことが常識になっていく。誰もおかしいと言い出せないからだ。

 そんな集落で僕の母親、古谷野豊深(ほうみ)と父親蟹藤敬正はうあん様のお告げで結ばれたらしい。

 そんな中三番目の子供である僕、蟹藤篤歩は「異端児」として産まれさせられた。I was born。受け身なんです。そしてうあん様から言葉を託される「尊側」と言う者が僕の母親と父親が結ばれた際、三番目に産まれる児は異端児になると、宣言した。説明すると異端児が産まれると宣言された夫婦はその児が産まれるまで子供を産まなければならない。僕の親の場合、三人だったが九人や十人産まなければいけない人もいたらしい。多産も迫害されると知って子供を産まなければいけないのも辛いのだろう。身体が壊れて産めなくなり、間接的に信仰によって殺された人もいる。

 ああ、説明がまだだった。異端児とは何か。最初はうあん様への不信感を人々に広める、そう言われてきた。やがて時代と伝承を重ねるうちに災厄をもたらすと変化した。

 異端児が現れたとしても人々が災厄を免れる方法は一つ。異端児をうあん様の肚の中に隔離させる。そうすればうあん様から産み直される、そう信じられている。厳密にはうあん様の鎮座している施設の地下牢に幽閉される。

 そうして僕は地下牢に幽閉されている。

 同じ牢には八奈見華珠沙と言う少女が収容されている。多胎児として僕らは収容された。

 うあん様の牢には約十人程が収容されている。そんな異端児の世話を見る役職の人も当然いる。僕たちの世話を担当している、良縁寺さんと言う人がいる。良縁寺さんは僕たち異端児に対して情けをかけてくださっている。他の職員の前では無愛想に僕たちに接する。職員は「諭し」の時間が任意的に設けることが出来る。諭しは教育のために異端児と職員がサシで話す時間だ。それは表向き。実際他の職員は諭しの時間に体罰を与えたり、まぁ、職員の憂さ晴らしに近いことを異端児にする。何故サシなのか。それは知らぬ存ぜぬを貫き通すため、職員が勝手に暴走した、と言うためらしい。そして良縁寺さんは諭しの時間に僕たちに優しくしてくれた。前記の話は全部良縁寺さんから聞いた。良縁寺さんは色んな話を聞かせてくれたし、色んな本を貸してくれた。他の収容者とすれ違う時があるが基本的にみんな顔や見える所に傷がある。酷い時なんかは心配になるくらいの傷が衛生用品に覆われていない時がある。その人はそれが因果か判らないが数週間で見なくなっていた。良縁寺さん曰く僕や華珠沙だけ無傷でいると疑われるらしく、良縁寺さんは僕に謝りながら、僕をか弱いその腕で殴ったことがある。それでも痣にならなかった時は心配になるくらい謝りながら椅子を振りかぶって僕を傷つけた。良縁寺さんはその時狼狽えながら「僕のこと殴ってもいいよ、否殴って。僕が貴女にしたことと同じことをして」、そう良縁寺さんは言葉が崩れながら僕に言った。結果は言わない。

 そんな日々の末、僕と華珠沙の前に天使が現れた。

 人は脈絡もなく、巨額を手に入れ、人は脈絡もなく自分より大切な命や自分の片割れを亡くす。何の脈絡もなく救われるのも例外ではない。

 そして天使は僕と華珠沙に神と天使と堕天使について説いた。そして自らを淡緑の天使だと名乗った。そして、親殺しの代わりに何でも願いを叶える、そう言った。

 僕と華珠沙は相談し、親を殺すことにした。親、つまり僕たちを孕んでいるうあん様を殺す代わりに。

 そして僕たちの願い事は何か。過去がなかったことになることだ。つまり、僕たちが異端児ではなくなり、自由に生きられるようになる。

 淡緑の天使は条件と願い事を了承してくれた。

 しかし、一つ問題点があった。それは異端児と言う過去がなくなれば僕と華珠沙の接点がなくなる。

 結果、集落の人たちの中で僕たちの過去がなかったことになる期間を経て、世界から僕たちの過去がなくなる。そして過去をなくした世界は矛盾を抱える。そしてその矛盾の辻褄合わせに僕たちは泡沫となる。

 ‪✝︎懐古終了‪✝︎

 そして僕たちを忘れた世界で僕と華珠沙は歩いている。

 今の世界では僕たちは何も背負っていない。十七歳の少女が双人。でも世界の欠陥で僕たちの家族すら僕たちの存在を忘れいる。

 朽ちかけたベッドで今日もお互いが起きる。ここは数年前に閉鎖された精神科病棟。元大部屋の隣同士のベッドで僕たちは寝ている。ダブルベッドなんて贅沢なものはない。残念だ。開くことのない窓から窓に光を吸収された陽の残滓がこの部屋に降り注ぐ。この生活を続けてから時間なんて気にしなくなった。寝たい時間に寝て、起きたい時に起きる。食べたい時にご飯を食べる。ご飯を買うお金は恐らく院長や理事長クラスの人が忘れていった財布から拝借している。ざらに財布に数十万単位で入っている。毎日三色ご飯を食べて、シャワーを浴びてお菓子を食べて、旧い歌集や小説、服などを買っても全然減らない。

 そして僕たちはたまに外を歩く。

「今日は何処行こっか」

「あつの行きたい所がいい」

「じゃあ隣の市にある街に行こっか」

そう僕は模様や実在しない漢字が極彩色で書き込まれたコンパス時刻表を取り出す。背表紙には「藤木空蒼」と書き込まれている漢字とは別の字で書かれている。これとは別に数十年前の時刻表も数個出てきた。中には背表紙で違う名前が違う字で複数書かれているものもある。

 以外とダイヤは変わらないみたいだ。

 僕は街で買った夜空が描かれているシャツに黒のパンツを履き碧の厚底の靴を履き黒のリュックを背負う。華珠沙は水色のシャツを着て白のスカートを履き、それより淡い水色のタイツを履き黒の厚底を履き白のトートバッグを持っている。

 そして鍵をかける必要もなく僕たちは出かける。

 そして何も気にする必要がないので僕たちは手を繋ぐ。出会う人は眉をしかめるが僕たちは何も気にしない。

 そして最寄り駅に着いた。後四十分後に隣の市へ行ける鈍行が着く。

 人がまばらにいた。うあん様がきっかけで途切れた隣の市との交流はうあん様の存在がなくなれば盛んになっていったのだろう。

 僕たちは電車が来るまでは隅の方のベンチに座る。

 そして雑談に花を咲かせる。この前読んだ本の感想、この前街で映画紹介の雑誌を買ったのだがどれを観たいか。終わりがないことに価値のある話。

 白い車体薄群青で縁どられている電車が着く。

 そして程よく混み合っている車内に乗り込む。

 そしてしばらく僕たちは電車に揺られ、隣市にある駅に電車は停った。

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